第24話 説得
「私たちは――」
「待ってケントニス。わたしに任せて」
ケントニスさんを制して、リティーナが前に進み出た。胸元を探り、ペンダントを取り出す。グリフォンをあしらった、見事な装飾のペンダントだった。
「ウェリス国第一王女、リティーナ・スティーリアです。グリフォンに会う必要があるので、ここを通してください」
「な……」
兵士二人は揃って絶句する。それから顔を見合わせた。
「リティーナ王女? 名前は聞いたことがあるが、本物か……?」
「わからん。死の危険を冒してまで王族を語る愚か者など、そうはいないが」
リティーナの存在は本当に知られていないようだ。
「グリフォンの装飾品は、王族しか身に着けることを許されていません。レグアズデを守る者ならば、それくらいは知っているでしょう」とケントニスさんが威厳のある声で言う。
王族を証明する装飾品みたいだけど、水戸黄門の印籠みたいにすぐさまははーっとなるほどの効果はないらしい。そういえば、あっちでもグリフォンは紋章とかに使われてたっけな。それだけ偉大な幻獣ということか。
「それはそうなのですが……。すみません。少しお待ちください。隊長を呼んできます」
一人が小屋に慌てて駆け込む。
「こういう時、王の親書とかあれば話は早いのにな」
「それを言っても仕方がないでしょう。我々の旅はお忍びみたいなものなのですから」
「お待たせいたしました」
小屋からさきほどの兵士が出てきた。もう一人、別の兵士が一緒だ。四十歳くらいの男性だった。若い兵士たち同様に鎧を着ていて、腰に剣を帯びている。
男性はリティーナに目を留めると、すぐさまその場に片膝を着いて頭を垂れた。
「リティーナ殿下。部下が失礼をいたしました。ご容赦を」
どうやら、この人が隊長らしい。
「すると、本物……」
「し、失礼いたしました」
若い二人の兵士も、すぐさま隊長に倣って膝を着く。
「気にしないで。知らなくて当然なのですから。どうか立ってください」
リティーナが言うと、兵士たちはゆっくりと立ち上がった。
「あなたは、わたしを知っているのですか?」
リティーナは隊長に訊ねる。
「直接の面識はございませんが、ティネラ様の面影がありますからな。それに――」
そこで隊長はケントニスさんに目を向ける。
「剣聖が一緒なのが何よりの証です」
「その呼び名はやめてください。今の私はしがない魔法使いですよ」
ケントニスさんは杖を掲げてみせる。
「当時を知る私たちにとって、あなたはやはり剣聖ですよ。武術大会での優勝も、ベレーギアとの戦での活躍も」
ケントニスさんって、本当に強いんだ。なんで剣を握らなくなったんだろうか。
「剣の腕は私以上かもって、あの母上が言っていたものね。稽古だけじゃなくて、いつか本気のケントニスと試合をしてみたいな」とリティーナが言った。
「私はティネラ様には及びません。あの方の振るう剣こそが、まことの剣です。そしてその剣は、間違いなく姫様に受け継がれている」
「だといいんだけど。――この旅が無事終われば、母上もわたしを認めてくれるかな」
リティーナの言葉を聞いて、ケントニスさんは悲しげに目を伏せる。
「――ええ、きっと、認めてくださいますよ」
なんだろう。リティーナは、お母さんとうまくいっていないのかな。
「それでリティーナ殿下、グリフォンに会いたいということですが、陛下の許可は得ておられますか」と隊長が静かに尋ねた。
「いいえ、得ていません」
「申し訳ありませんが、それではお通しすることは――」
「理由を、聞いてくれますか」
「……聞くだけならば」
「これから話すことは、他言無用に願います」
真剣なまなざしのリティーナに、隊長は気おされたようにうなずく。
「――承りました」
「では、単刀直入に言います。兄は、カリュプス王子は、魔王に負けました」
「なんと……」
兵士たちは、揃って目を見開いた。受けた衝撃の大きさが伝わってくるようだ。
「それは真なのですか? あのカリュプス王子が負けるなど……」
若い兵士の一人が震える声で問う。
「無礼であろう! 殿下のお言葉を疑うのか!」
すかさず隊長が叱り飛ばした。王族の、ましてや肉親の死を告げる言葉だものね……。
「も、申し訳ありません!」
「いいのです。わたしも最初は信じられませんでした。ですが、魔王の手先が聖剣グラムを持っているのを見て、信じざるを得なかった」
そう言ったリティーナの顔が、一瞬だけ悲しそうに歪んだ。彼女の心情を思うと胸が痛む。
「聖剣グラムが、奪われたというのですか。魔王討伐の切り札が」
「剣だけじゃない。神託の勇者がいなくなったのだとしたら、一体誰が魔王を倒せるんだ」
若い兵士二人の顔が絶望の色に染まる。ケントニスさんがゆるりと首を振った。
「勇者は、いなくなってなどいません。女神様は、新たな神託を授けてくださったのです」
「新たな神託? それでは、勇者は?」
「あなた方の目の前にいますよ」
ケントニスさんはリティーナに手を向けた。
「まさか」
「リティーナ殿下が、新たな神託の勇者……?」
「我が身は、まだ勇者と呼ばれるに値しない。ですが、刺し違えてでも魔王を討つ覚悟はできています」
リティーナは胸に手を置いて、厳かに告げる。刺し違えてでもなんて言ってほしくないけど、それだけリティーナの決意は固いということだ。
兵士たちは、戸惑いの表情を浮かべている。すぐには信じられないのだろう。
「魔王を討つためには、強力な魔法の武器が必要です。兄、カリュプスは聖剣グラムを携えていた。わたしの剣は、これです」
言って、リティーナは背中からぼくを引き抜く。
「この剣が? 失礼ながら、何の変哲もない剣に見えますが」
隊長さん、正直だね。もっとも、言葉の通りなんだけど。
「このままではそうかもしれません。しかし、オリクトさんが言うには、この剣はわたしに合わせて変質する魔法の剣とのことです」
リティーナは腕を下ろして切っ先を地面に向ける。
「変質する剣など聞いたことがありませんが、あのオリクトが言うのだから間違いはないのでしょうな」
オリクトさん、やっぱり有名なんだ。気の良いおじいちゃんにしか見えなかったんだけど、鍛冶師として超一流なんだろうね。
「ええ、それで、この剣と、何よりわたしを鍛えるため、わたしはグリフォンに会って試練を受ける必要があるのです」
「なるほど。そういう理由でしたか」
「わたしは玉座を望まない。信じてくれますか」
「私たちが信じたとしても、他の者はどうでしょうか」
隊長は、リティーナの目を覗き込むように見つめる。
「それでも、わたしはグリフォンに会わなければいけないのです」
リティーナは、まっすぐに隊長を見つめ返した。
「理由はわかりました。ですが、いくら殿下と言えども、陛下の許可なしにはお通しできません」
隊長はにべもなく言った。
「あんたね、今の話ちゃんと聞いてたの? リティーナは神託の勇者で、魔王を倒さなきゃいけないの。許可がどうとか言ってる場合じゃないのよ!」
ルルディさんが食ってかかる。ぼくもルルディさんに同意する。いくらなんでもお役所仕事すぎるだろ。大陸の命運がかかっているっていうのに。
「許可なしで通した場合、我々が罰せられます。あなた方が実力行使で押し通ったとしても、同様ですね。いずれにせよ職務怠慢で極刑か島流しが妥当な所でしょうか」
「……そんな」
ルルディさんは唇を噛んでうつむく。
当たり前だけど、彼らにも生活がある。だけど――。
大のために小を切り捨てる。大陸全土とそこに住む人々の命運を考えるのであれば、警備兵たちの処遇を気にしてはいられない。強引にでも押し通るのが、大局的に見ればきっと正しい。
魔王討伐には、勇者と、勇者の剣の力が必要だから。そしてその両方の力を引き出すためには、グリフォンの試練を受けるのが一番の近道だ。
それでも、それしか方法がないわけではないと思う。一度王都に戻って王様の許可を取り付けることだって、望み薄だけどできるかもしれない。もっとも、どうしたって時間はかかるだろうし、その間にも魔王との戦争は続き犠牲者は増え続ける。
仲間たちの視線がリティーナに集中する。
ぼくの刀身が、光を弾いて鈍く輝いている。小刻みに震える剣の切っ先が、リティーナの葛藤をそのまま表しているようだった。
リティーナは、どうするんだろう。
ぼくはリティーナに、どうしてほしいんだろう。
引き下がるのか、それとも切っ先を兵士たちに向けるのか。どちらが正しいのか、ぼくにはわからない。そしてそれはもしかしたら、リティーナにもわからないのかもしれない。
震える切っ先を見つめていた隊長は、やがて意を決したように口を開いた。
「――私はレグアズデを守ると同時に、この者たちの生活も守らなければいけない。ですが、殿下の気持ちも痛いほどにわかります。だから、ここは私の独断でお通しすることにしましょう。全責任は私が取ります」
隊長の言葉を聞いたぼくが真っ先に感じたのは、安堵だった。そしてそれはリティーナも同様だったみたいだ。ぼくを鞘に戻したリティーナは、救われたような顔になっていた。だが、すぐさま言葉の重みに気づいたように、表情を引き締める。
「しかし、それではあなたが……」
「構いません。陛下をお通しした時の隊長と同じことをするだけです」
「父も、許可を得ていなかったのですか?」
リティーナが意外そうに問う。
「ええ、そうです。『許可はない。だが、ウェリスをまとめるために、どうしても必要なのだ』とおっしゃっていました。そして、その判断は正しかった。当時の『殿下』をお通しした隊長も」
そうだったのか。だとすればもしかしたら、その時の隊長の判断がなければ、今のウェリスはなかったのかもしれないな。ぼくとリティーナもいなかったかもしれない。
英雄だけじゃない。歴史に名を残さない人々の判断や行動の積み重ねあっての現在なのだと思う。
「まさか、あの時憧れた隊長と同じことを私ができるとは思いませんでした」
今の隊長は穏やかに笑う。
「そうか。思い出しましたよ。あなたは、隊長の後ろに控えていた兵の一人でしたね」
ケントニスさんが言うと、隊長は嬉しそうに微笑んだ。不思議と、一気に若返ったように見えた。
「覚えておいででしたか。そうです。レグアズデに登るあなたと、陛下と、ティネラ様のお姿は、今でも脳裏に焼き付いております」
「そうですか。あの時の若い兵士が、今は隊長になったのですね」
「まだまだ、未熟者ですけどね。――できれば、剣聖の武勇伝でもお聞かせ願いたいところですが、時間が惜しいのでしょう。どうぞ、お通りください」
一礼して、隊長が道を譲る。
「ありがとう。もし、ことが露見したとしても、あなたのことはよく取り計らうよう、父上に頼んでみます」
「はい。期待していますよ。――ご武運を、リティーナ殿下」
そうして、隊長たちに見送られて、リティーナ一行は登山道を登り始めた。
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