第17話 監察者

 ただの寝不足で眠いというわけではなさそうだ。


 何度か揺り起してみても、一向に起きる気配がない。かといって突然大イビキをかいているわけでもない。そうでなければ、脳梗塞や脳卒中というわけでもなさそうだ。そうだったとしてもこの世界じゃ、治療する手段がわからない。


 どこか不自然なそんな気がしてならない。一体この感覚はなんのか? すでに術中にハマっているのだろうか。当のエミリーは特に問題もなさそうだ。試しに聞いてみる。


「エミリー何かこの建物に入って変わったことはないか?」


「私は大丈夫よ。何か気になることがあったの?」


「ああ、実はな……」


 先のアルデハイトの不自然さ、リリーの異様な睡魔この二点について伝えた。すると小規模な波動が俺たちを通り抜ける。エミリーのテレパシーだ。


(レン? 聞こえる?)


(ああ。問題ない。この方が盗み聞きされずに済むな)


(ええ。うろ覚えだけど以前も確か事件があったの)


(どんな?)


(確かその当時、敵対する者を招き入れて、殺害対象者が急に眠いといい眠りだしたらしいの……)


(なるほどな。その事件に、酷似していると)


(ええ。そうよ。アルデハイトも非公開だけど、超越者に匹敵するぐらいの力の持ち主と聞くわ)


(誰が仕掛けているかわからないけど、特定の対象になる者には睡魔が訪れるのか……)


(さっきいっていたグライドは監察者よ。だとすると気をつけた方がいいかもしれない)


(何をだ?)


(防げるかはわからないけど、”監察者”と呼ばれるらしいの。その人自身のことを、根掘り葉掘りと対象となった当人が喋らずともわかってしまうらしいわ)


(厄介だな……)


(恐らくは、レンとリリーの二人が対象のはずよ。リリーは今寝ているから、無防備だけど……)


(待てよ……。監察者といったな? もし超能力だとすれば、反対に俺からも仕掛けられるかもしれない)


(え? どういうこと?)


(まあみてなって。相手の尻尾を掴んでやるさ)


 しばらくするとメイドから呼ばれ、俺たちは部屋に案内されることになる。まったく呼び出して置いて、茶の一つも出さないとなると、客人として迎えられているわけではなさそうだ。


 豪奢な扉の前に来ると、メイドはノックをして言う。


 一瞬ノックをする際、緊張しそうなほどの作りだ。扉には何か魔法陣に似た文様が全体に刻まれており、ノッカーはライオンに似た生物の顔に、黒い輪をくわえさせている。高級感というよりは、重厚感の方が強い印象だ。


「お越しになりました」


 すると、一呼吸おいたのち声がかかる。


「入れ」


 若そうな男の声がする。今はまだ中の様子がうかがい知れない。ゆっくりと開かれる扉は、部屋全体が見渡せるぐらいに開く。


 内装は、随分と変わった作りだ。


 書斎に、ソファーが置かれたイメージを想像していたけども違った。そこにあるのは三人がけのソファーが二つとテーブル。わずかな物だけが、置かれている状況だ。他には、大きな窓が一つあるだけだ。


 部屋の中にいる人は、中央で座る者とその両脇に立つ者、その者の背後に立つ者と”見た目”は四人いる。他にはどういうわけか、不可視の者が二人いる。


 アルデハイトと呼ばれた者は、俺の左手側にいた。


 ぼんやりと突っ立ったままでいると、向こう側から声をかけてきた。


「さあ、かけたまえ」


「失礼します」


 エミリーに続いて会釈だけして腰掛ける。リリーはおぶさったままだったので、俺が中央に座り、左手にエミリー右手にリリーという具合に腰掛けた。変わらずリリーはねたままだ。


「すみません。急な睡魔が襲い、今は起きられない状態です。ご容赦ください」


 俺は、この眠り姫になったリリーのことを説明した。相手は特に、関心を示さないのか、うなずくだけだった。周りの反応も同様で、何か舐めるような視線を感じとる。


 早速エミリーは切り出した。


「どんな御用件でしょうか? グライド様」


 相手はエミリーの発言後、一瞬ニヤリと見せる物のその顔は続かず、口を開いた。


「呼び出してすまなかった。単刀直入に聞こう。君達二人の素性だね」


 グライドは、俺とリリーをゆっくりと指をさしていった。


「見ず知らずの他人に、なぜ答える必要がある?」


 俺は多少挑発的に言葉を発した。すると顔色ひとつ変えずにいう。周りの者も訓練されているのか表情ひとつ変えやしない。


「私が勢力幹部の一員だからだ。勢力幹部は勢力内の政をつかどっている。ゆえに必要だ」


「答えなければ? 殺すか?」


 またしても強めな言葉を使って、反応を確かめてみた。


 人数は不可視を含めると六人にいて、その内の二人は人ではない。目の前のグライドとアルデハイトがそうだ。俺はすでに、グライドのさらに上位である”監察官”としての超能力が発動している。この力はある意味すごい。全てが見通せるばかりでなく、この者の本来の姿まで把握できてしまう。


 だからこそ判明したのだけども、何かおかしい。


 視界に入る姿がどうにもぼやける。今の姿を例えるなら、のっぺりとした顔に人間風の皮をまとっている。そんな言葉に例えられそうだ。


「いやはや、若いとはいいね。勢いがある。君は勢力ごとに争いがあるのは、知っているよね?」


「ああ……」


「わかるなら聞きたい。突然現れた勢力の外側から来た人間を、どうやって信用するのだ? とね」


「そういうことか、身辺調査なわけだな?」


「理解が早くて助かるよ」


 どこか安堵している様子で、単なる油断だ。ならば、そろそろ仕掛けるか……。


「ただ、普通なら話せるんですけどね。なんで六人もいるんですかね?」


 するとこのとき、顔つきが微妙に変化したのを見逃さなかった。


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