第5話 魔物退治
緑色の皮膚に、人間の子供くらいの体躯、手にはさびた剣や斧を持っている。顔は、なんていうかガマガエルを無理して人間に近づけてみましたっていう感じ。数は軽く見積もっても十体以上いる。
ぼくはピンと来た。この魔物は――。
「ゴブリンを従えて、お山の大将気取り? 未来の魔王軍幹部が聞いてあきれるわね。せめて竜くらい連れてきなさいよ」
ルルディさんに答えを言われてしまった。にしても、露骨な挑発だ。相手がブチ切れたらどうするのさ。見た目だけならきみより強そうだよ。
「近くにいない竜は無理だな。こいつらで我慢してもらおう」
石が再び光る。続いて茂みからぞろぞろと現れたのは、ゴブリンのゆうに三倍以上はありそうな魔物だった。土気色の肌に、ヘビー級のボクサーに左右均等に殴られたみたいな膨れ顔は凶暴さがにじみ出ている。こっちもファンタジーでは御馴染みの魔物だ。
オーク。かの『指輪物語』で敵役だった有名な種族だ。
「――『魔王の威光』。話には聞いていましたが、周囲の魔物を集めて操れるというのは本当のようですね。これは厄介だ」
ケントニスさんがうめいた。魔王の威光って、青騎士が持ってる杖のことかな。魔物を集めて操るって、反則級じゃないか。そんな道具を持ってるなんて、ぼくよりあっちのが転生者っぽいぞ。
「いくら来ようが全部倒しちゃえば関係ないじゃない」
ルルディさんが頭上で斧を振り回す。脳筋発想だけど、嫌いじゃないよ。
「先陣、わたしが切るよ!」
言うなり、リティーナが飛び出した。え、うそ、何この速さ。いつの間にかゴブリンが眼前にいて、首が勢いよく飛んでいく。
少し遅れて、リティーナがぼくでゴブリンの首を刎ねたのだと気づいた。
自分のことなのに、いつ振られたのか認識できなかった。リティーナは舞うように向きを変えると、別のゴブリンの首を刎ね飛ばす。と思った次の瞬間にはオークの胴体を袈裟懸けに斬り裂いていた。あまりの速さに目が回りそうだ。三半規管がなくてよかったと思う。
「ケントニス、どう見る?」
アシオーさんが短剣を油断なく構えながら言う。
「ゴブリンやオークは敵ではないでしょう。ですが――」
二人が警戒しているのは言うまでもない、青騎士だ。手下が次々と屠られているというのに、あいつは何の反応も見せない。
「あたしも行くよ!」
ルルディさんが少し離れた魔物の群れに突っ込んでいく、
リティーナに負けず劣らず、彼女も強い。相対した魔物はぶった切られて血の海に沈む。戦斧を振り回し、
「囲め! すりつぶせ!」
青騎士の号令で、ゴブリンとオークが次々茂みから現れてリティーナを十重二十重に囲む。しかし、数の優位なんて何の役にも立たなかった。
ルルディさんも強いが、リティーナの強さは桁外れだった。全方位、ゴブリンとオークがやたらめったらに突き出す剣や槍は、ただの一度も彼女に届かない。リティーナに武器を向けたものは、みな例外なく瞬時に斬り捨てられる。背中だろうが正面だろうが方向など関係なく、彼女の間合いに入ることはすなわち死を意味していた。
ケントニスさんがリティーナを獣のようと評したわけがよくわかった。この子の戦いっぷりは尋常じゃない。戦闘に関してまるでド素人なぼくの目にも明らかだった。
テレビでトップアスリートの動きを見た時の感覚に近いが、リティーナがしているのはスポーツではなく命の奪い合いだ。しかも、ぼくを使って。
ぼくは紛れもなく戦場にいた。当事者だった。
怖いと思わないのは、ぼくが剣だからだろうか。
リティーナは、怖くはないのだろうか。
いくら強いといったって、彼女はぼくと同じくらいの歳の女の子なのだ。
そんな女の子が剣を持って命がけで戦っている。恐怖を感じていようがいまいが、それは悲劇ではないのか。それともこちらでは、さして珍しいことではないのだろうか。
ここにきてリティーナの強さに怖気づいたのか、魔物たちが浮足立ってくる。及び腰で、今にも逃げ出しそうだ。
「戦意のないものを斬りはしない。戦いたくないのならば、下がれ!」
リティーナが凛とした声を響かせた。ゴブリンとオークの何体かが、びくりとして武器を取り落す。つられたのか、他の魔物たちもじりじりと後退していく。
「ここまでか。いいだろう。あとは私がやる」
青騎士が魔王の威光を引っ込めた。途端、悲鳴じみた奇声を上げて魔物たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。どうにか第一陣は切り抜けたみたいだ。リティーナは息一つ乱していないけど、ぼくはもう気分的にへとへとだった。辺りは血の海で、もしぼくに鼻があったら血の匂いに酔って吐いていたと思う。返り血を浴びたリティーナとルルディさんが平然としているのが信じられない。
「有象無象では相手にならんようだな」
「わたしたちの力が知りたいのなら、最初からあなたが戦えばいいでしょう。そうすれば、魔物だって無駄に命を散らすこともなかった」
深緑の目に怒りの火を灯し、リティーナは言った。
「魔物の命を惜しむのか? 魔物殺しが生業の勇者候補にしてはぬるいな」
「ぬるくて結構。必要ならば戦うし、魔物だって斬る。でも、わたしは好き好んで命を奪う殺戮者にはならない」
「そんな覚悟で勇者になれるとでも?」
「なってみせる」
青騎士を正面から見据え、リティーナは言い切った。手の中にいるぼくにまで気持ちが伝わってくる。彼女は、本気なんだ。本気で勇者になりたいんだ。
「ならば、念のため芽の内に刈り取っておくか」
馬から降りた青騎士が腰から剣を抜く。瞬間、辺りの空気が一変した。煌びやかな輝きを放つ剣には、途轍もない存在感があった。
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