第4話 青騎士
「リティーナはどう思うの?」
ルルディさんが尋ねる。リティーナはぼくから目を離さず、
「――名前」と呟いた。
「うん?」
「名前、決まらないや。当分保留ってことでいいかな」
そこかよ。ぼくの名前なんてきみにはどうでもいいと思うんだけど。それより重要なのは斬れ味とか、秘めた力があるかないかとか、つまりは戦闘に役立つかどうかだろうに。
「あんた、今までの話聞いてた?」
「聞いてたよ」
リティーナが鞘を払う。刀身が露わになる。
「わたしはこの剣、いいと思う」
声が出せるなら、ぼくは訊いていただろう。どうして、と? どうしてきみはぼくを使いもせずにそう言えるんだ? 何の力もない、役立たずかもしれないのに。
「根拠はあるの?」
「あるよ。だってこの剣、わたしのために女神様が用意してくれたんでしょ。だったら、わたしにとってこれ以上の剣はないよ」
きみのために用意したっていうのは間違いじゃないんだろうけど、あの女神様、やっつけ仕事っぽかったよ?
「他ならぬ勇者様が言うなら、そうかもな」
アシオーさんがからかうように言う。リティーナはどういうつもりか、自分の目を指さす。
「わたしはまだ勇者と呼ばれるに値しない。今はただの王族の鼻つまみ者」
「姫様、そんな……」
「卑下じゃないし、自嘲でもないよ。わたしは神託で選ばれただけだもの。本当に勇者だっていうなら、証明しなくちゃいけない。この剣と一緒に」
リティーナは強い意志のこもった深緑色の眼でぼくを見つめる。
一緒、か。
神託で勇者に選ばれたリティーナって、一体どういう子なんだろう。
ぼくが知る物語の勇者たちは人々の希望の象徴で、どんな困難にだって打ち勝つ英雄だ。一方で神様と人間の混血とか、生まれ故郷が魔王に滅ぼされたりとか複雑な事情を抱えていたり、常人だったら到底耐えきれないような試練を背負っていたりする。
リティーナも、そうなんだろうか。
王族の鼻つまみ者と彼女は口にした。やんごとなき血筋なのは間違いないとしても、花よ蝶よとちやほやされるお姫様ってわけじゃなさそうだ。
「あたしにとって、リティーナはもう勇者みたいなものだけどね」
と言ったのはルルディさんだった。
「リティーナが戦ってくれなければ、あたしの村はオークどもに蹂躙されてた。あの時、リティーナが偶然いてくれたからあたしたちは助かったの。勇者の条件っていうのが何なのか、あたしにはわからない。でも、あたしたちを助けてくれたリティーナは、紛れもなく勇者だと思う。リティーナには感謝してる。退屈な村を出るきっかけもくれたしね」
「ルルディ……」
ルルディさんとリティーナは見つめ合う。ルルディさんは照れたように微笑んだ。
「だから、あたしは何があってもリティーナを信じるよ。リティーナがいいって言うんだから、その剣だっていいものなんでしょ」
だといいんだけどね。
信頼には応えたい。
女神様は、勇者が使う剣とは言った。けど、特別な力を持った剣だとは言っていない。つまり、ぼくは元人間の意識が宿っているだけの剣っていう可能性もある。だとしたら、ぼくは何のために――
いや、いけない。もっと前向きにいこう。戦闘になったらとんでもない能力を持っていることが判明しちゃうかもしれないからね。体力満タンならビームが出せるとか。
そうだよ、早く戦闘にならないかな。華麗な初陣を飾ってみせるから。
以前のぼくなら戦いなんてとんでもないと思っていただろう。平和主義っていうか、臆病だった。殴り合いなんてもってのほか、口喧嘩すら避けていた。それが戦闘を望むなんて、剣的思考になったのかもしれない。といっても武器だからね。戦いに使われてなんぼだ。
そして、ぼくが望んだからってわけじゃないだろうけど、戦闘の機会は案外早く訪れた。
「貴様たちが勇者候補の一行か」
偉そうな声と共に茂みから姿を現したのは、青い甲冑に身を包んだ騎士だった。目から青い炎を噴き出す不気味な黒い馬に騎乗している。
ぼくでもわかる、圧倒的強敵感だ。
序盤に出てきていい相手じゃない。といってもリティーナたちにとっては序盤じゃないのか? ぼくにしてみれば転生したてなのに最初からクライマックスって感じなんだけど。
真っ先に反応したのはリティーナだった。鞘を腰のベルトにねじ込むとぼくを構え、青騎士――青い鎧を着た騎士だから呼称はこれでいいだろう――に相対する。
「そういうあなたは魔王軍の
「いいや、私も『候補』だ」
青騎士の顔は兜で隠れていて見えないが、こういう登場の仕方をする奴は美形と相場が決まっている。でもって悪事を働いてもなんか許されるような雰囲気になるのだ。ぼくのいた世界でもそういうことが何度もあった。顔面格差社会って残酷だよね。
「あたしたちを倒して出世狙いっていうならご愁傷さまね。あんたの命運はここで尽きるのよ」
ルルディさんが微妙に悪役っぽいセリフを言って斧を腰だめに構える。ケントニスさんは杖、アシオーさんは短剣を構えた。それぞれビシッと決まっていて、荒事に慣れていることがわかる。
「どうかな。まずはお手並み拝見といこうか」
青騎士は肩にかけていた袋から何やら取り出す。先端に緑色の石がついた、小型の杖だ。石が妖しく光る。と、輝きに呼応するように、茂みをかき分け何者かが姿を現した。
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