第34話 冒険者リティーナの旅立ち

 次に見つけた光景では、リティーナは剣を背負っていた。離宮の外で、ケントニスさんと向き合っている。カリュプスさんの旅立ちからあまり時間は経っていないみたいだ。

「ケントニス、わたしは冒険者になるよ。魔物を倒して、少しでも兄上のお手伝いをするの」

 カリュプスさんの手伝い――リティーナが冒険者になったのって、そういう理由があったのか。魔物を一匹でも多く倒せば、それだけカリュプスさんの負担が減るかもしれない。リティーナはそう考えたのだろう。


「なんとなく、そんな予感がしていました。離宮の外はつらいことばかりですよ、などと止めたところで、聞いてはくれないのでしょうね」

 ケントニスさんは嘆息すると、額を押さえた。

「うん、ごめんね。もう決めたんだ。それに、つらいことはどこにだってあるよ。だったらわたしは外を選ぶ。もっとウェリス――自分の国について知りたいから」

 ああ、この顔だ。決意に満ちたリティーナの顔。こうなったら、もう誰も彼女を止められない。

「――わかりました。いいでしょう。ですが、せめて剣は稽古用の安物ではなくもっといい物をお持ちください。私が昔使っていた魔法の剣が倉庫にありますから」

「それはだめ」

「なぜです」

「自分で使う剣は、自分で手に入れたいの。これだってわたしのお金で買った剣じゃないけど……。とにかく、依頼でお金を貯めていい剣を買うから」

 そうやって、ぼくとリティーナが会った時に持っていた剣を買ったのか。騙されかけたってケントニスさん言ってたね。

「無茶だけはしないでくださいよ。引き際は見極めてください」

「わかってるよ。兄上と剣の稽古をするって、約束したからね」

「ならばいいのですが」

「それじゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 小さくなっていくリティーナの背中を、ケントニスさんはいつまでも見守っていた。

 

 そこから、場面がいくつか切り替わる。

 主に、冒険に出たばかりのリティーナが酒場で依頼を探している場面だ。

 何度か、罵声を浴びせられたり冷たい視線を向けられたりする場面があったが、リティーナは、何も言わずにただ耐えていた。

「この頃は大変だったな。駆け出し冒険者が受けられるような依頼でも、回してもらえなくてね。この国で深緑色の目をしているって、こういうことなんだと思った」

 リティーナ、やっぱり苦労してたんだな。

 

 場面が変わる。今とさほど変わらない姿のリティーナが、酒場で店主らしき若い人物と話している。リティーナの顔が、ぱっと輝いた。

「最初の依頼ね。村外れの洞窟に住み着いたゴブリン退治だった。たいまつ片手にゴブリンの群れと戦ったっけ」と、今のリティーナが解説してくれた。

 どうやら、ゴブリン退治は冒険者の基本らしい。数の多さに押されがちだったけど、最終的にリティーナはゴブリンの群れを退治した。

 

 場面が変わる。次は、食事をしているリティーナだ。

「初報酬で、酒場で食事をしたの。あの時の鳥のもも肉、おいしかったな。――村の人たち、わたしがゴブリンを倒せるとは思ってなかったみたいで、すっごく驚いてた」

 だろうね。見た目は華奢な女の子だもの。

 この世界における冒険者の主な『仕事』は魔物退治だ。酒場とかで依頼を受けて、現地に出向いて魔物と戦う。リティーナもあちこち渡り歩いて依頼をこなしていった。

 

 何度か魔物と戦う場面と食事の場面が差しはさまれ――って、食事してる場面多いな。それだけ印象に残ってるのか。時々王都に戻って、ケントニスさん、スウスさんとも食事をしている。種族は違うけど、本当の家族みたいだ。リティーナは幸せそうに笑っている。自由を謳歌しているんだろうな。

 

 場面が変わる。

 どこかの小さな村だった。耳の長い人たち――エルフがオークの集団に襲われていた。逃げ惑うエルフもいれば、武器を取って戦うエルフもいた。エルフたちに交じって、剣を振るうリティーナの姿があった。

「人間、あんたついてないわね。迷子だったんでしょ?」

 肩を並べて戦っていたエルフの女性が言う。ルルディさんだ。戦斧ではなく剣を手にしている。この頃は鬼熊殺しを持ってなかったのか。古道具屋で買ったって言ってたものな。――あれ、なんか引っかかるな。でも何が引っかかっているかわからない。まあいいか。

「違う。依頼で、集団発生したオークを退治しに来たの。近くにエルフの村があったなんて知らなかった」

 迷っていたのは事実だけど、とリティーナは小声で付け加える。やっぱり迷子だったのかよ。

「一応、隠れ里だからね。もっともこの分じゃ、隠れるどころかこの世からなくなっちゃいそうよ」

「そんなことないよ」

「どうしてそう言い切れるの」

「わたしが全部倒すから」

「はぁ? あんた何言って、ちょ、ちょっと!」

 

 呆気にとられるルルディさんを残し、リティーナはオークの群れのど真ん中に勢いよく突っ込んだ。突然のことに呆然としている一体のオークを踏み台に跳び上がり、奥で指揮を執っていた大柄な個体の前に着地する。

「あなたがボスね」

 白く輝く剣が振るわれる。美しい残光と共に、オークの首が宙に舞った。

 そこから先は一方的だった。統率が取れなくなったオークたちを、リティーナとルルディさんが中心になって掃討していく。日が暮れる頃には、殲滅が終わっていた。

「人間、あんたやるわね。おかげで助かったわ。なんてお礼を言ったらいいか」

 木に背を預け、座り込んだルルディさんが隣のリティーナに笑いかける。二人とも返り血やら泥やらでえらいことになっていた。

「何か望みはある? あたしから長老に掛け合うよ」

「ご飯が食べたい」

 さすがリティーナ。こんな時でもぶれない。

「は?」

「あるんでしょ、エルフの村のおいしいもの」

「いやそりゃあるけどさ。ご飯だけでいいの? エルフ秘蔵のお宝とか、欲しくないの?」

「わたしにいま必要なのは、暖かな食事なの。あ、でも、その前にお風呂入りたいかも」

 その言葉を聞いたルルディさんが破顔する。

「あんた変わってるね。いいよ、秘湯に案内する。その後でご飯をご馳走するよ。――そういえば、名前を聞いてなかった。あたしはルルディ。あんたは?」

「リティーナ」

「リティーナね」

 ルルディさんが拳を突き出した。

「――?」

「こういう時は、拳同士を打ち付けるのよ。あたしたち、戦友でしょ?」

「――戦友」

 言葉の意味を確かめるように、リティーナはつぶやいた。

「違う?」

「違わない。わたしたちは、戦友だ」

 リティーナは微笑んで、拳を打ち付けた。ぼくは胸の辺りがあったかくなるのを感じる。今までずっとひとりで戦っていたリティーナに、仲間ができた瞬間だった。


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