第18話 魔法走査
「おいおい、やばい話なのか。まさかお家騒動じゃねえよな? 深緑の民の血が入った王族絡みの」
あえてなのだろう、軽めの口調でオリクトさんは言うが、ケントニスさんはくすりともしなかった。
「それも懸念ではありますが、違います。『勇者』についての話です」
「勇者って、カリュプス王子か。魔王討伐直前って、もっぱらの噂だな。吟遊詩人が毎日のように歌ってるぜ」
「そのカリュプス王子ですが、亡くなりました」
さすがに予想外だったのか、オリクトさんは驚愕の表情を浮かべる。
「なんだと? 冗談にしちゃたちが悪いぞ」
「私がそういう類の冗談を言わないのはよく知っているでしょう」
オリクトさんはカップを置くと、揺れる紅茶を見つめた。
「そんな……。信じられん。あのカリュプス王子が……。どうしてだ」
「魔王に敗れたとのことです」
ケントニスさんが言うと、オリクトさんは顔を上げる。
「おい、ちょっと待て。お前はなんでそれを知ってるんだ。一緒にいたわけじゃないよな」
オリクトさんの疑問はもっともだ。エーリス島に渡った後のカリュプス王子の消息を知る者は、誰もいないはずなのだから。人間側では、だけど。
「ご丁寧にも、新たな司魔将候補が教えに来てくれたからです。聖剣グラムを携えてね」
「どうして、そいつはわざわざお前たちの前に姿を現したんだ?」
「姫様が、神託によって選ばれた新たな勇者だからです」
「なに? この嬢ちゃんがか?」
オリクトさんはリティーナをまじまじと見つめる。リティーナはわずかに顎を引いてうなずいた。
「――嘘でも冗談でもなさそうだな。国が新たな勇者について触れを出さないのは……くそ、そういうことか」
「カリュプス王子の活躍で兵も国民も非常に高い士気を保っています。魔物との戦いは各地で優勢が続いている状態ですが、頼みの綱の勇者が魔王に負けたとなれば、一気に形成が逆転する危険性がある。魔王を倒せるのは選ばれし勇者だけと言われていますからね。王子の死は可能な限り伏せなければいけません」
「嬢ちゃんが魔王を倒せればそれでよし。もし負けたとしても……」
そこでオリクトさんは口が滑ったと思ったのか口ごもる。リティーナは気にした風もなく、
「最初からなかったことにして闇に葬る。後はまた現れるであろう新たな勇者に任せればいい。――そうなってくれた方がいいという人は、たくさんいそうですけどね」と続けて言った。
「……あんまりじゃねえか。嬢ちゃんが勇者だっていうなら、もっとみんなで助けるべきだろう? カリュプス王子の時みたいに」
もっともな正論だ。しかし、それができないこともわかっているようなオリクトさんの口ぶりだった。
「陛下としても、苦渋の決断だったと思います」
「だとしても、親は子を守るもんだろうが」
「私は、父上の判断は正しいと思う。父上は、親である前に王なのです。情に流されて大局を見失うべきではない」
リティーナが屹然と言う。王族の確かな風格があった。しかし彼女の背にかすかな悲しみの気配が漂っているように感じるのは、ぼくの気のせいだろうか。
「嬢ちゃん、いや、リティーナ姫、あなたは……」
嬢ちゃんでいいですよとリティーナは笑う。
「わたしは、今の自分が置かれた状況は悪くないと思っています。政の道具であることに変わりはないけど、少なくとも、剣は自分の意志で振るっていますから」
混血だろうと何だろうと、王女の立場からは逃れられない。それでも、剣を振るっている間だけは、リティーナは束の間自由でいられるのだろう。
「そして、それが一番、民のためになると信じています」
リティーナは、やはり生まれついての王族なのだと強く思う。特権を持つがゆえの責任感。その特権がリティーナにとっては枷に等しいものだったとしても、彼女は己の信念に従って剣を振るうのだ。
「――そうか、ならもう、俺からはごちゃごちゃ言わねえ。それで、剣に関する頼みごとってのはなんだい? 嬢ちゃんが望むのなら、もう一度槌を振るうのも厭わないぜ」
オリクトさんの声は、若干柔らかくなっていた。
「せっかくの厚意ですが、それには及びません。オリクトさんには、わたしの剣を見てほしいのです」
立ち上がったリティーナは壁に立てかけてあったぼくを手に取り鞘を払う。左右の掌にそれぞれ刀身と柄を乗せて、オリクトさんに差し出した。
「神託にあった、遥かな空より来る剣です」
オリクトさんは無言でぼくに手を伸ばす。その指先がぼくに触れるか触れないかのところで、オリクトさんは熱いものでも触ったかのように手を引っ込めた。
「っつ。……こりゃなんだ。びりっときやがった」
静電気、ではないよね。なんだろう。
「なるほど、剣が姫様以外に触れられるのを拒否しているみたいですね。そういうところは魔法の剣らしい」
顎を撫でて、興味深そうにケントニスさんが言った。
え、そうなの? ぼくとしては別にそういうつもりはないんだけど。そりゃリティーナ以外に使われるのは嫌だけど。調べてもらうぐらいは構わないのに。
「俺たちはなんともなかったぞ」とアシオーさんが言う。
「だね。無理矢理引っこ抜こうとしたけど、平気だったよ」とルルディさんがうなずく。
岩ごとやられるかと、ぼくは気が気じゃなかったけどね。
「あれは岩に刺さっていたからでしょう。にしても、姫様以外には触れもしないとは。よほど高位の防護魔法がほどこされているのでしょうか。どうですか、オリクト。調査できますか」
オリクトさんはにやりと笑った。
「なめんなよ。俺を誰だと思ってやがる。嬢ちゃん、ちょっとそのまま剣を持ったままでいてくれるか」
「はい、わかりました」とリティーナはうなずく。
オリクトさんは掌をぼくの上にかざすと、口の中で呪文を唱えた。掌が淡く光る。そうして、ぼくをスキャンするようにゆっくりと光る掌を走らせる。うひゃ、なんかくすぐったい感じがするぞ。
「無駄のない式。見事な魔法走査ですね。さすがは一流の魔法鍛冶師。私の走査とは大違いです」
ケントニスさんが感嘆したように言った。真剣な顔をしたオリクトさんは何も答えない。余裕がないみたいだ。額には汗が浮いている。
こっちの世界では当然のように存在している魔法だけど、誰にでも使えるわけではない。大気中に漂う目に見えない『魔素』と自身の魔力を同調させる才能がいるのだ。力ある言葉――呪文を用いて魔素に働きかけ、望む結果を導き出すのが魔法だとオニクマさんから聞いている。
オリクトさんはただの鍛冶師ではなく、魔法も使える魔法鍛冶師なのだ。
見守ることしばし、オリクトさんの掌の光が消えた。
「どうですか?」
尋ねるリティーナに、オリクトさんは腕で額の汗をぬぐってから答える。
「人間業じゃねえな。とんでもなく複雑な魔法式が編み込んである。単純に斬れ味が増すとかじゃねえ。なんなんだこの剣。大口叩いておいて格好がつかねえが、俺に見通せない剣があるとは。この歳になって自信が揺らいだよ」
マジですか。複雑な魔法式とか初耳なんですけど。自分のことなのに、何にも知らないな。人間だった時もよく知らなかったけど。
まあでも、こいつには元人間の魂的な何かが宿ってるぞって看過されなくてよかったかな。ばれたら気味悪がられそうだ。ああでも、リティーナなら受け入れてくれるかな。わからないや。どっちみち、知られるのは怖い。
「こいつを鍛えたのは誰か、わかっているのか?」
「――女神様、でしょうか。たぶんですけど」
リティーナの言葉に、オリクトさんは乾いた笑いを漏らした。
「女神様ね。まさしく神の御業ってわけだ。だが、それなら納得はできるな」
このガゼレード大陸でもっとも信仰されている神様は、日輪の女神ルクス・ソリスだ。その名の通り、日中は彼女の時間とされている。
彼女と対をなす女神、夜霧の女神ルクス・ルナエはあまり人気がない。闇と死を司っているからかな。
一般に女神様というと、大抵ルクス・ソリスの方を指す。たぶんリティーナもそっちの意味で言ったはずだ。
ぼくをこの世界に導いたのは、たぶん日輪の女神の方だと思う。光と命を司っているらしいからね。ガラは悪かったけど。
そして、一番信徒が多いと言われている宗教がアグネーシャ教――。アグネーシャとは女神様の啓示を受けた太古の英雄の名だ。
昔、ガゼレード大陸は知性ある魔族と魔物に支配されていたという。そこで立ち上がったのがアグネーシャだ。
彼は各部族の猛者を集めてまとめ上げ、大陸を魔族と魔物の支配から解き放った。その後、英雄と仲間は大陸全土に散って、各地に国を築いた。それが現在の各王国の元になったと伝えられている。ざっくりとだけど、オニクマさんから聞いた話はこんなところだ。
今の魔王は、昔大陸を支配していた魔族という種族を異界から召喚して手下にしているらしい。司魔将は大抵魔族とのことだ。あの青騎士も姿形は人間に見えたが、中身は魔族なのかもしれない。
ぼくもだけど、異世界からいろんなものを引っ張ってくるのは常套手段なのかな。侵略的外来種みたいにならなければいいんだけど。
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