第27話 スケルトン
バラバラだった骨が人の形を取っていく。見た目は理科室に置いてある骸骨みたいだ。
学校に関する怪談話では、動く骸骨はさほど珍しくない。
ただ、学校の怪談と決定的に違っている点が一つある。殺傷力がある武器を持っているという点だ。あちらではどことなくユーモラスな動く骸骨は、こちらの世界では、紛れもなく殺意を持った魔物なのだ。
「……え?」
ぼくを構えて斬りかかろうとしたリティーナは、スケルトンの落ちくぼんだ
スケルトンの、かつて目が収まっていた場所には今、炎が揺らめいている。暗闇に浮かぶ、鮮やかな深緑色の炎だった。その色は、否応なくある民族を連想させる。
「まさか、このスケルトンたちは……」
リティーナの声は、震えていた。
「奴隷のなれの果てですね。死霊魔法に通じた魔法使いが、武技に優れた者を選んで魔法を施したのでしょう。死してなお、深緑の民をレグアズデの守護者として使うために」
一方でケントニスさんの声は、いやになるくらい平坦だった。深緑の色の炎でもしかしてと思ったけど、やっぱりか。
「……そんな」
組みあがったスケルトンの数は、ランタンの光が届く範囲で確認できるだけで五体。長剣や斧、槍で武装している。深緑色の炎を目に灯した骨の顔からは、何の感情も読み取れなかった。
「リティーナ、危ない!」
一番近くにいたスケルトンが、錆びついた剣を振りかざし襲いかかってきた。リティーナをかばうように前に出たルルディさんが、戦斧で斬撃を受け止める。火花が散った。
「こいつ!」
ルルディさんは力任せにスケルトンを押し返し、戦斧を振るう。しゃれこうべを粉砕するかと思われた一撃だったけど、スケルトンは巧みに剣を使い、戦斧を受け流した。間髪入れずにすくい上げるように剣を振り上げる。上体を逸らし、ルルディさんはかろうじてその斬撃を避けた。飛び退き、ルルディさんは間合いを離す。
「気をつけて。こいつら、結構やるみたいだよ」
「だな。――姫さん?」
ふらりと、リティーナが夢遊病みたいな足取りで進み出る。
気づけば剣を持ったスケルトンの頭蓋骨に、ぼくの切っ先がめり込んでいた。いつ繰り出したのか認識すらできない、雷光のようなリティーナの突きだった。
引き抜く。スケルトンの眼窩から、深緑の炎が消えた。だらりと力なく垂れ下がった手から錆びた剣が零れ落ちて、やけに大きな音が広場に響いた。
その音が合図だったかのように、残りのスケルトンが一斉にリティーナ目がけて殺到してきた。繰り出された槍の鋭い一撃を躱しざま、リティーナはスケルトンの頭部を斜めに断ち切る。続けて胸の辺りを蹴りつけると、スケルトンはバラバラになった。
斧を持ったスケルトンは、得物を振ることすらできずに袈裟懸けに斬られた。
小剣を持ったスケルトンは、三回斬り合った後で足を払われ頭部に突きを受けて倒された。
最後に残ったのは、大剣を持ったスケルトンだった。いかにも重そうな大剣を上段に構えている。筋肉がないのに、構えた剣は揺るがない。
リティーナは切っ先を地面に向けたまま、無造作に距離を詰めた。
リティーナが間合いに入った瞬間、スケルトンが大剣を振り下ろす。生前は優れた戦士だったことを思わせる鋭い斬撃だった。しかし振り下ろした先に、リティーナの姿はすでにない。リティーナは、スケルトンの背後に回っていた。スケルトンの上体がかしいだ。
腰骨が、断ち切られていた。リティーナがすれ違いざまに斬ったのだ。ぎこちなく背後を振り返るスケルトンの頭部に、リティーナはぼくを叩き付けるように振り下ろした。深緑色の炎が消えて、スケルトンの頭部は地面に転がる。
落ちた頭部を見つめるリティーナの顔に、表情らしい表情はなかった。
すべてのスケルトンを倒すのに、たぶん十分とかかっていない。アシオーさんとルルディさんは呆気にとられたように立ち尽くしていた。ケントニスさんは無言だ。
リティーナがどういう気持ちでスケルトンを屠ったのか、ぼくにはわからない。わからないけど、想像はできる。
きっとリティーナは、解放を望んでいた。死してなお、奴隷となっていた深緑の民の魂の解放だ。
不意に、風を切る音がした。とっさに反応したリティーナがぼくを振る。金属音がして、足元に何かが落ちた。リティーナが打ち落としたのは矢だった。
見ればランタンの光が届かない奥の方に、かすかに深緑色の炎が揺らめいている。射手が隠れていたらしい。機会を伺っていたのだろうが、狙撃は失敗に終わった。
リティーナは足元に転がっていた錆びた剣を蹴り上げてつかみ取ると、槍投げの選手みたいに構える。間髪入れずに揺らめく深緑色の炎に向かって投擲した。鈍い音がした。
アシオーさんがランタンを向けると、弓を持ったスケルトンの頭部に剣が突き刺さっていた。ガラガラと、骨の身体が崩れていった。
アシオーさんは用心深くランタンであちこちを照らす。広場にはもう、動く骨は見当たらなかった。
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