第三章
第15話 自由都市
村を出ておおよそ一週間で、リティーナたちは自由都市ガーチェに到着した。道中、街道で何度か魔物の襲撃があったけど、いずれも
ぼくはといえば、オニクマさんと何回か話す機会があったので、少しだけこの世界に詳しくなった。
魔王が出現したのは今からおよそ三年前。大陸北西に浮かぶエーリス島に居城を構え、電光石火で進軍を開始した。各地に『
魔物といっても、元々積極的に人を襲う種族はそこまで多くなかったらしい。だけど、『魔王の威光』――青騎士が使っていた魔導具だ――の影響を受けた結果凶暴性が増し、人を見ると襲いかかるようになってしまった。
空飛ぶ大型の魔物に乗って大陸のあちこちに散った司魔将たちは魔王の威光でどんどん戦力を増やし、各国で人類に戦争を仕掛けた。魔王軍と戦争をしているのはウェリス国だけじゃなかったのだ。
人類は最初の一年、だいぶ苦戦していたらしい。風向きが変わったのは『勇者』が出現してからだという。
エーリス島にもっとも近い大陸北西部の大国、ウェリス国で神託を受けた勇者カリュプスは旅立つや否や、各地を支配していた司魔将を次々と撃破、人類の版図を取り戻していった。それが吟遊詩人によって他国にも伝わり、士気高揚に繋がった。英雄と呼ばれるに値する人々が活躍し、魔物を退けていった。
人、エルフ、ドワーフ、リトルステップ、獣人――。人々は人種や種族の境界を超えて手を取り合い、魔王軍と戦った。
そうして現在、人類の勝利は目前というのが世間一般の認知とのことだ。戦争はまだ続いているけど、戦闘は局所的なものでどれも小規模らしい。
あとは勇者が魔王を倒しさえすれば、勝利は揺るぎのないものになる。多くの人はそう信じている。もちろん、人々は勇者カリュプスが魔王に負けたことなんて知らない。
ウェリス国第一王女リティーナは、そうした状況で新たな勇者に選ばれた。
ほとんどの人は、リティーナが勇者だということを知らない。王女だということも知らない。その身体に深緑の民の血が流れていることも、知らない。
だけどぼくは知っている。リティーナは、魔王に挑もうとしている勇者だ。
「はぁ、ガーチェって大きいね」とリティーナが感嘆したように言う。
「姫様、おのぼりさんみたいな反応はおやめください。王都だってこれくらいの規模じゃないですか」
小声でケントニスさんがたしなめる。
ウェリス国南西部に位置する自由都市ガーチェの人口はおよそ三万だそうだ。あちらの感覚だと少なく感じるけど、こちらだとかなりの大都市らしい。ちなみにウェリスの王都は五万と聞いている。
ガーチェは自治を認められている都市で、街の有力者たちが統治参事会を形成しているそうだ。一応街の代表として市長がいるけど、全権を任されているわけではないらしい。
治安維持や防衛を担う自警団の練度はかなりのもので、魔王軍が攻めてきたときにも犠牲は最小限に留めたとのことだ。『自由』を守るためには、やっぱり強くなくちゃダメなんだろう。街全体を囲むようにそびえたつ城壁は立派で、堅牢という印象を受ける。
「活気はこっちの方があるんじゃない?」
門を行き来する人々は、やる気というか、ぎらついた顔をしている人が多い。街の中は石畳が敷き詰められており、整備が行き届いているという印象だ。今まで目にしてきた村とは大違いで、いかにも都会っていう感じがする。
「ガーチェは交易も盛んだし、なんといっても近くにいくつか有名な古代迷宮があるからな。大昔の魔族が溜め込んだお宝を求めてあっちこっちから冒険者がやってくる。己の命をテラ銭に、目指せ一攫千金ってな。そりゃ活気もあるさ」
アシオーさんが答えた。さりげなくすれ違う人々の手元に注意を払っているのは、スリを警戒しているからかな。
行きかう人々はいろんな肌の色や髪の色をしていて、中にはリティーナと同じ深緑色の瞳の人もいた。リザードマンや、エルフ、ドワーフっぽいずんぐりむっくりした人、身長が100㎝あるかないかくらいのリトルステップ、獣人と思われる毛むくじゃらの人もいる。本当に多種多様だ。人種のるつぼってこういう場所をいうのかもしれない。
元は小さな交易所だったガーチェは段々と大きくなり、今の王様の時代になってから自治を認められるまでになった。様々な人種、民族が受け入れられている街で、その中には深緑の民も含まれている。
自治が認められたのは、ガーチェの有力者たちの請願が通ったというより、深緑の民を受け入れるための正当な理由が必要だったからではないか、というのが巷間に流れている噂だとオニクマさんから聞いている。今の王様ってリティーナのお父さんだものね。深緑の民は大事にしたいんじゃないかな。たとえ大っぴらにはできなくても。
「古代迷宮か。いっぺん入ってみたいな。わたしたちなら、いいところまで行けそう」
「そういや、魔王が現れる前にカリュプスに付き合わされて入ったっけな。腕試しだって」
アシオーさんが言う。
「兄上はその時に聖剣グラムを見つけたんだよね」
「ああ、あの時はまさか魔王討伐に持ち出すなんて思いもしなかったよ」
「迷宮、楽しかった?」
リティーナの問いに、アシオーさんはにやりと笑う。
「どっちかといえばな。あいつも生き生きとしてた。恐ろしく強かったガーディアンとの戦いは見ててひやひやものだったがな」
「姫様、わかっていると思いますが、我々の目的は」
リティーナはケントニスさんを遮るように手を挙げる。
「わかってる。迷宮に行くとしても、魔王を倒したらにしておく」
「その時は、あたしも連れてってね」
ルルディさんが背中の鬼熊殺しの柄を叩いて言う。細身のエルフがごつい戦斧を背負っているのはさすがに珍しいのか、すれ違う時に二度見する人がいるのが面白い。
「もちろん。その時はよろしくね」
リティーナの瞳の色を気にする人はほとんどいないみたい。ただ、純粋にリティーナの容姿が気になるのか、好色そうな視線を向けてくる男性が多い。ぼくはうなって威嚇する。効果はないけど、こういうのは気分の問題だ。
「ウーブリ、ウーブリーだよー!」
街の中心、広場に入ると、威勢のいい呼び声が聞こえてきた。肩に籠を担いだ行商人らしき人だ。籠に入っているのはワッフルみたいな焼き菓子だった。あれがウーブリらしい。
「いい匂い。ケントニス、ウーブリ買ってもいい?」
リティーナがケントニスさんに上目遣いで訊く。かわいい。その仕草は反則だ。
「一人一つだけですよ」
完全に買い食いの許可を求める子供と親のやり取りで、どこか微笑ましい。
「ありがと」
リティーナは、近くの商人からウーブリを四つ買うと皆に手渡した。四人は近くのベンチに腰掛ける。ぼくは視点をみんなの正面に移した。ここならみんなの顔が見える。
剣の周囲ならある程度視点を移せることに気づいたのはごく最近だ。よからぬことには使っていないよ。念のため。
「王都のよりおいしいかも」
嬉しそうにウーブリをほおばり、リティーナは言う。
「あたしは王都のは知らないな。機会があったら食べたいね」
「どこで食っても同じような味に思えるが」
「こういうところで食べるとおいしく感じるのかもしれませんね」
屋台の買い食いがおいしく感じるのと同じようなものかな。キャベツしか入っていない焼きそばでも、特別に思えるからね。
広場にはウーブリ売りや食べ物の屋台の他に、ナイフでジャグリングをしている大道芸人らしき人や、楽器を手に歌を歌っている吟遊詩人らしき人もいた。人々は歓談し、子どもが犬と走り回っていたりもする。
なんていうか、すごく平和な光景だ。魔王軍との戦争の真っ最中とは思えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます