第3話 名前がない!
改めて視線を動かして自分の身体を見回してみる。アシオーさんは安物っぽいって言ったけど、実際、すごい剣っていう気配はない。見た目は何の変哲もない両刃の長剣だ。刀身は90㎝くらいかな。いかにも旅立ちの街とかで売っていそうだ。
「よく来ましたね。運命の勇者たちよ」
と、前触れもなく声が響いた。
声はぼくが刺さっていた岩の後ろ、大樹から聞こえている。見ればいつ出現したのか、大樹の前に、木に手足を生やしたような女性っぽい姿の何かが浮かんでいた。
「うわなに、魔物? 切り倒そうか? それとも燃やす?」
とっさにルルディさんが斧を構える。物騒だなこの子。
「よしなさいルルディ! どう見ても木の精、ドリアードでしょう。エルフなのに知らないのですか」
ケントニスさんにいさめられ、ルルディさんは慌てて斧を背後に隠した。
「う、うん。ドリアードね。知ってるわ、もちろん。うちの村の畑にもいて、鳥を追い払ってくれてたもの」
いやきみ、絶対知らなかっただろ。畑のはたぶんカカシだ。
それはそうと、ドリアードさん、今までぼくに対して無反応だったのが寂しい。ぼくの声って誰にも届かないんだろうか。
「話を続けてもよろしいですか」
「あ、はい、どうぞ」
「では改めまして。――よくぞ来ましたね。運命の勇者たちよ」
「そこからやり直すんだ」
「長くなりそうだな」
「お腹空いたかも」
「いいから、静かに話を聞きましょう」
ドリアードさんが咳払いをして、皆はようやく黙った。緊張感ないな。ドリアードさんかわいそう。
「私はこの大樹に宿るドリアードです。女神ルクス・ソリスの命を受け、あなたがたを待っていました」
ドリアードさんが手をかざすと、後ろの大樹から何かがせり出してきた。
「剣を抜いた者に、これを渡すように、と」
不思議な光を放つそれは、剣の鞘だった。
ふよふよと飛んできた鞘は、リティーナの眼前で停止する。
リティーナは鞘をしげしげと眺めた後、手に取ってぼくを中に納めた。
革製で、あつらえたようにぴったりだ。隅っことか狭いところって落ち着くよね。鞘の中にいるとなんか安心する。魔法の力なのか、鞘に入っていても周囲は問題なく見える。
「ありがとうございます。ところで、名前はなんていうんですか?」とリティーナが尋ねた。
「名前、ですか」
「はい。この剣の名前です」
うん。名前は大切だ。武器界隈では知らないものはいないであろう有名な剣、たとえばアーサー王が使っていた、名前を口にするのも恐れ多いあの大先輩みたいに格好いいのがいいな。シンプルにつらぬき丸やかみつき丸――オルクリストもいい。
「……えと、そうですね」
ドリアードさんは考え込んでしまった。女神様、ひょっとしてぼくの名前を決めてなかったのか。
「選ばれし勇者よ。剣の名は、あなたと共にあります」
「それは、どういう?」
「あなたが好きなようにつけてください」
おっと、まさかの丸投げだ。
「おいおい、それでいいのかよ。由緒ある剣なんだろ?」とアシオーさんが突っ込む。
「ありませんよ、由緒なんて。ここに落ちてきたのは大体一週間前ですから」
うわ、言っちゃったよ。雰囲気も何もあったもんじゃない。
「ってことは、あの垂直に落ちてきた流れ星がこの剣だったってことか?」
たぶんアシオーさんの言う通りだ。その流れ星はぼくだろう。
「え、でも、いかにもって感じに岩に刺さっていたし、逸話の一つや二つ、あるんじゃない? 空のもっと上、こことは異なる世界から降ってきたとか」とルルディさんが言う。脳筋っぽいけどいいところ突いてる。
「さあ? 少なくとも私は知りませんね。私はただ、その剣が降ってくる更に数日前に女神の使いに鞘を託されただけですので」
したくもない残業を押し付けられた会社員みたいな顔でドリアードさんは言った。ぼくの扱いって一体……。
「それじゃあ、私はもう樹の中に帰りますね。質問等の受け付けは終了ってことで。武勇を祈っていますよ。ルクス・ソリスの加護があらんことを」
おざなりに言うなり、ドリアードさんは本当に消えてしまった。やる気の欠片も感じられない。もっとこう、場を盛り上げる演出とかしてくれないのですか。
「――だってよ。その剣、本当に信用していいもんかね。魔力とかどうなんだケントニス。あんたそういうの専門だろ」とアシオーさんが言った。
「まだまだ駆け出しですけどね」
ケントニスさんは杖をぼくに近づけ何やらもごもごと唱える。呪文っぽいが、入れ歯が外れかけたおじいちゃんみたいと思うのは失礼だろうか。
「かすかに魔力の反応があるみたいですが、今のところ、強い力は感じませんね。神託によれば、魔王に通用する武器ということですが」
魔王――そりゃあ勇者がいるんだから、魔王もいるよね。魔王といったら、世界を滅ぼそうとしたり、魔族の王国を作ろうとしたり、つまりは悪いヤツだ。人間側から見てという前提で。
音楽の時間の時に聴いた楽曲も不気味だったし、悪者というイメージは強い。
ぼくは魔王討伐のために造られた剣なのかな。だとしても、自信ないよ。こっちに来てからの扱いを考えると、ぼくは自分が特別な剣だとはどうしても信じられない。
転生前の期待なんて、吸引力の変わらないただ一つの掃除機で吸われた埃みたいにきれいさっぱり消え去っていた。身体は剣でも心は
平凡なぼくは剣に転生しても平凡なのかもしれない。
肝心なのは努力と才能。人生そんなに甘くないらしい。
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