第28話 まずい薬湯

「終わったみたいだな。姫さん、大丈夫か?」

 心配そうに尋ねるアシオーさんに、リティーナは返事をしなかった。ただ、散らばった骨を見つめている。

「このスケルトンたちは、時間が経つと復活します。今のうちに広間を抜けましょう」

 ケントニスさんが奥の方を指さす。

 ああそうか。ケントニスさんは、一度登っているから知っているのか。でも、だったら――。

「だってさ。行こう、リティーナ」

 ルルディさんは動こうとしないリティーナの腕を取る。そこでようやくリティーナは顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔だった。

「リティーナ……」

「ごめん、大丈夫」

 ぼくを鞘に収めて、顔を腕で乱暴にぬぐったリティーナは前を向いて歩きだす。


 洞窟を抜けると、辺りはすっかり夕焼けに染まっていた。

 突然、口元を押さえたリティーナは茂みに駆け込むと、胃の中のものをぶちまけた。

 無理もないと思う。魔物になっていたとはいえ、戦うにはあまりにもつらい相手だった。いくら強くても、リティーナは、まだ十六かそこらの少女なのだ。

「――ケントニス、知ってたんだよね」

 何度かえずいた後、口元を布でぬぐい、リティーナが尋ねた。ケントニスさんはうなずく。

「ええ、知っていました」

 なんで教えてくれなかったんだと思ったんだけど、事前に教えていたとしても、リティーナの行動は変わらなかっただろう。余計に苦しんで、ためらっていたかもしれない。それがわかっているのか、皆もケントニスさんを責めたりはしなかった。


「母上たちも、あのスケルトンと戦ったの?」

「はい。ティエラ様も、戦いました」

「彼らを解放する手段は? 魔法でどうにかならない?」

「私の魔法ではどうにもなりません。この山には魔素が充満しており、絶えることがない。それを利用した強大な魔法ですね。倒しても、あの広場にいる限り武器ごと蘇る。あれだけの魔法を使える魔法使いは、現代には存在しないでしょう」

 古代の魔法使いたちは、今とは比べ物にならないくらい強力な魔法を行使していたのだという。だが、昔の魔法使いたちの信条は『我が知識は我だけのもの』であり、つまり後世に自分の魔法を残すことに積極的ではなかった。

 一方で、研究の成果を誰かに認めてほしいという承認欲求もあったようで、丹精込めて作り上げた意地悪な迷宮の奥底に秘伝を記した魔道書を隠していたりもしたらしい。各地に散らばる古代迷宮は、昔のすごい魔法使いが作ったものが多いとのことだ。

 ただ、頑張って魔道書を見つけたとしても中身は暗号だらけで、解読は相当難しいようだ。

 現代の魔法のほとんどは、古代の魔法の搾りかすみたいなものなのだとオニクマさんは言っていた。


「魔法の武器では?」

「聖剣グラムを凌ぐくらいの武器ならば、あるいは」

 グラムをもってしても、深緑の民のスケルトンを完全には滅せないのか。だったら、どうしようもないじゃないか。

「なら、現状ではどうにもならないんだね」

「残念ながら」

「わかった。先を急ごう。日が落ちる前に、野営ができる場所を見つけないと」

 リティーナの決断は早かった。本当は、なんとしてでもスケルトンたちを解き放ってあげたいだろうに。

「それでしたら、もう少し登った先にちょうどいい場所があります」

「そういうのはすぐに教えてくれるんだね」

 リティーナが、彼女にしては珍しく棘のある口調で言った。ルルディさんとアシオーさんが驚きに目を見開く。ケントニスさんは、痛みをこらえるかのようにうなだれた。

「……ごめん。意地の悪い言い方だった」

 自覚があったのだろう。すぐさま、リティーナは謝って頭を下げた。

「いえ、姫様の心情を鑑みれば、当然の反応かと。私は、スケルトンのことを隠しておりましたゆえ」

「それは、わたしを迷わせないためでしょ」

「それでも、事前に話しておくべきでした。動揺が命取りになったかもしれないのですから」

「確かに動揺はしたけど、だからって、わたしは自分の命を狙う者に手心は加えないよ」

「本当にそうですか? 例えば、親しい者が姫様に剣を向けたとしたら、姫様は戦えますか?」

 王族の心構えみたいなものか。権力を持てば、そういうこともあり得るのだろう。カエサルもブルータスに裏切られたし。


「……戦える」

 事実、リティーナは深緑の民のスケルトンに遠慮を一切しなかった。全力で倒しに行っていた。どれだけ辛くても、いざ戦闘となれば心を切り替えられる彼女は確かに勇者なのだと思う。それがリティーナにとっていいことなのかどうかは、ぼくには判断ができないけど。

「ならば、いいのですが」

 ケントニスさんは、本当にリティーナのことが心配なのだろう。いつだって気にかけているのが伝わってくる。

「では、先に進みましょう。じきに日が沈み、魔物の時間になりますからね」

 ケントニスさんの先導で、一同は登山を再開する。ほどなくして、視界が開けた場所に出た。ちょっとしたキャンプ地みたいな広さで、丸太が置かれている。


「ここか? 野営するのはいいんだが、夜行性の魔物は大丈夫なのか」

「安心してください。この場には結界が張ってありますから、魔物は近づくことができません」

「それも古代の魔法なのか」

「そうですね。今の魔法でも似たようなことはできますが、永続的にはさすがに無理です」

「昔の魔法使いってやつは、よっぽどすごかったんだな」

「魔法もですけど、何よりレグアズデに満ちる魔素の量が桁違いなんですよ。霊峰というだけありますね」

「それより、お腹が減ったよ。ご飯の準備をしよう」

 たき火の用意を済ませたルルディさんが言う。いつの間にか、手早くそこらで枯れ枝を集めてきたようだ。

「はいはい、今、火をつけますね」

 ケントニスさんが杖を枯れ枝に向けて呪文を唱える。杖から放たれた小さな火球は枯れ枝に命中し、瞬く間に燃え上がった。

「ほんと、魔法って便利だよな。火打石要らずだ」

「カチカチするのも悪くないけどね」

 炎を見つめながらリティーナが言う。ケントニスさんがいなかった時は、火打石を使って火をつけていたんだろうね。

「ごっはん、おいしいごっはんー」

 調子っぱずれの歌を歌いながらルルディさんは荷物から油紙を取り出した。中身はスライスされた乾燥肉だ。携帯にも便利な保存食で、そのまま食べてもそこそこいけるけど、火であぶるとなおうまい、らしい。

「おいしくなーる、おいしくなーる」

 ルルディさんは楽しそうに肉をあぶっている。

 

 大体の冒険者は携帯食料を食べてるんだろうけど、中には倒した魔物を食べちゃうような人もいるのかな。少なくとも、ぼくが今まで目にした魔物の中では、おいしそうな奴は一匹もいなかった。

「いただきます!」

 元気よく言って、ルルディさんはほどよく焦げ目がついたあぶり肉に食らいついた。いつ見ても気持ちのいい食べっぷりだ。一方でリティーナは元気がない。見るからに固そうなパンをちぎり、機械的に口に運んでいる。

「リティーナも食べる?」

 そんなリティーナを気遣ったのか、ルルディさんはあぶり肉を一切れ差し出した。

「ありがとう。でも、わたしはいいや」

「珍しいね。食欲がないの? あとで欲しいって言ってもあげないよ」

 ルルディさんがからかうように言うが、リティーナは寂しそうに笑うだけだった。

「うん。いいよ」

 やっぱり、さっきの出来事が尾を引いているみたいだ。


「だったら、これでも飲みますか」

 ケントニスさんが小さな鍋で温めていた液体をコップに注ぎ、リティーナに差し出した。緑色の、どろりとした液体だ。なぜかコポコポと泡立っている。

「……なにこれ」

「固形にした数種類の薬草をお湯に溶かしたものです。疲労回復効果があるんですよ。肉体、精神、どちらにも効きます。ささ、遠慮せずに、どうぞ」

 嫌がる顔を隠そうともせずにコップを受け取ったリティーナはしばし怪しげな液体を見つめていたが、やがて意を決したように目を閉じて一気に飲み干した。

「どうですか?」

「すっごくまずい」

 うつむいて、リティーナはうめくように言った。

「そうでしょうそうでしょう」

 ケントニスさんはなぜか嬉しそうだ。

 リティーナは恨みがましそうな目でケントニスさんを睨みつけて、荷物からリンゴを取り出した。

「おや、食欲が出てきましたか。さっそく薬湯が効いたみたいですね」

「口直し!」

 皮も剥かず、リティーナはきれいな歯でリンゴにかじりつく。

「先ほども言いましたが、ここは安全です。見張りを立てる必要もないので、今夜は安心してぐっすりとお休みください」

「そうね。そうさせてもらう」

 あっという間にリンゴを食べ終えたリティーナは、芯をたき火に放り込んだ。たき火が、ぱちりと音を立てる。薬湯のおかげなのか、顔色も少しマシになったみたいだ。

 何にせよ、少しでもリティーナが元気になってくれたのなら、ぼくは嬉しい。

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