第10話 深緑の民
見れば、おかみさんが腰に手を当てて仁王立ちしている。
「マ、マチルダ。だってよう、このガキ、
今までの強気はどこへやら、男は急に弱気になった。他の三人も同様だ。
「目の色なんて関係ないよ。このお嬢ちゃんはいい子だ。あたしが保証する。それでもあんたは、あたしのお客さんに文句があるっていうのかい。だったら、出ていくのはあんたたちだ」
男たちのケツを蹴ってでも追い出しかねない迫力だ。思わずぼくも震えあがってしまう。
「く……緑目をかばうなんて、後悔しても知らねえぞ」
「あんたらこそ、後悔しないことだ。二度とこの店に立ち入らせないからね」
「は! 言われなくてももう来ねえよ! 緑目のせいで腐った料理と酒なんてまっぴらごめんだからな」
捨て台詞を残し、男たちは足音も荒く店を出て行った。
おかみさんは嘆息すると、リティーナに向き直る。
「嫌な思いをさせて悪かったね。普段は気の良い連中なんだけど。
深緑の民、リティーナの瞳の色と何か関係があるのだろうか。
「いえ、こちらこそ、お騒がせして申し訳ありませんでした」
立ち上がり、リティーナは深々と頭を下げる。
「やめとくれ。お嬢ちゃんはなんにも悪くないよ。悪いのはあたしたち大人さ。前の王様が差別はやめろってお触れを出したってのに、古い人間は守ろうとしやしない」
「仕方のない部分もあると思います。深緑の民がそれだけのことをしたのは事実ですから。彼らの憎悪や、恐怖は、理解できます」
「だけど、それだって元をただせばあたしたちのご先祖の仕打ちが原因だ。それに、ベレーギア国との戦、深緑の民が力を貸してくれなければどうなっていたか」
「おかみさん、あんたの気遣いは嬉しいが、それ以上は口にしない方がいい」
アシオーさんが小声で言う。やけに大きく聞こえたが、その理由はすぐにわかった。いつの間にか、店中が静まり返っていたのだ。
「――あらいやだ。あたしったら、場を白けさせちまったね。みんな、ごめんよ。お詫びにエールを一杯、サービスするからさ」
「ついでにソーセージもつけてくれない?」
すかさずルルディさんが言う。
「いいよ、おまけしちゃおう」
「いいぞ、エルフの姉ちゃん!」と誰かが言って喝采が上がった。
それで張り詰めていた場の空気が緩んだ。愛想よく笑うと、おかみさんは厨房へと引っ込む。
「――やれやれ、血を見るかと思いましたよ」とケントニスさんが細い息を吐き出す。
「ケントニスが一番怒ってたね」
ぼくには違いがわからなかったが、リティーナにはわかったらしい。
「他人事みたいに言わないでください。姫様は、悔しくなかったのですか?」
「悔しいに決まってるし、頭にもきた。ぶん殴ってやりたいくらい」
「だったら、ご身分を明かしてでも」
「明かして、どうするの? 捕まえて、この人たちは王女を侮辱しましたって近くの領主に引き渡す? いちいちそんなことをしてたらキリがないよ。それに、領主はいい顔をしないでしょ。異端の王女が厄介ごとを持ち込んだって嫌がるのに銀貨十枚賭けてもいい」
最後は冗談めかして、リティーナは言った。
「ですが……」
「ありがとうケントニス。でも、わたしは大丈夫。こう見えても、旅で鍛えられたんだよ。図太くなったの」
「私があずかり知らぬところで、姫様は一体どれほどの辛抱を……」
「王城と比べれば大したことないって。それに、悔しいばかりじゃない。学ぶこともできたから」
「学ぶ、ですか?」
「うん。ああいう人たちに怒っても仕方がないの。根深い問題だから。意識ごと変えなければずっとこのまま、何も変わらない」
こちらには当然テレビもないし、新聞みたいなものもないだろう。歴史を系統立てて学べるのは一部の知識階級だけで、農村の村人が『国に起こったこと』を知る方法は限られているのかもしれない。そしてそれが真実とは限らないのだ。
「姫様……」
「だからわたしは魔王を討って本当の勇者になる。そうすれば、風向きはきっと変わる。深緑の民を理解してもらうきっかけにしてみせるから」
ジュースを飲み干して、リティーナは空になったコップの底を見つめる。
まだ、リティーナの事情の全部はわからない。けど、彼女が背負っているものの一端を垣間見た気がした。
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