第37話 魔王城

 やがて、海に差し掛かった。眼下に大きな洞窟の入り口が見えたけど、すぐに見えなくなる。あれがナナン海底洞窟か。かつて故郷を追いやられた深緑の民たちが通り、そしてカリュプスさんが魔王を倒すために通り抜けた洞窟。

 行く先には島が見える。エーリス島で間違いないだろう。

「どこで降ろす?」

 エーリス島上空に到達した辺りで、イードルムさんが声を張った。リティーナが前方を指さす。

「魔王の城って、あれでしょうか」

 リティーナの人差し指の先、木々が鬱蒼と生い茂る島の中央には、朽ちかけた石造りの古城があった。禍々しい魔王の城という感じはなく、どことなく物寂しい。忘れ去られた廃墟のようだ。

「だな。禍々しい気配が伝わって来るぜ」

「では、あの城の前にお願いします」

「了解だ」

 

 何度か旋回を繰り返した後、ほどよい着陸地点を見つけたイードルムさんは、魔王城近くの開けた場所に降り立った。

「ありがとうございます。助かりました」

 お礼を言ってリティーナは身軽にイードルムさんの背中から飛び降りる。ルルディさんとアシオーさんが続き、最後にケントニスさんがよろめきながらもどうにか降りた。

「やれやれ、生きた心地がしませんでしたよ」

「ケントニスにもかわいいところがあるんだね」

 ルルディさんがからかうように言う。

「しばらくの間、ルルディのご飯は肉抜きでいいですか?」

「冗談、冗談だってば!」

 これから魔王城に乗り込もうっていうのに、ルルディさんには緊張感がない。あえてそうしているのだろう、たぶん。

「んじゃ、俺はここで勇者たちの帰りを待たせてもらうぜ」

 イードルムさんは翼をたたむと、猫がよくするお座りのような姿勢になった。ちょっとかわいい。

「いいのですか?」

「もちろん。無事に帰ってくるつもりは、当然あるんだろ?」

「――はい、あります」

 一瞬だけ何か考え込んだリティーナは、しかし力強くうなずいた。

「それでいい。魔王を倒して、王都に凱旋といこう。きっとみんな驚くぜ」

 魔王を倒した勇者一行がグリフォンの背に乗って帰還する。確かにそれは絵になる。吟遊詩人に語り継がれる物語となるに違いなかった。そのためにも、絶対に魔王を倒さなくっちゃ。


「みんな準備はいい? 行くよ」

 ぼくを背中から抜いたリティーナが先頭に立ち、一行は魔王城へと続く道を歩き出した。何が飛び出してきてもおかしくはない雰囲気だけど、魔物の一匹も現れない。

「魔王の御膝元だっていうのに、静かなものだな。皆呑気に寝てるのか」

 アシオーさんが小声でつぶやいた。

 エーリス島には、大陸にはいない魔物が多数巣食っていると聞いている。追放時にそれらと戦い命を落とした深緑の民も少なくないらしい。ただ、中には深緑の民の力で手懐けるのに成功した例もあるそうで、開墾を手伝った魔物もいたとかいないとか。

「カリュプスさんが全部倒しちゃったとか?」

「そんなわけあるか。だとしたら魔王以上の化け物だぞ」

 激戦が予想されたけど、その後も魔物は現れず、一行は戦闘することなく魔王城前に到達した。拍子抜けしたが、消耗を押さえられたのはありがたいと思うべきだろう。

 改めて近くで見ると、魔王城は城というよりも砦といった方がいいような大きさだった。損傷が激しく、魔王の本拠地にしては威厳がない。けど、イードルムさんが言っていたように、禍々しい気配みたいなものを全体から発している。

 門は崩れかけており、訪れる者は誰でもウェルカム状態になっていた。

 働くものにとっては風通しのよさそうな職場だ。中は全体的に薄暗いが、ところどころにランタンが備え付けられており、ぼんやりと城内を照らしだしている。

 一行は慎重に城内に足を踏み入れた。


「ここは、おそらくアグネーシャの時代の遺跡ですね」とケントニスさんが言った。

 アシオーさんが相槌を打つ。

「もしかしたら、原初の魔王がいた場所かもな」

「あり得ますね。しかしなぜ、今の魔王はここを拠点にしたのでしょうか」

「貧乏かつ人手不足で城を作る余裕がなかったんじゃないの? 地面から生えてくるものでもないでしょ」

 ルルディさんが身も蓋もないことを言った。貧乏な魔王ってちょっとしょぼいな。

「それは、まあ……」

「ねえ、魔王って、一体何者なの? 突然現れたって言われてるけど、どこから来たの?」

 ルルディさんは素朴な疑問を投げかける。

 魔王出現については、司魔将たちが吹聴して回ったらしい。

 エーリス島に我らが王がいると。まるで倒せるなら倒してみろと言わんばかりだ。ただ、その出自は謎に包まれている。

「アグネーシャが討伐した魔王のように、魔界から来た魔族というのが一番有力な説ですね」

「あとは、島に残った深緑の民の誰か、とかね」

 ぼそりと言ったのはリティーナだった。

「解放令が出た後で残った人なんていたの?」

「中にはいたのかもしれない。全員が全員、大陸に戻ったわけじゃないだろうし」

「だったら、この島にはまだ深緑の民がいるのかな」

「可能性はある。そして、その中の誰かが魔王になったのかも」

「魔物と心を通じ合わせる力を使って?」

「考えたくはないけどね」

 人が魔物を操る魔王になる。それは確かに考えたくない可能性だ。ましてや、リティーナにとってはなおさらだろう。

「なんにせよ、魔王に問いただしてみればいい。答えてくれればだけどな」

 周囲を警戒しつつ、アシオーさんが言った。

 

 城内に入ってからも、魔物の襲撃はない。ここまでくるといっそ不気味だった。何かの罠なのではないかとすら思う。

 長い廊下を進んでいくと、前方に両開きの重厚な扉が見えた。朽ちかけた城内にあって、その扉だけは黒みがかった青い輝きを失っていない。

影月鉱えいげつこうの扉ですね」

 エーリス島でだけ取れる鉱石だ。少量ながらも大陸に輸出されていて、武器や防具に使われている。質は良いけどかなり高価なので、身に着けている冒険者はほとんど見かけない。

 冒険者ではないけど、ぼくがよく知っているのはあいつだ。――青騎士。

 ここに来るまでに遭遇しなかったけど、どこにいるんだろう。

「鍵がかかっていたらどうするの? ぶち破るのはしんどそうだけど」

「その心配は無用のようだな」

 一行が前に立つと、魔法がかかっているのか扉は勝手に開いていった。

 扉の先は広間で、奥に玉座が見えるが誰も座っていない。傍らには巨大な緑色の球体が台座にはまっていた。魔王の威光と同じ気配がする。ひょっとして、これがオリジナルなんだろうか。

「空っぽの玉座……魔王はどこに?」とリティーナが口にした。

 玉座の裏とか? さすがに、そんなわけないか。

 一行が警戒しながら広間の中ほどまで進むと、球体の後ろからゆっくりと現れた人影があった。

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