第6話 カルダ奪回作戦(3/3)

「パーが異界召喚? どういうこと?」


 チョキの召喚士は、違いに気がついたようだ。本来、異なる勢力の力は使えない。


「……しまった」


 召喚途中で霧散してしまう。はじめて失敗した。それだけじゃない、ペナルティも発動した。内容は、三十分も召喚できなくなる。しくじった原因が、何かわからない。前回と違うのは、所属勢力ではないぐらいだ……。


 相手は、喜色満面だ。失敗したからなのか、戦意を俺が損失していないからなのか……。


「あらあら、うふふ。チョキの裏切り者ではなさそうね」


 失敗したら、違うとでもいうのだろうか。


「裏切り者かもよ?」


「……そうね。かまわないわ。何より"戦える"ならね」


 噂通りの戦闘狂か……。


「ああ。戦えるさ」


「お相手してくれるのかしら? ……素敵ね。満足させてね」


 サラマンダーが雄叫びをあげると、手始めに火炎を吹き出す。避けれはする物の、攻撃手段がない。あるにはあるけど、使うのは今ではないか……。


 神から奪った”アレ”を使うと、神界に俺の居場所が筒抜けになる。盛大に主張するのは、”いる場所”と”使ったこと”この二点を大暴露だ。まだ、今の段階では避けておきたい。


 権能が使いこなせていないどころか、今回で二回目じゃ未熟すぎる。やはり、避けながら時間を稼ぐより他にない。


 唯一残されたのは肉弾戦だ。まったくもって、分が悪い。次の火炎放射までのわずかな時間を狙い、間合いをつめた。


「インパクト!」


 俺は掌底を、大きい頭のこめかみに繰り出す。このカバ並みサイズの巨体トカゲもどきは、見た目以上に迫力がある。触れた瞬間は、ざらつきのある硬い皮膚を感じた。


「グゲッ!」


 思わずあげた声のようだ。俺は間髪入れず、二打撃も連続して同じ箇所に素早く当てた。


「ギュオォ……」

 

 それなりに効いている様子で動きが鈍い。


「あらあら、生身でやるとは……。案外見かけによらないのね」


 唇に人差し指をあてて、ニヤついている。


「努力しているんだぜ、これでもな……」


 なぜか、チョキの召喚士の語りに乗せられてしまう。


「きちんと答えてくれているところが素敵ね……。作戦かしら?」


 半分はそうだ。いよいよ再開できる。召喚士は、サラマンダーの様子をみると、手を横に払い霧散させる。


「いいのかい? 貴重な戦力だろ?」


「あなたには、最高の戦力でもてなしてあげるわ! いでよイフリート!」


 天空に巨大な緑色光を帯びる、円環の魔法陣が現れた。人により色が異なるのか、女の魔法陣の色は固定されている。その輪の中から、姿を見せてきたのが二十メートル級の化け物だ。


「チッ!」


 俺は思わず舌打ちをしてしまう。なんだあの足の大きさはと、足の裏を見ただけで戦慄してしまう。


 筋骨隆々な姿に火炎を全身にまとい、長い髪は一本一本が炎になっている。顔は何か無機質なお面をつけており、目の位置に横長のスリットが入っただけだ。登場に時間がかかったおかげで、俺も召喚が可能な時間になった。


「あら? お気に召さないかしら?」


 変わらず、余裕な顔つきをしている。


「いいや……。見せてやるさ! 制圧!」


 俺も同様に、直径は人の背丈ほどもある巨大な円環だ。五倍の数を出した。紫色の光の粒は、粒子が集まり線を形作っていた。


 見知らぬ文字や記号で書かれた円環の内側は、忙しく回転をしている。煌めく姿は、パープルライトのナイトパレードが今まさに開催したかのようだ。五芒星が各頂点にて回転しながら、何かを生み出そうとしている。


 少しずつ現れた姿は、今までにない存在が降臨した。


「まさか……。そんな、ことが!」


 チェキの女召喚士は、慌てると同時に呆気にも取られていた。現れた存在は、神威をまとう原初の水神が現れたからだ。姿が見えるほんの少し前より、力の奔流が周辺に吹き荒れる。


 藍染の薄く明るい青色は、”みずはなだ”の色が髪を染め美しく際立てる。美しくうわまぶたを縁取るまつ毛は、水の一雫を支えられるほど長い。金色の目は、柔和な笑み引き立てて神秘にすら見える。


 その柔らかく美しい表情を向けられるのは、世界でただ一人、樹瀬良だけだった。


「来たな、水神の”ヴァルナ”。目の前のイフリートをやれるか?」


 俺には、脳裏に浮かんだ時からすでに水神に出会っている。


「主人殿、何の造作もございません」


 しゃべったぞ! 俺自身、内心驚いた。


 イフリートは畏怖したのか、身構える姿は登場した時とはうってかわる。背丈はややヴァルナが大きにもかかわらず、比べるとしなやかでほっそりと見える。ヴァルナはおもむろに、手のひらをイフリートに向けた。


「すまない。周囲に味方がいる。周辺の破壊だけは気をつけてくれ」


「承知しました。……ヴォルテックス!」


 文字どおり”渦”が突如空間に出現して、イフリートを最も簡単に飲み込んだ。


「……なんてこと!」


 チョキの女召喚士は、一言でいうと何か様子がおかしい。なんで、恍惚とした表情を俺に向けているんだ? 念の為、確認をしてみた。


「命乞いをするか? 満足できず、まだ戦うのか?」


 本当のことを言うかは別にして、意思を問う。


「神を召喚する者に対抗するなど、畏れ多くございます」


 力の差を見て挑むなら、勇気というより蛮勇に近い。


「戦いは終わりだ。お前は、敗者で間違いないか?」


「あなた様個人の軍門に降り、あなた様個人の奴隷になりたい所存です」


「ひとまずは、捕虜と認識しておく。一応聞く名前は?」


「リリーと申します。どうか崇高なあなた様のお名前をご教示いただけないでしょうか」


「……樹瀬良だ。俺は、すべての秩序の破壊者。トリックスター」


 なんでこんな言葉が唐突にでたのか、よくわからない。ただしっくりくるのは確かだ。


 パーがチョキを負かした要因は、相手と同じ力で圧倒すること。要は、パーがチョキへと相手と同等の物に変化しただけだ。決して相手に対して、有利な物に変わった訳でない。


 この世界の秩序でギリギリ破壊できる境界線が、同等の物を出す。それだけだ。


「……破壊者。樹瀬良さま。お慕い申しておりますゆえ……。どうかお側に……」


 内心ドン引きなんだけどな……。俺やだよ、こんな戦闘狂。


 ヴァルナは人並みのサイズに一瞬にしてなると、一言再会を約束して霧散していく。ひとまず、勝利したと考えて”煙玉”をあげた。俺の服の端をつまみ、顔は伏せがちになりながらついてくる。 


 何? 何の罰ゲーム? 俺はこんな目立つこと望んでいないんだけどな……。リリーがついてくるのを確認して、作戦通り待機の場所へ向かう。


 陣営にはいく人か待機しており、歓待を受ける。奥からダリルがきた。俺の役目は完遂したからだ。


「よう! やるな樹瀬良。最初はどうしたのかと思ったけどな」


「少ししくじってさ。相談で、このチョキ勢力の者なんだけどな……]


「おやおや、早速か。お! そこにいるのはチョキの戦闘狂リリーじゃないか!」


 なかなかに驚きを表している。当然だろう。


「なんか俺の奴隷になりたいと……」


「ハハハ。英雄色を好むとあるけどな! ほどほどにな。エミリーが寂しがる」


 なんだ? このダリルのわかっているぜ的な表情は。


「ちょっと。いきなり肯定なのか?」


 サムズアップは何? なんだ! 何なんだー!


「ん? 倒した奴が倒された奴の権利を持つからな、当然だぜ?」


「はぁ、そうなのか……」


「若いのに苦労するな。いい経験になるぜ!」


 何だか戦闘の時より、猛烈に疲れる気がする。


「パー的に、チョキの人間入れてもいいのか?」


 いくら奴隷とはいえ他勢力だ、排他的なところもあるので確認だ。


「ああ。もちろんパーの勢力マスターの耳には入れるけどな」


「すまない。助かる。町に入れて大丈夫なのか? 差別とか……」


「奴隷文がつけられるから問題ない。主であるお前が許可しない限り、チョキの力は使えんよ」


「……そうなのか」


「先もいったけど、勝者の権限は誰にも阻害できない。全ての勢力共通の掟だ」


「ああ。わかった。勉強になる」


「ハハハ。お前のその生真面目さが俺は気に入っているよ。後は任せな、ゆっくりしていけ」


 戦闘は終わり、少しは気持ちが軽くなったかといえば、そうでもない。たちは、テントを分けてもらいその中に入る。


「神ですら召喚するなんて、そのような殿方はみたことがないですわ……」


 リリーは幾分落ち着いたのか、少し地が出てきたように見える。


 褒め称えてくれるのはありがたい。何だか、距離感近いな……。


「ああ。ありがとな。俺のことはキセラとでも呼んでくれ」


「畏れ多いですわ。私はマスターとお呼びいたします」


 チェキのリリーは俺を崇めるように俺をみる。どうなっているんだか……。


 今後リリーが四六時中一緒となると、ギルドのあの一部屋じゃ足りないな。家でも借りるのがベストなんだろうけど、戻ったらダリルに相談してみるか。


 俺は、今後の対応も考える必要が出てきた。女神の雫をえるためにはじめたことが、集まる前に仲間が増えている状態。親しみを持たれるのは歓迎だけど、なかなか思ったようには行かない。


 ありがたいことにお近づきになれるのはいいとして、美少女は皆、個性がとても強い。


 他に俺の事情をいくつか話をしたあと、睡魔に襲われてそのまま寝てしまった。


――数刻後


「おーい、樹瀬良いるか?」


 ダリルの声で呼び起こされる。俺は起きるとすでにリリーが対応をしていた。なんて素早い対応だ。


「おっ 起きたか? 今リリーが主人は寝ているといっていてな……」


「ああ。すまない。今目が覚めた。何か問題が起きたのか?」


「問題ないさ。共有しておこうと思ってな。ほとんどの者の救出は完了だ。敵陣営も全員離脱だ。」


「早いな……」


「ああ。お前のおかげだ。リリーを制圧してくれたからな。皆、一目散に逃げ出したぞ。血を流さない戦いは久しいな」


「そうか、貢献できたならよかったよ」


「ああ。ギルドは樹瀬良の絶大な貢献を評価しているさ。帰還後、報酬と褒賞は楽しみにしてくれ」


 ダリルは、サムズアップをする。照れくさそうにするのはなんでだ? このあとは、一部の駐留部隊を残して一旦俺たちは撤収する運だ。

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