第6話 聖剣グラム

「そんな、まさか……」

 リティーナの顔が青ざめるが、それは恐怖によるものには見えなかった。ひどく驚いているようだ。

「聖剣グラム。いい剣だ」と青騎士が言った。


 聖剣グラムならぼくも知っている。ドイツと北欧の伝説に出てくる剣だ。重さの単位みたいな名前だけど、凄い伝説がある。

 北欧神話の神、オーディンが木の幹に突き刺し、それを抜いたシグムントは王になった。もっともその後、オーディンに剣を砕かれて殺されてしまうのだけど――。

 シグムント亡き後、彼の息子、シグルドは鍛えなおされたグラムで竜殺しを成し遂げ、英雄となった。

 有名な伝説だ。

 絶対ではないけど、こちらに同じ伝説があるとは考えにくい。おそらくぼくが知っている剣の名前に『翻訳』されたのではないかと思う。ならばつまり、青騎士が持つ剣は、ぼくの知っている聖剣グラムと同等か、それ以上の力を持つ聖剣だということだ。


「……なぜ、あなたがグラムを?」

 尋ねたのはケントニスさんだった。顔色はわからないけど、リティーナ同様驚愕しているようだ。

「知れたことだ。前の持ち主がこいつを振るえなくなったからよ」

 リティーナが強く唇を噛む。顔色は青を通り越して真っ白だ。相手に怯えているわけじゃなさそうだけど、どうしたんだろう。

「勇者カリュプスは無謀にもひとりで魔王に挑み、惨めに破れた」

「兄上が、負けた……」

 兄? しかも勇者? リティーナのお兄さんって、勇者だったのか。でも、魔王に破れたってことは――。

「いつまでも帰らぬ『元』勇者、新たな神託。貴様たちとて気づいていただろうに。カリュプスは間違いなく死んだよ。八つ裂きにされたのを私がこの目で見た」

「――それで、あなたは兄上の剣を奪ったの? ウェリスに伝わる聖剣を」

 リティーナがぼくを正眼に構える。手が震えていた。

「これは魔王から下されただけだ。由緒や伝説など知ったことではない。前の持ち主のこともな」

「だったら、返して」

 リティーナは強く柄を握る。さっきと比べて力が入りすぎている。頭に血が上っているのかもしれない。落ち着いてと呼びかけたくても、声が出ない我が身がもどかしい。


「欲しければ、剣で奪うがいい」

「言われなくても!」

 青騎士目がけて跳びかかったリティーナは、上段に振り上げたぼくをすさまじい勢いで振り下ろす。しかし、今まで確実に魔物を屠ってきたリティーナの必殺の一撃は、グラムによって容易く受け止められた。瞬間、ぼくの身体に痺れるような衝撃が走った。

 なんだこれ、痛い、のか? ゴブリンやオークを斬った時はなんともなかったのに。

 リティーナはぼくを引き戻すと、今度は別な角度から斬りつける。結果は同じだった。

「……っ!」

 何度も何度もリティーナは斬りかかる。しかし、どれも青騎士の身体には届かなかった。


「リティーナ!」

 ルルディさんが飛び出しかけた。背後を見もせずにリティーナは言う。

「手出しは無用よ。ケントニスとアシオーも」

 それでみんなの動きが止まった。リティーナを信じることにしたみたいだ。

 青騎士は何も言わず、反撃もしない。ただリティーナの斬撃を捌くだけだ。青騎士の動きはどこか機械じみていて、自分の身体を無理矢理動かしているような違和感がある。それでも正確にリティーナの斬撃を捌いているのだから、技量があるのは間違いない。

 

 グラムにぶつかるたびに、ぼくの身体に衝撃が走る。グラムが持つ魔力の影響なのか、痛みなど感じないはずなのに全身が千切れ飛ぶような感覚があった。

 これは精神の痛みなのだろうか。ならば痛んでいるのはつまりぼくの心か。強く意識を持たないと、吹き飛ばされそうだ。

 リティーナが右からぼくを振り下ろす。そこで予想外のことが起きた。青騎士が、ぎこちなくグラムを下ろしたのだ。リティーナの驚愕が伝わってくるが、今更斬撃は止められなかった。

 振り下ろされたぼくの刃は、鎧ごと青騎士を斬るはずだった。

 だけどぼくとリティーナは、青騎士を斬ることができなかった。刃は、青騎士の小手で弾かれていた。反動で浮いた刃を、青騎士がつかみ取る。

「貴様には、剣の悲鳴が聞こえないのか?」

「……え?」

 青騎士の問いに、リティーナは虚を突かれた表情になる。まさかこいつ、ぼくの声が聞こえたのか? いや、そんなはずはない。リティーナにだって聞こえてないのに。


「腕は悪くない。だが、己が使う武器にもっと気を配るべきだな」

 刃を離した青騎士がリティーナの胴体に回し蹴りを見舞う。防ぐ暇なんてない。直撃だった。木端みたいに吹き飛んだリティーナは木の幹に背中から激突した。

「ぐ……がは」

 内臓を痛めたのか、苦しそうに血を吐き出し、脇腹を押さえたリティーナは膝を着く。あいつ、女の子になんてひどいことを。……いや、ここは命のやり取りをする戦場なのだから、男も女もないのか。

「姫様!」

 ケントニスさんがリティーナに駆け寄る。二人を守るように、アシオーさんとルルディさんが青騎士の前に立ちはだかった。

 青騎士は納刀すると二人の方を一瞥すらせずに、黒い馬に騎乗する。

「ここで斬るつもりだったが、気が変わった。つまらぬ剣を振るう貴様を斬っても面白くないからな。次に会う時までに鍛えなおしておけ。剣も、貴様も」

 そう言い残した青騎士は木々の隙間に消えるように溶け込んでいき、やがて見えなくなった。

 

 つまらぬ剣――。そうか、ぼくは、つまらない剣か。ぐうの音も出ない。ぼくが本当にすごい剣だというのなら、青騎士を斬ることができたはずだ。でも、できなかった。リティーナの技量の問題ではない。彼女は素晴らしい使い手だ。問題は、ぼくにある。

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