第7話 彼女とぼくの決意
「姫様、大丈夫ですか? 今、癒しますから」
ケントニスさんはリティーナの脇腹に杖をかざし、何やら呪文を唱える。神様へのお祈りみたいだ。杖にぼうっと光が灯り、光はリティーナのお腹を包み込んだ。回復魔法なのだろうか。光はすぐに消えた。
「ありがとう、楽になった」
押さえていた脇腹から手を離し、リティーナは気丈にも微笑んで見せる。痛々しい笑顔だった。見ているこっちの胸が痛くなる。
「ホントか? ひでえ顔色だぞ」
「そう? お腹が減ってるからかもね」
見え見えの強がりに、アシオーさんは呆れたように嘆息した。
「お前な、あんま無理すんなよ。兄貴のことも、辛いだろ」
リティーナがこれまでにどれほどの修羅場をくぐってきたのかは知らない。だが、敗北と、突然もたらされたお兄さんの死の知らせが、顔立ちにまだ幼さの残る少女に大きな衝撃を与えたことは容易に想像できた。
「覚悟はしてたから。アシオーこそ、辛いでしょう」
「俺だって、覚悟はしてたさ」
「アシオーは、リティーナのお兄さんの知り合いだったの?」
ルルディさんの問いに、アシオーさんは首肯した。
「まあ、腐れ縁だな。本当は俺もあいつについていきたかったんだが……」
場に沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは、ルルディさんだった。
「――まだ、亡くなったって決まったわけじゃないよ」
鼓舞するように言って、ルルディさんは拳を握る。
「あの甲冑野郎が勝手に言ってるだけじゃない。もしかしたら、剣だけ取られてお兄さんは捕まっているのかも。そしたら、助けに行けばいいよね」
「魔王軍は捕虜を取らない。逆らったヤツは皆殺しだ。知ってるだろ?」
「……知ってるよ。知ってるけどさ!」
ルルディさんがうつむく。優しい子なんだな。
「ルルディ、ありがとう。わたしは大丈夫だよ」
「リティーナ……」
リティーナはふらつきながら立ち上がる。柄を握りっぱなしだったぼくを地面に突き刺す。
それから肩に下げていた剣帯を取ると、括り付けられていた剣を鞘ごと外した。リティーナがぼくと出会った時から持っていた剣だ。
鞘を払う。枝葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日を反射し、白い刀身が輝いた。明らかに今のぼくより立派な剣だった。リティーナはぼくが刺さっていた大岩に目を向ける。
もしかして、ぼくはお役御免なのかな。大岩にぼくを戻して、今まで使っていた剣をこれからも使っていくと決めたのかもしれない。
だとしても、文句は言えない。ぼくは何の力にもなれなかったのだから。
ゴブリンやオーク相手には通用しても、本物の聖剣には及ばなかった。
ごめん、リティーナ。ぼくはきみを失望させてしまったね。
自分の無力さが情けなかった。誰かのために何かをしたいのに、力が足りない。それが悔しい。悔しくて、腹が立つ。自分のことでこんなに怒るなんて初めてだった。
どうするつもりなのかと皆が見守る中、リティーナは手にした剣を大岩に突き刺した。それから剣が収まっていた鞘を立てかける。
ぼくのところまで戻って来たリティーナは、ぼくを引き抜くと腰の鞘を外し納刀した後、慣れた動作で剣帯に括り付けた。
「これでよし」
晴れやかに笑うと、リティーナは剣帯を肩にかける。どういうことなのか、最初はわからなかった。ゆっくりと、理解が追いついてきた。
リティーナ、きみは、ぼくを連れて行ってくれるの?
「姫様、よろしいのですか? あれはドワーフが鍛えた業物ですぞ」
「いいよ。もしかしたら、次にここに来た人が使ってくれるかもしれないし」
「私が申し上げたいのはそういうことではなく」
リティーナはわかっているという風に手を挙げる。
「青騎士は強い。今のままじゃたぶん勝てない。そして、青騎士に勝てなきゃ魔王にも勝てない。だから」
リティーナは背中からぼくを引き抜く。
「わたしはこの子ともっと強くなるって決めた」
リティーナ――。ぼくは胸がいっぱいになった。彼女の想いに応えたいと、そう思った。
「――わかりました。ならば、私は姫様の判断を尊重します」
「ありがとうケントニス。心配をかけてごめんなさい」
「いいのですよ。昔からそうですから」
「だったね」
「あの剣を買った時だってそうです。危うく偽物を掴ませられる所でしたね。私が気づいたからよかったものの……。やっぱり、もったいないから私が持っていきましょうか?」
「ちょっとやめて、台無しよ」
「冗談です」
「もう。あなたの冗談はわかりにくいよ」
リティーナが笑う。つられるようにみんなが笑顔になった。
ぼくに何ができるか、今はまだわからない。わからないけど、リティーナの力になれるのならば、この身が砕け散ったって構わないと思う。最後の最後まで彼女と一緒に戦おう。
これは誓いだ。ぼくは、リティーナにこの身を捧げる。
魔王を倒す、勇者に。
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