第11話 ぼくはまだ本気出せてないだけ

 食事を終えた一行は、二階へと上がる。

 いくつかドアが並んでいるが、一行は迷わず端っこのドアの前で足を止めた。アシオーさんがおかみさんに渡された鉄製の鍵を差し込んでドアを開ける。中はそこそこ広い。寝心地があまりよくなさそうなベッドがそれぞれ隅に二つずつで計四つ、あとは衝立や荷物入れがある。

 

 部屋には、ほどよい明るさが満ちていた。

 光源は何かなと見渡せば、壁に備え付けられたランタンが淡い光を放っている。よくよく意識を集中して見てみると、中身は蝋燭ではなく光る石みたいだ。魔法、なのかな。

「どうする? 先に風呂に行くなら俺たちが留守番してるぜ」

「お言葉に甘えて、行かせてもらおうかな。リティーナは?」

「わたしも行く。ついでに洗濯もしちゃおうか」

「いいね」

 リティーナとルルディさんは武装を解除すると、荷物から着替えを取り出し部屋を出て行った。

 

 ぼくは男性二人と留守番みたいだ。一緒についていきたい気持ちはあるけど、さすがに浴場に剣は持ち込まないだろう。

 いや、変な期待なんてしてないし。そもそも性欲もないっぽいから。ただ純粋に、こちらの世界の風呂場に興味があるだけだ。

 中世ヨーロッパみたいにパン屋が風呂屋を兼業していたり、サウナみたいだったりするのだろうか。それとも、湯船があるのか。気になるよね。下心じゃなくて学問的にさ。本当だよ?


「リティーナ、堪えてるな」

 二人が出ていって少し経った後、アシオーさんが言った。ぼくの目には平然としているように見えたけど、付き合いが長そうな彼にはわかるのかもしれない。

「そうですね。普段ならもっと食べていました」

 ケントニスさんがうなずく。判断基準はそこなのか。

「カリュプスのこともだが、あの甲冑野郎、強かったな。姫さんが負けるなんて、よっぽどじゃないか」

「剣の腕で言うならば、大きな差はなかったですよ。ただ、相手の動きが少し奇妙だったのが気にかかりましたが。何かを押さえつけているみたいでしたね」

 それはぼくも気になった。なんだったんだろう。

「剣聖が言うなら、見立ては確かだな」

 剣聖って、つまりケントニスさんは無茶苦茶強い剣士ってこと?

「その呼称はやめてください。私はただの魔法使いです」

 どうやら、ケントニスさんもわけありらしい。

 アシオーさんは苦笑して、

「そうだったな。――すると問題は」とぼくに目を向ける。やっぱり、そうなるよね。

「どんな力を秘めてるのか知らないが、聖剣グラムと打ち合うとなると荷が重いか」

「グラムは竜の鱗すら容易く切り裂く聖剣ですからね。ウェリス国どころか、この大陸に存在する伝説の武器の中で、グラムに比類する剣が一体どれだけあるか」

 グラムってそんなにすごい剣だったのか、道理で、ぶつかったときに精神がバラバラになりそうになったわけだ。


「実際、どうするよ。あいつの口ぶりだと、またリティーナの前に姿を現しそうだぜ」

 そういう言い方だとストーカーっぽいな。

 もっとも、執着しているという意味では似たようなものなのかもしれない。あいつ、なんであんなにリティーナにこだわるんだろ。やっぱり勇者候補だからか。

「聖剣グラムもそうですが、彼の鎧も厄介です。魔法の鋼で作られていましたね」

「そこまでわかるのか?」

「ええ、独特な青い光を放っていましたし、エーリス島の影月鉱を鍛えて作った鎧で間違いないでしょう。生半可な武器ではかすり傷一つつけられません」

「王城の宝物庫になんかないのか? ものすごい武具とか、魔導具とかさ」

「いくつかあるにはありますが、姫様が持ち出すとなると……」

「王女でも無理なのか」

「残念ながら。例え陛下がお許しになっても、周りが認めてくれないでしょうね」

 アシオーさんは嘆息すると、ベッドに身体を投げ出した。

「血ってのは厄介だな。姫さんに流れている深緑の民の血はたったの半分なのに、世界は見逃してくれない」

 半分? すると、リティーナは混血なのか。

 

 理由は不明だけど深緑の民というのが被差別民族だということは、これまでのやり取りで大体察している。王族にその血が混じるという意味は、まだよく呑み込めないけど、ものすごく大変なことなんじゃないか。

「あいつ、神託を受けるまでは冒険者や傭兵のまねごとをしてあちこち渡り歩いていたんだろ。ルルディと出会うまでは、一人で」

「そうですね。陛下はあまり良い顔をしていませんでしたが」

 だよね。一国の王女だもの。何かあったら大変だ。普通の王女ならまずありえないと思う。許されていたのは、リティーナが普通の王女じゃないからか。

「民衆にばれないものかね」

「それは情報の専門家であるあなたの方がよくご存じでしょう。混血の王族が生まれたことを知っている者はそれなりにいても、性別、名前になると数はぐんと減る。肝心かなめの顔を知る者に至ってはほんの一握り。今の時代、深緑の民の冒険者は珍しくない。まさか王女その人が冒険者をしているなど、誰が気づきますか?」

 リティーナの存在って、意図的に伏せられているんだろうか。やっぱり深緑の民の血が関係しているのかな。

「――そうだな。にしても、俺たちと旅に出てからこれまで、あいつが今日みたいに露骨に絡まれたことはなかった。けど、俺たちが知らないだけで、あいつが嫌な思いをしたのは一度や二度じゃないんだろうな」

「おそらくは」

 

 アシオーさんとケントニスさん、リティーナと付き合いは長いけど、一緒に旅に出てまだ大して日は経っていないみたいだ。

 神託ってのがきっかけだったのかな。神託といえば神様のお告げなわけで、というともしかしてあの女神様のお言葉なのか。信用できるのだろうか。

「神託を受けたのは同じ。カリュプスは皆の期待を背負い、祝福されて魔王討伐の旅に出た。なのに、リティーナはどうだ。誰も何も期待しちゃいない。歓声もなければ餞別もなし。かろうじてお目付け役のあんたや俺、ルルディの同行が認められただけだ」

 そこでアシオーさんは自分で自分の言葉に熱くなっていることに気づいたのか、一旦口を閉じた。だがやはり我慢できなかったのか、すぐにまた口を開く。

「あいつが神託を受けたって聞いたとき、俺は王族か貴族の誰かが大司教に金を握らせたんだって思ったよ。厄介払いをするためにな。道中、刺客を警戒してたんだぜ? 特に惑いの森なんて、暗殺にもってこいの場所だからな」

 アシオーさんの言う通りなら、積極的にせよ消極的にせよリティーナの死を願っている誰かがいるということか。

 

 王位継承権をめぐるごたごたなんて別に珍しいものじゃないと思うけど。自分の使い手が関わるとなるとやはり胸がざわつく。リティーナは強いけど、心配だ。

「それに関しては杞憂でしたね。神託は本物でした」

「しかし掴まされた剣がこれだぞ。どこまでもついてない姫さんだよな」

 ぼ、ぼくはまだ本気出せてないだけだし。たぶん。

 あっちで、ぼくはぼくなりに本気で生きていたつもりだ。こっちでだって、一生懸命生きようと思っている。どうすればいいかは、わからないけど。

「不運だというのには同意しますが、剣についてはまだわかりませんよ」

「どういう意味だ?」

 アシオーさんがベッドから身を起こす。

「姫様たちが戻ってきたら、詳しく話します」

 ぼくに目を向けて、ケントニスさんは意味ありげに口の端を持ち上げた。

 ケントニスさん、笑ったつもりなんだろうけど、その顔はすごく怖いです。

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