聖護と源太

失踪事件

「子供が連れ去られただと!」

 

 集会所の中に男の怒号が響いた。

 あまりの大声に、ガラス窓がわずかに震える。

 まだ涼やかな夏の朝にはとても似つかわしくない野性味を感じる声。

 薄手の麻の半袖シャツとズボンに包まれた強固な筋肉で身を固めた大男が叫ぶと、集会所にいる人間は身をすくませた。

 他の人間がざわつく中、男の視線は正面に座る一人の女を射止めて離さない。

 肩にかかる流れるような黒髪を持つ女は、罪人のように口をつぐみ、座った椅子の足元をひたすらに見つめている。

 うつむいた女の表情をうかがい知ることはできない。

 「そう熱くなるな源次げんじ。最後まで話を聞かねば」

 「・・・・・・すいません」

 源次と呼ばれた男は、右隣の老人にたしなめられ渋々と言った様子で腰を下ろした。

 椅子に座る間でも女から視線を離すことはない。

 「さて、美雪よ。お主の娘、確か生まれて半月ほどじゃったか? いなくなったのに気づいたのはいつじゃ?」

 老人は柔和な語り口で、美雪と呼んだ正面に座る女に問う。

 老人の問いに、集会所にいる全ての人間の視線が、取り囲んでいる美雪に向けられた。

 視線を向けられた美雪は、俯きながら呟くように言葉を紡ぐ。

「気づいたのは、今日の朝6時頃でした。4時頃にミルクをあげたので、そろそろ泣き出す頃だと思って起きていたんです・・・・・・。でもそれからいくら経っても泣き声は聞こえませんでした。すると突然、隣の部屋から壁が壊される音が聞こえ、不安になって隣の部屋へ入ると・・・・・・布団の上に百合ゆりは居ませんでした。」

 「なぜ同じ部屋で寝ていなかったのだ! 母親ならばいついかなる時でも子供のそばにいるのが当然ではないか!」

 今度ばかりは我慢ならんと、源次は席を立ち、美雪を責めたてた。

 「百合はものすごく音に敏感で、私の寝息でさえも目を覚ましてしまうのです」

 「だとしても、目の届かぬところに生まれたばかりの赤子をほって置いて、その挙句連れ去られただと? 貴様はそれでも母親か!」

 「源次!」

 「村長は何も感じないのですか! こんな無責任な親がいて!」

 源次は老人――――村長からたしなめられたが、構うことなく声を荒げた。

 自分も同じく子供を持つ身として、決して許せない発言だったからだ。

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