第12話 マンティコアの尻尾
「いい湯だったわ。やっぱりお風呂はいいわね」
しばらくして、リティーナとルルディさんがお風呂から戻ってきた。部屋着っぽい簡素な服に着替えている。風呂上がりの女の子を間近に見るのは初めてで、なんだかドキドキしてしまう。匂いは嗅げないけど、いい匂いがしそうだ。
「ケントニス、洗濯物を乾かすの、お願いしていい?」
リティーナが籐で編まれた籠を掲げてみせる。
「お安い御用です」
「ささっと干しちゃうね」
リティーナとルルディさんは部屋の端にあった二本の棒を引っ張ってくると、間に頑丈そうな紐を引っ掛けた。
籠から洗濯物を取り出すと、手際よく木製の洗濯バサミに挟んで紐に吊るしていく。キャミソールっぽいのやパンツっぽいのなど、形的に女物の下着そのものだけど、二人は男性陣の目を気にしている様子はない。旅の仲間だからか、それとも、こっちじゃそういうものなんだろうか。
「お待たせ。じゃあ、お願い」
ケントニスさんは杖を手にすると、口の中でもごもごと呪文を唱えた。杖の先を洗濯物に向ける。杖の先から炎が迸り、洗濯物を包み込んだ。焦げてしまわないかと心配したが、炎は一瞬で消え失せた。
「あとは一晩干しておけば乾くでしょう」
「ありがとう、助かる」
魔法ってこういう使い方もあるのか。でも全員が全員魔法を使えるわけじゃないから、魔法が使えない人のために乾かし屋とかもいそうだ。商売できるね。
「ケントニスたちも、お風呂に行く? 今度はわたしたちが留守番してるよ」
リティーナとルルディさんはそれぞれ自分のベッドに腰掛けた。
「いえ、その前に、お話ししたいことがあります」
「なに、食費の件?」
ルルディさんが割と真剣な面持ちで言う。
神託を受けて旅に出たのなら、国の援助があってもよさそうなものだけど、さっきのアシオーさんの口ぶりだと、そういうのはなさそうだ。王女様でしかも勇者(本人曰く候補)だってのに、冷たくないか。
「少し抑えてくれると助かりますが、今はいいです。話したいのは、我々の次の目的地についてです」
「エーリス島を目指すんじゃないの?」とリティーナが言う。
エーリス島って、さっきケントニスさんが話題にしてたな。
そこに魔王の根城があるのかもしれない。きっとあちこちとんがっていて、背後に雷鳴が轟いているようなヤツだ。
「エーリス島に行く前に、自由都市ガーチェに行きませんか」
自由都市? どう翻訳されているか不明だけど、王国の中でも自治が認められている都市っていう解釈でいいのだろうか。
「ガーチェに? なんでまた」
リティーナとルルディさんが揃って頭に疑問符を浮かべる横で、一人アシオーさんだけが納得したようにうなずく。
「なるほどな。そりゃいい考えだ」
「どういうこと?」
「ガーチェにはオリクトがいる。当世随一の鍛冶師って評判のな。名前くらいなら聞いたことがあるんじゃないか?」
「あたしは知らないや。リティーナは?」
「アロンダイトやガラティンを鍛えた人ね」
両方とも、アーサー王伝説に出てくる円卓の騎士が使っていたとされる剣の名前だ。
ファンタジー御用達で、媒体を問わずいろんなところで目にした記憶がある。
ぼくが読んだ本ではアロンダイトはランスロット卿の剣と紹介されていたけど、後で明確な根拠がないと知ってちょっとだまされた気分になったのを覚えている。でも、ドラマチックな騎士には格好いい武器が必要だと思う。
「それなら知ってる。ベレーギアとの戦の時に、リティーナのお父さんとお母さんが使っていた名剣だよね」とルルディさんが手を挙げた。
おかみさんも言ってたけど、ベレーギアって国はぼくたちがいるこの国――ウェリスと戦争していたみたいだ。魔物に加えて他国との戦争、どこの世界も大変だ。
「よく知ってるな」とアシオーさんが大げさなくらい驚いてみせる。ルルディさんは口をとがらせる。
「田舎者のくせにって言いたいんでしょ」
「いや、別に」
「田舎者ってのは認めるけどね、あたしは、鬼熊殺しのライバルになりそうな武器の情報収集は怠らないのよ。あたしはこの子と武勇を広めてみせるから。そういう意味じゃ、リティーナの剣もライバルね」
ルルディさんにそう言ってもらえると、嬉しい。がんばろうと思える。
「そうか。お前に愛される武器は幸せだな。言っとくが、これは皮肉じゃないぞ」
アシオーさんは本心から言っているみたいだ。それはルルディさんにも伝わったらしい。
「ん、素直に受け取っとく」
そこでルルディさんはぼくに目を向けた。
「で、そのオリクトって人にリティーナの剣を見てもらうのね」
ケントニスさんがうなずく。
「ええ、武具に命を吹き込むと言われる希代の名工、オリクトならば、あるいは――」
「この子を鍛えなおすの?」
鍛えなおすって、金槌でとんかん叩くのか。痛みはないと思いたいけど、グラムと打ち合った時のことを考えると、絶対ないとは言い切れない。幻肢痛っていうのがあるくらいだし、ぼくも身体は無くても痛みを錯覚するのかも。魔法的な痛みかもしれないし。
『フルメタルジャケット』に出てきた鬼軍曹みたいな人に耳元で罵られながらグラウンドを走ったり腕立て伏せや腹筋をする方がまだマシかもしれない。
でも、痛くても、リティーナのためなら我慢できるよ。それくらいはしなくちゃいけない。
「できればの話です。できなくとも、秘められた力を見抜いてくれるかもしれない。いずれにせよ、足を運ぶ価値はあるかと」
「そりゃいいけど、あのオリクトが会ってくれるか? 気難しいっていう話だぞ。貴族の依頼ですら気に入らないなら蹴るらしいじゃないか」
「心配いりません。オリクトは友人ですから」
「へえ、そりゃ知らなかった。あんた、意外と交友関係が広いんだな。ってことだけど、どうするリティーナ」
リティーナはぼくを見つめて何やら考え込んでいる様子だったが、さほど時間をかけずにうなずいた。
「――そうね。父上と母上の剣を鍛えた人だものね。わたしも会ってみたいな」
「なら、決まりだな」
アシオーさんが小気味よく指を鳴らす。
「ガーチェって、大きな都市なんだよね。ならさ、おいしいもの、いっぱいあるかな」
ルルディさんが目を輝かせる。さっそく食に思いをはせているらしい。旅の醍醐味の一つだけどね。
「わたしも気になる。行ったことないんだよね」
リティーナが無邪気な笑みを浮かべる。こうして見ると、笑顔は年相応だ。
「ガーチェは自由都市でいろんな人種が集まるし、水運も発展しているから飯もバラエティ豊かだ。山向こうの南方諸国のものとかも入ってくるぜ」とアシオーさんが言う。
「南方っていうと、ケントニスがいたところだよね。どんなのがあるの?」
ルルディさんが興味津々といった感じで尋ねる。ケントニスさんはにっこり笑う。
「虫ですね」
「むし?」
「昆虫食です。サソリとか」
ルルディさんは猫みたいに目を丸くする。
「サソリを食べちゃうの? マンティコアの尻尾じゃん!」
マンティコアて。ライオンみたいな身体にサソリっぽい尾がついてる怪物だっけか。サソリからそういう発想が出てくるあたり、さすがは幻想世界の住人だと思う。
「唐揚げにするとおいしいのですよ」
こっちにもサソリの唐揚げがあるのか。あっちでも聞いたことはあるけど、食べたことはないな。食べたら骨が丈夫になりそうだ。
もっと身体を鍛えていたら丈夫な剣になっていたのだろうかと、ふと思った。もうしそうなら、あっちでも頑張って腕立て伏せとかしたのに。
「悪くはなさそうだけど、他にはないの?」
ルルディさん、サソリはお気に召さなかったようだ。
「香辛料をたっぷり効かせた煮込み料理や、米を炊きこんだ料理もありますね。南方は年間を通して暑いので、辛いものやしょっぱいものが好まれる傾向があります」
「米は食べたことないわね。虫より、そっちを食べてみたいかな」
炊き立ての白いご飯は美味しいよ。ああ、食べたくなってきた。
「わたしはサソリも食べてみたい」
「え、リティーナ、本気?」
「本気。だって、普通は食べる機会ないじゃない」
「そうだけどね。サソリを食べる王女様ってどうなのよ」
「強そうでいいでしょ」
「……リティーナらしいかもね」
さすがのルルディさんもちょっと引いてるようだった。冒険は結構だけど、しまいにはぼくで仕留めた魔物を食べたいとか言い出したらどうしよう。あっちにはそういうゲームや漫画、あったなあ。
「――くぁ。さすがに眠たくなってきたな」
と、アシオーさんが大あくびをする。伝染したらしく、ルルディさんとリティーナも口を押さえてあくびをした。
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