第25話 ハーピーの襲撃
「わたしは、最後まで判断ができなかった。隊長さんがああ言ってくれなかったら、あの人たちに剣を向けていたかもしれない」
登り始めてすぐに、リティーナが心苦しそうにつぶやく。
「仮にそうなっていたとしても、それは間違いじゃないさ。で、もし姫さんが諦めていたとしても、間違いじゃない。あの場面に正解なんてなかったと思うぜ」
アシオーさんが気楽な調子で言った。
「でも、わたしは……」
「姫さんは、立派であろうとしすぎなんだよ。もうちょっと肩の力を抜いてもいい。神託の勇者だって人間なんだから迷いもするし、決断が下せないときだってあるさ」
「そうそう。何のためにあたしたちがいると思ってるのよ。もっと頼ってよ」
「いかなる困難にあっても、尽力させていただきますよ、姫様」
仲間たちの言葉には、心がこもっていた。皆、心の底からリティーナのことを思っているのが伝わってくる。そしてそれはリティーナにも伝わったようだ。
「みんな……」
リティーナは、感極まったようにうつむいた。
「ありがとう。わたしは絶対にグリフォンの試練を突破するよ」
「そうだな、そのためにもまず」
アシオーさんが短剣を抜く。ルルディさんも戦斧を構えた。
「こいつらを片付けないとね」
ぎゃあぎゃあと空からやかましい声がする。
顔と胸は人間の女性、翼と下半身は鳥の怪物――ハーピーだ。数は四匹、みんな顔が中途半端にきれいなのがかえって不気味で、嫌悪感をあおる。魔改造っていうのかな。ネットで見かけた美少女フィギュアを無茶苦茶に組み合わせた画像を思い出す。
「おいしそうな人間だ!」
「トカゲとエルフの女もいる!」
「男はまずそう!」「トカゲもまずそう!」
「どうする?」
「人間の女とエルフの女を食べよう!」
「そうしよう」「そうしよう」
そういうことになったらしい。
ハーピーたちは空高く舞い上がると、一気に急降下してきた。隊列も何もない、バラバラの突撃だ。最初の一匹の突撃に合わせて、リティーナがぼくを振りぬく。手応えらしい手応えもなく、袈裟懸けに斬られたハーピーは地面に激突する。いつ見ても鮮やかな手並みだ。
仲間がやられたのを見て泡を食ったのか、ルルディさんに向かっていた一匹が急な方向転換を試みる。しかし、その隙を逃すルルディさんじゃなかった。
「もらった!」
勢いよく地面を蹴って飛び上がったルルディさんは、真上から戦斧を振り下ろした。ぎゃっという悲鳴を上げて、背中から斬られたハーピーは地面に落ちてそれきり動かなくなる。
「どうしよう」「どうしよう」
「あいつら、強いよ」「姉様たちがやられちゃった!」
「逃げる?」「いや、敵討ち!」
「敵討ち!」
二匹は空中で交差すると、再びリティーナたちに向かってきた。
アシオーさんの手元が煌めく。それだけでハーピー二匹はバランスを崩して落下した。
何があったのかとよく見れば、放たれた短剣が正確にハーピーの額に突き刺さっていた。両手でそれぞれ短剣を投げて、しかもどちらも命中させたらしい。恐ろしい腕前だ。
「へえ、やるじゃない」
ルルディさんが口笛を吹いて言う。
「真っ向から戦うのはあまり得意じゃないけどな」
アシオーさんは短剣を回収すると、布で血をぬぐって腰の鞘に戻す。相手に気づかれないうちに仕留める。これまでも何度かアシオーさんはそうして魔物を屠ってきた。優れた暗殺技術を持っているのは間違いない。
「にしても、魔物から敵討ちという言葉を聞くとは思わなかったな」
「レグアズデには魔王の威光の力が及びませんからね。魔物にも本来の感情があるのです」
ケントニスさんがハーピーの死体を見ながら言う。
「どっちにしろ、襲ってくることには変わりないんだろ」
「友好的な魔物というのは、ほんの一握りですからね」
本能的なものなのか、ゴブリンやオークのように人間を目の敵にしている魔物はそれなりに多いみたい。もっとも、人間側でも同じだけど。
「でも、こちらから手を出さなければ戦いを避けられる魔物は確かにいる。なのに、無理矢理戦わせるのが魔王の威光。たちが悪い」とリティーナが言った。
意志に反して戦わせるっていうんだから、本当にたちが悪い。望まぬ戦いを強いられて命を散らすというのは、魔物であろうとむごいと思う。
リティーナが魔王を討伐するということは、人間を救うだけじゃなく、魔物をも救うことになるのだと、改めて意識した。
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