第9話 深緑の瞳
ぼくは、ケントニスさんとアシオーさんがたくさん食べるのだと思っていた。けど違った。食べるのは、リティーナとルルディさんだった。
彼女たちが手にした料理は、いずれも手品かっていう勢いで消えていく。パンと銀色(メッキっぽい)のフォークに差した肉を両手に持ち、交互にかじって口の中に放り込んでいく。木の匙でお粥をすすりサラダを咀嚼しチーズをかじりスープを飲み干す。乱暴な食べ方だが、不思議と下品ではなかった。卓の上に食べかすを落としていないからかもしれないし、容姿のおかげかもしれない。
一方で男性二人は自分のペースでゆっくりと食事を楽しんでいる。大皿から料理がすごい勢いで消えているけど、いいのかな。なくなっちゃうよ?
「うちの女子はどっちも肉食系だな。見てるこっちが胸やけするぜ」とアシオーさんがエールを飲んでぼやく。
「野菜も好きよ」
ルルディさんが口の中いっぱいに肉をほおばりながら言う。ちゃんと飲み込んでから喋りなさいと言いたい。
「そりゃよかった。何事もバランスが大事だからな。いっぱい食べて大きく育てよ」
意味ありげにアシオーさんは言う。
ちなみに、胸当てでよくわからないけど、ルルディさんの胸はそれなりにあるように見える。
「なにそれ、セクハラ?」
セクハラって言葉、こっちにもあるのか? これも『翻訳』かな。
「深い意味はねえよ。しかしエルフってのは食っても食っても太らないものなのかね。一部の人間に恨まれそうだ」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。体質なんじゃない? まあ、エルフの中でもあたしは食べる方みたいだけどね。父さんにはよく『お前は村中の食料を食い尽くすつもりか』って言われてたし」
「村の連中、お前が出ていって安心してるんじゃないか」
「泣きそうな顔で見送ってたのって、そっちの意味で?」
「かもしれん」とアシオーさんは重々しくうなずいた。
「あはは、どついていい?」
「やめてくれ。お前に殴られたら冗談じゃなく骨が折れる」
「骨折といえば、姫様、傷は大丈夫ですか?」
ケントニスさんが尋ねる。ルルディさんとアシオーさんのやり取りなんてお構いなしで、食べ物を胃に収めることに集中していたリティーナは手を止めて脇腹をさする。
「平気。痛くない。ケントニスの魔法のおかげだね」
「そうですか……。私の治癒魔法程度で痛みが消えたのならよかったです。ただ、念のため後でもう一度傷の程度を確かめさせてください」
「ん、わかった」
そんなやり取りをしているうちに、テーブルの上の料理はきれいになくなった。空になった皿を見つめつつリティーナは、ぽつりと言う。
「ちょっと食べたりないね。追加してもいいかな」
まだ食べるのかよ。きみの胃袋は底なしか。
「よお姉ちゃん、食い終ったんなら、村から出ていってくれねえか」
と、そこへ千鳥足でやって来た者たちがいる。さきほどリティーナをにらんでいた年配の四人組だ。だいぶ酔いが回っているようで、足取りだけじゃなく呂律も怪しい。
「俺たちは正当な料金を払ってここに泊まるんだ。お前らに文句を言われる筋合いはないな」
アシオーさんが涼しげな顔で応じた。
「あんたら全員に出ていけって言ってるんじゃない。そこの
男の一人がリティーナを指さす。緑目という言葉に含まれる明確な悪意、ぼくでもわかる、明らかな侮辱の言葉だった。ルルディが無言で拳を握って立ち上がる。
「ルルディ」
リティーナが静かな声でいさめた。
「だって、リティーナ」
「いいから、座って」
不承不承といった感じでルルディさんは座りなおす。
「わたしが、あなたがたに何か迷惑をかけましたか?」
自身が侮辱されているにも関わらず、リティーナはあくまで穏やかに尋ねた。
「いいや、かけてねえ。が、これからかけるかもしれん。なんせあんたは緑目だからな。その呪われた目に映った作物は腐り、家畜は病気になって死ぬと言われている」
男の言葉を聞いたケントニスさんが呆れたように首を振る。
「そのような古い迷信、いや、妄言を」
ぼくには当然なんのことかわからない。ただ成り行きを見守ることしかできなかった。
「俺たちは昔の人間なんでね、古い迷信だって信じるし、過去に緑目の奴らが何をしたかもよく覚えている。それに、噂では今の魔王だって――」
「いい加減にしろ。こいつは関係ないだろうが」
アシオーさんが男の言葉を遮るようにぼそりと言う。
「だが、緑目だ。それだけで十分忌まわしいんだよ。だから出ていけ」
そうだ、出ていけと周りの三人が同調する。
だめだ。この人たちに理屈は通用しないみたいだ。酔っているっていうのもあるし、元々感情が先行して喋るタイプの人間なんだろう。
向こうの世界のお店で理不尽な怒り方をしていた年配のクレーマーの姿がダブる。正しいのは自分で、それ以外は全部間違っている。傍から見れば訳の分からない屁理屈で怒鳴り散らす。店員が自分と同じ人間だとは思っていない接し方だった。
「あなたたちは、このお方が誰かご存じないようですが――」
「知らねえよ。貴族の妾の子かなんかか? まあ、何だって変わらねえ。少しでも血が混じっていて緑目なら畜生以下の存在だ」
ぷつんと、勝忍袋の緒が切れる音を聞いた気がした。ケントニスさんとアシオーさんの顔から一切の表情が消える。怒っているのはぼくもだ。これ以上ぼくの持ち主を侮辱するのは許せない。
リティーナは黙ってテーブルを見つめているだけだった。いっそぼくを抜いてこいつらを斬ってくれてもいいのにと思う。リティーナがそうしても、ぼくの良心はきっと痛まない。
「おい、なんとか言ったらどうだ。緑目の嬢ちゃんよ。俺たちに魔物をけしかけてもいいんだぜ。できるんだろ?」
「リティーナ、ごめん。やっぱりこいつらぶっ飛ばすわ」
ルルディさんが拳を握って立ち上がった時だった。
「あんたら、何してんだい!」
店中に怒声が響き渡った。
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