第5話:俺は違うけど

「おっ、小桜さんと菊ちゃんだ。おはよう」


 数日後のある日の朝、登校していると、小桜さんと菊ちゃんを見つけた。二人と一緒に居たのは小桜さんと同じくらいの身長の茶髪がかったロングヘアの女子。彼女は俺を見てぽかんとしていたが、俺は彼女に見覚えがあった。体育の時一緒だった。名前は知らないが、隣のクラスの女子だ。


「俺のこと知らない?」


「えっ……と……あっ! 森くんか! 制服姿初めて見たからびっくりした!」


彼女は本当に驚いただけのようで「スカートめちゃくちゃ似合ってんじゃん! 可愛い! 足綺麗すぎん!? ほっそ!」と、俺のことを褒めちぎった。部活の先輩達と同じ反応にホッとする。


「菊ちゃんと同じ反応してる」


菊ちゃんと、日向ひゅうが夏美なつみと名乗った三組の女子はどうやら幼馴染らしい。ちなみに茶髪は地毛なのだとか。


「なんか、すげぇな。ギャップ。……あ、でもちょっとちるに似てるかも」


「ちる?」


「演劇部の月島満ちゃん。私と同じ一組の子」


「んー……分からんな」


「次の駅で合流するよ」


 電車が停車する。扉が開くと長身のイケメン二人と俺とそう変わらないくらいの身長の一人の女子が電車に乗り込んでくる。なんかこういうトリオのお笑い芸人居たなと思っていると、日向さんが「イケメンに挟まれるあの女子がちるだよ」と教えてくれた。美少女だ。彼女に似てると言われるのはなんだか少し嬉しい気もするが、日向さんはギャップがあるところが似ていると言っていた。意外と中身は男っぽいのだろうか。そうは見えないが。


「あれー? なんか一人増えてる」


「部活の友達よ。四組の森雨音くん」


「うっす」


鈴木すずき海菜うみなです。こっちは月島つきしまみちるちゃんと星野ほしののぞむくん」


 それぞれ自己紹介をする。鈴木海菜という名前には聞き覚えがあった。学年代表で挨拶をしていた生徒だ。女子達が「カッコいい」とざわついていた。


「ん? なに?」


「いや、近くで見るとめちゃくちゃイケメンだな。あんた」


 一瞬目を丸くしたが、はくすくすと上品に笑う。


「ふふ。ありがとう。よく言われる」


 笑い方や声はどことなく女性っぽい雰囲気があるが、いわゆるオネエ系というわけではなく、物腰の柔らかいお兄さんという感じだ。独特の雰囲気を持つ人だなと思った。


「だろうな。言われ慣れてそう。そっちの二人も。三人ともモテるでしょ」


「「まぁね」」


「いや、俺は二人ほどは…」


 鈴木と月島さんは謙遜しなかったが、星野は首を振った。しかし、謙遜しているように見えてモテること自体は否定しないようだ。


「ははっ! 自覚あんのかよ。良いね。俺、あんたらのこと好きだわ。めんどくさくなさそうで」


褒められたら謙遜するのが美徳みたいな雰囲気はあるが、俺はあれが苦手だ。社交辞令だと思ってほしくはない。


「うみちゃんは意外とめんどくせぇけどな」


 月島さんの言葉に星野が頷く。月島さんは見た目は可愛いが、口調は割と荒いようだ。日向さんが俺に似ていると言ったのはこういうところなのだろうか。


「あんたら三人は幼馴染ってやつ?」


「そう。保育園から一緒」


「通りで仲良いわけだ」


「ちなみに、ここも幼馴染です」


 はるちゃんが自分と夏美ちゃんを交互に指差す。「小桜さんは?」と私を見て首を傾げた。


「私はみんなとは高校で知り合ったの」


「ふぅん。菊ちゃんと仲良いから中学一緒かと思ったらそうでもないのか」


「えぇ。私の中学からは私一人」


「俺んところは二人。俺と、あと二組の福田ふくだ祐介ゆうすけ


「あぁ、福ちゃんか」


「星野くん仲良いよね」


「ふぅん…ところであんたらさ、俺の服装についてはなんも言わないんだな」


「学校の規則で認められてるし、何か言う必要ある? 私だって女子だけど好んでズボン穿いてるし」


「……女子?」


 きょとんとする俺に「初対面の人はみんなそういう顔する」と鈴木はおかしそうに笑う。男だと思っていたが誤解だったことに気づき謝ると、いつものことだよと彼女は明るく笑った。「でけぇんだよお前」と月島さんに肘で突かれてもヘラヘラしているところを見る限り、どうやら本当に気にしていないらしく、ホッとする。


「けど、いつも思うけど、声で気づかないのかなぁ。私の声、結構女性寄りだと思うんだけど」


「いや……あんたは微妙なラインだろ」


「そう? 森くんは顔に似合わず渋い声してるよね」


「あぁ……けど割と気に入ってる。このギャップも俺の魅力の一つだからな」


 俺がそういうと星野の鈴木は月島さんの方を見た。


「んだよ」


「……ふふ。そうだね。あぁ、私が女だからって女扱いはしなくていいからね。そういうの苦手だから」


「あぁ。ちなみに俺もスカートを好んで穿くけど、別に女になりたいわけじゃないし、男が好きって訳でもないんだ。よく勘違いされるけど」


「うん。分かるよ。私も男性になりたくてズボンを穿いてるわけじゃない。自分を男性だと思ってる訳でもない。恋愛対象は女性だけどね」


「そうだよなぁ……ん?」


「どうかした?」と、鈴木はニコニコしながら俺と一緒になって首を傾げる。今、聞き間違いじゃなければサラッとカミングアウトされた気がする。


「……いや、えっ? 今すげぇサラッとカミングアウトしたな」


「ふふ。言わないと当たり前のように異性愛者にされちゃうから。それが嫌なんだ」


そういう彼女は笑顔だが、その笑顔の裏には黒い感情が隠れているようにも見えた。

俺も言わないと同性愛者にされがちだから彼女の気持ちは分かる。恋愛対象なんて見た目じゃ分からないのに。しかし、俺も彼女のことを当たり前のように異性愛者だと思っていた。そのことは反省しなければ。


「そもそも恋愛することが当たり前の世の中だけど、恋愛をしない人だっているからね」


「恋愛しない人と言えばさ、そういや、意外と良い人だったよ。柚樹ゆずきさん」


「柚樹さん?」


聞いたことあるような無いような。


「クロッカスのギターの人」


「クロッカス…あぁ、天宮あまみや先輩のとこの」


「きららさんのことは知ってるん?」


「中学時代の部活の先輩。つっても、基本は男女別だったから直接関わることはたまにしかなかったけど」


たまにしかなかったとはいえ、天宮先輩は割と俺に絡んでくる人だった。あのテンションの高さやギャルっぽいところは姉にちょっと似ていると思う。日向さんもだけど。


「何部?」


「合唱」


「えっ、合唱って男女混合じゃないん?」


「うちの学校、男子合唱部があったんだよ。女バス男バスみたいな感じで、独立してたの」


「森くんって、もしかして柊木ひいらぎ中?」


「そう。まぁ、男子合唱部がある中学ってこの辺だとあそこくらいだもんな」


「私も合唱やってたの。桜山中で」


「おぉ。そこそこ強豪じゃん」


 桜山中学の合唱部は全国コンクールにいけるほどの強豪だ。対して、俺が通っていま柊木中はインパクトが強いだけの弱小校。顧問は『金賞より』が口癖の少し癖の強い人だった。


「私、柊木中の合唱部のファンだったの」


「ファンって。全国行くような強豪の人から言われるとちょっと恐れ多いわ。まぁ、ありがとう」


小桜さんの気持ちは分かる。俺も評価されるお堅い音楽は苦手だから。


「けど、俺も桜山の合唱好きだったよ。毎回毎回レベル高ぇなって思ってた。特に伴奏。俺もピアノやってるから分かるけどさ、ピアノだけでもコンクールで賞取れるレベルだと思う。特に去年のコンクールのピアノはヤバかった。課題曲だけでも難易度高かったのに続けて自由曲も弾いてて……一人で二曲とか、よく練習時間足りるよなぁ……きっと裏ですげぇ努力してたんだろうなぁ……」


「……そうね。ミスする度に文句言われながらも必死に頑張ってたわ」


「あぁ……コンクールの前って緊張感高まるから空気悪くなりがちだよなぁ……俺もよく部員と喧嘩したわ。部長だったから真面目にやらんやつを叱らんわけにはいかんからさぁ」


「部長は大変よね……」


 部長経験があるのか、星野と日向さんがうんうんと頷く。

 小桜さんは部長ではなかったが、伴奏の居残り練習をしている時に部長から愚痴を聞かされていたらしい。どうやら俺が褒め倒した伴奏は彼女だったようだ。


「……海菜は部長やったことないの?」


「あぁ、あるよ。小学生の頃だけど。中学は望が部長で、私が副部長」


「で、ちるは番長か」


「絶対言うと思った」


 苦笑いする月島さん。なんとなくそういうタイプなような気はした。


「森くんが部長経験あるなら私らの代の部長は森くんで決まりだね」


「おいおい菊ちゃん、気が早すぎだろ…」


 裁縫部の一年生は俺達三人を含めて計五人。俺達以外の二人は大人しい性格だ。五人の中で部長を決めるのなら俺たち三人の誰かだろうけど……菊ちゃんは嫌がりそうだから実質もう決まったようなものかもしれないなとため息が漏れた。

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