失踪事件 その2

 すると美雪が立ち上がり、数秒の沈黙を挟んだ後ゆっくりと語り始めた。

 「無責任と言われれば、そうだと言わざるを得ませんが、私も百合のことを考えた上で隣の部屋にしたんです」

 美雪の両手は白くなるほど強く握りしめられ、力の逃げ道を探してふるふると震えている。

 「では何か? 最善を尽くした結果としてこの出来事が起こってしまったのだから仕方ないとでも言う気か? そもそも先程からの淡々とした口調。娘に愛情はないのか。どうしてそうやって冷静でいられる? もはや母親どころか人間として終わっているな。子供に死んで詫びろ!」

 疑問調の部分は高圧的に、強く言い切るところでは吐き捨てるように、源次は美雪へ罵声を浴びせた。

 

 「いい加減にせい! 源次! 今の言葉はお主であっても口にすることは許されんぞ」

 

 さすがの村長であっても今の言葉は我慢ならなかったのだろう。机を叩き、歳を重ねたものにしか出すことのできない威圧感で、源次だけではなく、集会所の空気そのものを押さえつけた。

 「「「・・・・・・」」」

 「さて、美雪よ。話を続けなさい」

 美雪に話を促す村長の口調には柔和な印象はもう感じられない。

 「私は先程、百合は音に敏感だと言いました。でも連れ去られた時、百合は泣き声一つ上げませんでした。壁を壊すような音なら普通の子供でも泣きます。それなのに、より音に敏感な百合は泣かなかった」

 「どういうことじゃ?」

 噛み合うことない矛盾に村長は次の言葉を美雪に求めた。

 

 「百合は人間ではないものにさらわれたかもしれません」


 集会所の空気が凍りつき、皆が息を飲む。

 「なん・・・・・・じゃと」

 「おい! それはつまり」


 「魔族、ではないかと思います」


 全員の頭の中にある信じたくはない答えを目の前で突きつけられた村長たちは言葉を失った。

 口に出さずとも集会所の空気でわかる。

 というか、全員が口に出すのを避けているのだ。その可能性があるということを、自覚したくないがために。

 これは一種の現実逃避だ。

 それは常々子供達には夢を見すぎるなと言い続けてきた者たちが、自らそれを行ってしまうほどに、信じられない、いや、信じたくない事実。

 圧倒的脅威がやってくる。

 かつて、街を蹂躙し、誰となく牙で、刃で、あるいは己が腕で殺し、潰し、千切り、亡き者とした戦慄の記憶。

 皆、自分の目で見たことはなくとも、父母から、あるいは祖父母、曾祖父母から伝承された忌まわしき記憶。

 それが、再びやってこようというのだ。

 忌み嫌いさえすれ、真正面から現実と向かい合えるものなどこの場には一人としていなかった。

 その時、村長から見て左側の窓の下から物音がした。

 音源に皆の目が集まる。

 それが、明らかに物音に反応したものだけでないことは言うまでもない。

 「何事じゃ」

 自分が行こうと席を立った源次を手で制し、村長は窓に近づこうとすると、一匹のカラスが飛び立って行くのが見えた。

 「なんじゃカラスか――――。気にするな、カラスじゃ」

 村長はそっと胸をなでおろし、ざわつきに満ちた集会所を収めるべく声を張った。

 その仕草とは裏腹に、村長の目つきはどこか訝しんでいるようであった。

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