第20話 情報官

「魔王を倒すんだよね。なら、そんなの些末事じゃない」

「気軽に言ってくれるな。倒した後のことも大事なんだよ」

 政治ってやつは面倒くさい。魔王を倒してめでたしめでたしじゃダメなんだろうか。

 

 一同が見つめる中、リティーナは静かにぼくを鞘に収めた。

「――わたしは、レグアズデに行くよ」

 リティーナの宣言に、ケントニスさんはうなずく。

「姫様なら、そう言うと思っていましたよ」

「おい、ケントニス」

「どのみち、このままでは魔王どころか青騎士が持つ聖剣にも太刀打ちできないのです。対抗できる手段を用意しなくてはならない」

「だからって、レグアズデは……」

「アシオーは、リティーナの身が心配なの? それとも、リティーナが王の資質を示すことが心配なの?」

 唐突に、ルルディさんがそんなことを訊いた。

「いきなり、なんだよ。姫さんの身が心配に決まってるだろ」

「最初に会った時に言ってたけど、アシオーは、国の情報院に務める情報官なんだよね」

 アシオーさんの答えにはお構いなしに、ルルディさんは続ける。

「ああ、それがどうした」

「どんな仕事なの?」

「どんなって、大雑把に言えばウェリス内外の情報を集めたり、管理したりする仕事だよ。今年はどこそこの村の穀物の実りがいいとか、他国が内戦で揉めてるとか、そういうのだな」

 立て続けの質問に面くらいながらも、アシオーさんは答えた。


「要は、情報の専門家ってわけね。剣士が剣の、魔法使いが魔法の専門家であるように」

「まあ、そうだな」

「だったら、リティーナの動向の監視、管理も、お仕事の内だよね」

 ルルディさんが鋭い視線をアシオーさんに向ける。

「何が言いたい?」

「リティーナの行動を、ある程度誘導するように命令されてるとかないかなって、思っただけ」

「なんだそれ。お前な、考えすぎだよ。変な物でも食ったか?」

 アシオーさんは苦笑する。突飛な考えについ漏らしてしまったというような、自然な苦笑だった。

 

 突飛といえば突飛だけど、ルルディさんが口にした推測にはある種の説得力があると思う。リティーナの動向は、国どころかガゼレード大陸全土に関わる一大案件なのだ。国の諜報機関が旅の仲間に密偵を紛れ込ませようとしてもおかしくはない。

 ぼくが合流した最初の晩、宿屋でケントニスさんと話していた時のアシオーさんは、心底リティーナのことを思っているようだった。でも、あれも演技だったとしたら――?


「大体、姫さんが素直に誘導なんかされるかよ。それはお前が一番よく知ってるだろ」

「知ってる、けど」

「ルルディ、もうやめよう」

 なおも食い下がろうとするルルディさんを止めたのはリティーナだった。

「だってさ、アシオーはもしかしたら」

「わたしを見張るように命令されて、ついてきたのかもしれない。それはわたしも考えた。情報院は絶対にわたしの行動を把握したがってるから」

「姫さんまで……」

 アシオーさんはうんざりしたように嘆息する。全部芝居だったら大した役者だ。

 リティーナはゆるく首を振る。

「誤解がないように言っておく。わたしは、アシオーを信じている。たとえどんな命令を受けていたとしても」

「なんで?」とルルディさんは尋ねる。

 ルルディさんではなく、アシオーさんをまっすぐに見つめて、リティーナは答えた。

「兄上の友人だから」

 きれいな深緑色の瞳に正面から見つめられ、アシオーさんは居心地が悪そうに身じろぎする。


「兄上は、いつもわたしのことを気にかけてくれていた。大局観がある人だったから、自分が魔王に負けた場合のことも考えていたっておかしくない。そんな兄上が後を託すとしたら、あなたしかいないよ、アシオー」

 アシオーさんは困ったように頭をかく。こればかりは演技ではない、本当に困っているように見えた。

 リティーナは、本当にアシオーさんを信用しているみたいだ。ぼくがちょっと嫉妬するくらいに。ぼくも、リティーナに信用される剣にならなくちゃ。

「ごめん。話したくても話せないよね。そういうわけだから、アシオーは大丈夫だよ、ルルディ」

 リティーナが取りなすが、ルルディさんはまだ納得しきれていないみたいだ。

「……リティーナがいいって言うなら、いいんだけど」

「疑いたきゃ疑えよ。腹ペコエルフに信用してもらえなくても、俺は困らんからな」

 おそらく意図的にだろう、アシオーさんはにくったらしい笑みを浮かべた。

「またそういうかわいげのないことを」とルルディさんはアシオーさんをにらむ。

「かわいげっておまえ、俺がシナを作って、『信じてルルディちゃん! 俺は悪い情報官じゃないよ』って言ったら信用すんのかよ」

 一部に裏声を交えてアシオーさんは言った。不気味だった。

「全力ではったおすわ」

「だろうな」

 二人はそうして笑い合う。

「悪かったわね。あんたの立場も考えないで」

「構わん。そういう仕事だ。慣れている」

 わだかまりは完全にとけたわけじゃないだろうけど、ひとまず安心かな。

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