第26話 登山道

 ハーピーたちによる手荒い歓迎を受けたリティーナ一行は、登山を再開する。道なんてないんだろうなと思っていたんだけど、意外なことに登山道らしきものが整備されていた。鬱蒼とした木々の隙間を縫うように、道が続いている。


「この道って、誰が整備したの?」

 ぼくと同じ疑問を抱いたらしいルルディさんが誰ともなしに尋ねる。

「文献によれば、ずっと昔、罪人や奴隷に整備させたそうですよ」

 ケントニスさんが答えてくれる。

「その奴隷って、やっぱり深緑の民だったの?」

 抑えた声で聞いたのはリティーナだった。

「全員が全員とは限りませんが、当時国に反抗していた深緑の民を捕らえて、奴隷にしていたのは間違いないでしょうね」

「なら、わたしたちが今歩いているのは、かつて奴隷と王族の血が流れた道なんだね」

「名もなき奴隷と、歴史の表舞台に立つことのなかった王族、か」

 リティーナの後を引き取るように、ルルディさんがつぶやいた。みな思うところがあるのか、誰も何も言わなかった。

 

 ぼくはこの道を切り開いた人たちのことを思う。罪人はともかく、奴隷か。深緑の民は奴隷にもされていたらしい。一体どうしてそんなことになったのだろう。反抗ってケントニスさんは言ってたけど。

「それにしてもこの道、一体誰が手入れしてるんだ。滅多に人も通らんだろうに」とアシオーさんが言った。

 それはぼくも思った。ほったらかしにされていたら、とっくに植物で埋もれているはずだ。

「この道には魔法がかかっているんですよ。レグアズデに満ちる魔素を利用した魔法で、変化を拒む魔法です」とケントニスさんが説明する。

「へえ、だったら人にかけたら不老不死が実現できそうだな」

「実際、試みた者はいたらしいですよ」

「結果は?」

「死者の王になって退治されたとか、成功したものの、人の世では生きられず迷宮に姿を消したとか言われていますね」

「どっちにしろロクな結末じゃないな。長生きなエルフ的に見て、どうよ?」

 話を振られたルルディさんは肩をすくめた。

「理解できない。永遠の命って、いいものとは思えないから。命ってのは、終わりがあってこそでしょ。いつか終わるってわかってるから、みんな一生懸命生きるの。終わりがない命なんて、そんなの命じゃない。呪いの一種よ」

 エルフならではの視点なのかも。ぼくなんか単純に、病気にならず年も取らないのなら、だらだらと生きていたいと考えてしまうかもしれない。って待てよ、今のぼくってどれくらい生きられるんだ? ……考え出すと怖くなりそうだ。やめておこう。

「そういうもんかね」

「そういうもんよ」

 

 その後、どれくらい登っただろうか。道を行く一行の眼前に、ぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。

「どうやら、ここを通り抜けないといけないみたいですね」

「ちょっと待ってくれ。ランタンを出すから」

 荷物を探り、アシオーさんがランタンを取り出した。中に入っているのは蝋燭ではなく、宿屋などでも照明として使われている照明石だ。

 簡単な魔法がかけられている石で、叩くと光り出す。効果時間は限定的で、宿屋なんかでは定期的に専門の業者に依頼して新しいものを仕入れていると聞いた。

 幸い当パーティには魔法使いであるケントニスさんがいるので、いつでも魔法をかけることができる。

 

 ランタンから石を取り出したアシオーさんは、ケントニスさんに手渡す。ケントニスさんが石を握って呪文を唱えると、石は淡く輝きだした。

「ありがとう、助かる」

「どういたしまして」

 ランタンを手にしたアシオーさんは、一行の先頭に立った。

「んじゃ行くぞ。魔物もだが、何より足元に気をつけてくれ。特に姫さん、蝙蝠の糞に滑るなよ」

「ご忠告どうも。アシオーも、頭をぶつけないようにね」

 言ってリティーナは自分の頭をつついて見せた。アシオーさん、背が高いものね。

 

 ランタンの淡い光を頼りに、リティーナたちは洞窟内部を進む。久しぶりの侵入者に驚いたのか、蝙蝠が何匹か逃げていった。

 暗くて足元がよく見えないけど、どうやら緩やかな上りになっているようだ。

「きゃっ?」とリティーナが短い悲鳴を上げた。

「どうした姫さん」

「な、なんでもない」

 蝙蝠の糞に滑ったことは内緒だね。転ばなかったのはさすがだけど。

 魔物と遭遇することもなく、しばらく道なりに進んでいくと、広間のような開けた場所に出た。

「……っ!」

 ランタンの光に照らされたものを見て、リティーナが息を呑んだのがわかった。地面に無数の骨が散らばっていたのだ。

「こりゃ、人骨か?」

「そうですね」

 男性二人は取り乱すこともなく、いたって冷静だった。もし声が出せるのならば、ぼくは悲鳴の一つでも上げていたかもしれない。魔物の死体とかはそれなりに見慣れたけど、真っ暗な洞窟に散らばる人骨はやっぱり不気味だ。


「う、動きだしたりしないよね?」

 ルルディさんの声は上ずっていた。あれ、もしかして怖いの苦手なのかな。

「動く骨ならスケルトンだな。よく見れば武具も散らばってるし、襲ってくるかもしれんぞ」

 アシオーさんのそんな言葉が呼び水になったかのように、なんと地面に散らばる骨がカタカタと動き出した。

「ほらぁ! アシオーが変なこと言うから!」

 顔を引きつらせてルルディさんが後ずさる。

「俺のせいかよ。いつもみたいに斧をぶん回して倒せばいいじゃねえか」

「無理! こういうの、生理的に無理!」

 きっつい言葉だ。中学生の時、クラスの女子が影でぼくのことを言ってるのを聞いて傷ついたのを思い出した。『あいつ、顔は普通だけど、喋りが完全にオタクだよね。ああいうの生理的に無理』ってね。なんていうか、生きていてごめんっていう気持ちになった。いやまあ、誰にだって苦手なものはあるよね。

「来るよ」

 全く動じないリティーナは背中からぼくを引き抜くと、前に進み出た。肝が据わっている。

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