第三話 退魔組合集会所(二)


 男の叫び声を聞き付けたのか、通路の奥にある職員用の扉から二人の男が現れた。一人は、筋骨隆々の髭を生やした厳つい中年の男で、もう一人は背が高くて後頭部の毛髪の少ない特徴的な髪型をした男であった。


「タツシゲ団長殿、詐欺の現行犯だ」


「あぁ? 詐欺だと?」


 トウシロウがそう告げると、タツシゲと呼ばれた厳つい男の眉がぴくっと上がった。


「モミジがそう言っている。間違いない」


 トウシロウが確信を持って断言すると、タツシゲはやや呆れた顔をした。


「ミノヒコ、確認してみろ」


「はい、団長」


 タツシゲの横に立っていた長身の男がずいっと前に出て、モミジから報告書と魔晶石を受け取った。 


「確かに、報告書と魔晶石が一致しません。それに……」


 ミノヒコは、じっ……とトウシロウに捕らえられた男を見据えた。


「——それに貴方の能力値を見ても、とても一級には見えません。せいぜい三級……いや、四級ですね」


「何でぱっと見ただけで、そんな事が……っ」


「私のような影見人かがみびと胡人こびとは、日枝人ひのえびとより感知能力が高いのですよ」


 ミノヒコはそう言うと、細長く先が二股に割れた舌をちろっと出して微笑んで見せた。


 影見人とは、長身で蛇のような舌を持ち、肌はつるりと滑らかで毛髪は少なく、関節部分に鱗が生えており、寒さに弱い種族である。


 ちなみに胡人とは、低身長で頭頂部の横側に獣の耳、臀部にふわふわの尻尾、首回りに獣毛が生えた狐のような特徴を持つ、暑さに弱い種族である。


 日枝人は、猿から進化したと言われる種族で、他の種族より身体能力や霊力など劣るものの、手先が器用で、様々な分野で発展を遂げた種族であった。


「報告の偽証、身分の詐称、それに窃盗もか?」


 タツシゲは、ちらっと男が嵌めている腕輪を見て言った。


「ち、違う! 俺は本当に――」


「詳しい話は奥で聞こうか?」


 ガシッと、タツシゲが男の襟首を掴むと、有無を言わせない力でズルズルと男を引きずって、奥へと消えた。


「あ、ありがとうございます! モミジさん! 赤獅子様も、ほ、本当に……っ!」


 男に絡まれていた新人の女性職員は、ぐずぐずと鼻を鳴らしてモミジとトウシロウに何度も頭を下げた。その彼女の肩を、ミノヒコがぽんぽんと優しく叩いた。


「君はちょっと休憩してきなさい。目が赤いままでは、受付に立てさせられませんからね」


 ミノヒコは女性職員にそう促し、彼女を奥へと引っ込めた。それと同時に、しんと静まった集会所内は、再び喧噪に包まれた。


「改めまして、モミジさん、トウシロウ殿、組合の職員を助けて頂きありがとうございました」


 ミノヒコはその長身を折り曲げて、ぺこっと頭を下げた。


「ところで、モミジさん――」


 ミノヒコは体を曲げたまま、頭二つ分の身長差があるモミジと目線に合わせた。


「いつも思っている事なのですが、退魔士を辞めて鑑定士になりませんか? 貴女の観察眼はとても優れていますし、絶対にそちらの方が適職ですよ?」


 にこにこと笑顔で勧誘してくるミノヒコに対し、面具の奥でモミジは苦笑した。


「失礼を承知で申し上げますが、の事を気にされているのなら、尚更、集会所は働きやすいですよ。他は知りませんけど、こういう場所なら傷は勲章のようなもの。男も女も関係ありません」


「いえ、私は——」


 モミジは丁重に断ろうと口を開きかけたら、トウシロウがモミジの顔に手を遣って、ミノヒコとの間に割って入った。「——うぶっ!」と面具越しに顔を押さえ付けられたモミジは、トウシロウによりそのまま後ろへ追いやられてしまった。


「うちの弟子を誑かしてんじゃねぇよ。下らない事言っていないで、報告書の確認してくれ。あと、素材の鑑定もだ」


 トウシロウは手に持った風呂敷で包んだ素材を、ずいっとミノヒコに突き付けた。


「……お師匠様、面具越しに顔を押さえないで下さい。痛いです」


「あ? あぁ」


 モミジは不服を申し立てたが、トウシロウは特に気にも止めずに適当に相槌を打った。


「ここは俺がやっとくから、お前はあっちで腰掛けてろ」


 トウシロウはモミジから素材が入った背嚢を奪い取ると、更に彼女を後ろへ追いやった。モミジは不服に思いながらも、師の言う通りにその場を下がって行った。


 その様子を見ていたミノヒコは、呆れたような溜息を漏らした。


「過保護ですねぇ。と言うか、素材の鑑定は、あちらの受付でどうぞ」


 ミノヒコは、通路を挟んだ向かい側の受付を目で遣って言った。


「別にいいだろ。お前、仕事早いし」


おだてても何も出ませんよ」


 そう言いつつも、ミノヒコはトウシロウから素材を受け取り、受付台の席に着いた。トウシロウも窓口の前にある椅子に座る。


「貴方方が受注された依頼は、汚染水の調査でしたね。やはり原因は妖魚でしたか。しかも鎧鰐魚がいがくぎょ


 ミノヒコは、トウシロウ達が受けた依頼書と報告書を見て、次に妖魔から採取された素材に手を伸ばした。


「鎧鰐魚の鱗は良い素材になります。結構な大型だったようですね。鱗が大きい。魔晶石に傷は無く、質も高い。浄化処理も丁寧で、外側に纏う邪気は全く無いです。良い仕事をしましたね」


 ミノヒコは満足気に言った。


「腕が良いもんで。あと、幻清水げんせいすいの泉も見つけた」


「それは僥倖ですね」


 幻清水の泉とは、浄化の力が含まれた奇跡の泉だ。幻清水は邪気を祓う事はもちろんの事、回復薬や治療薬の材料となる貴重な素材であった。だが、「幻」と名の付く水だけあって、幻清水の泉は突如出現し、暫く経つと跡形も無く消えてしまう幻の泉であった。なので、幻清水はなかなか入手困難な素材でもあった。


「では、干上がる前に人を派遣して採取しましょう。泉は、何時、何処に現れるか不明ですからね。あ、トウシロウ殿とモミジさんも参加されます? 勿論、報酬は出しますよ」


 ミノヒコが、トウシロウから幻清水の泉の出現場所を聞いて地図に記すと、彼等に次の仕事を提案してきた。


「たまには、のんびりとしたお仕事でもどうですか? まぁ、力仕事ではありますけどね」


「いや、辞めておく。団体行動は性に合わん」


 トウシロウが断ると、ミノヒコは「そうですか」と特に気にした様子も無く、パチパチと算盤を弾いてトウシロウ達の今回の報酬額を精算していった。


 そこへ、奥の扉から再びタツシゲが現れ、トウシロウとミノヒコがいる受付台窓口へやって来た。


「団長、どうでした?」


「こいつ――と言うより、モミジの言った通りだ」


 タツシゲは、トウシロウから掲示板の前に立つモミジに目を遣って言った。


「討伐と身分の詐称に、等級の腕輪の窃盗だ。奴の本当の等級は、お前の読み通りの四級だ」


ではなくですよ。それで、腕輪の本当の持ち主は?」


 ミノヒコがそう尋ねると、タツシゲは口をへの字に曲げた。


「酒場で泥酔してる隙に盗んだんだと」


 それを聞いて、ミノヒコは「やれやれ……」と首を振った。


「一級退魔士が、情けないですね。腕輪の紛失を報告しなかったその退魔士には、懲罰通告します」


「確か、影見人の一級退魔士だと言っていたなぁ。酒に溺れると、突出とした感知能力も発揮されないのかねぇ?」


「能力差は、人それぞれですよ」


 タツシゲは揶揄うように言ったが、ミノヒコは静かな表情のままできっぱりと言った。


「……能力差と言えば、トウシロウよ」


 タツシゲは先程とは打って変わり、真剣な表情でトウシロウに話し掛けた。


「前にも言ったが、モミジはあれ以上育たんぞ」


 タツシゲの言葉に、トウシロウは「またか」と、うんざりした。


「気を練る器用さは高い。だが、戦闘能力も霊力も低い。それでも三級まで等級が上がったのは思いも寄らなかった」


「師匠たる俺の指導の賜物だな」


「褒めてねぇよ」


 あっけらかんとするトウシロウを、タツシゲは窘めた。


「別にいいだろう? 二流だろうと三流だろうと、その人間に見合った仕事もあるし、それをやればいい。俺は、あいつを一流に育てたい訳じゃねぇよ」


 トウシロウは、受付台に頬杖をついて言った。端からタツシゲの話に聞く耳を持たない様子であった。


 それでもタツシゲは言い募った。


「退魔士しか道がないのなら、俺もこんな事は言わん。だが、モミジなら他に遣りようがあるだろう? あの器用さなら鑑定士、もしくは錬金加工師とかな。……引導を言い渡すのも、師の務めだぞ」


 確かに先程の騒動で、モミジが退魔士の道よりも、なだらかな道筋がある事が顕著に露呈している。だが、トウシロウは頑なに言った。


「あいつは退魔士だ。それ以外に無い」


 もう話す事は無いと言った態度で、トウシロウは席から立ち上がった。


「あ、トウシロウ殿。報酬は銀行振り込みで?」


 仕事に真面目なミノヒコは、すかさず尋ねた。


「そうしてくれ」


 その場からとっとと去りたそうなトウシロウは素っ気なく言った。


 そんなトウシロウに、ミノヒコは苦笑し、タツシゲは尚も言った。


「特級退魔士で英雄たる赤獅子も、焼きが回ったか?」


 タツシゲは、己と同じ赤い石が付いたトウシロウの腕輪を、ちらっと見て言った。


「世間の評価なんて興味ねぇよ」


 それだけ言うと、受付から離れたトウシロウは、掲示板を見ていたモミジの元へ行った。二人は合流すると、トウシロウとお近づきになりたそうな駆け出しの女傭兵達を躱して、獅子の鬣亭に続く階段を上って行った。


「トウシロウ殿、モミジさんの事となると、何故あんなに頑ななんでしょうね?」


「分からん」


 二人の姿を目で追っていたミノヒコとタツシゲは、不可解な表情を浮かべていた。

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