第4話:敵ばかりではないらしい
青山商業を受ける同級生はほとんどおらず、俺を含めて二人。
「森くんはなんで青商に決めたと?」
制服が理由であることは家族以外には言っていない。担任にも、幼馴染の清花にさえも言えなかった。しかし、何故か彼には自然と話せた。
「あー。なるほどぉ……森くん、スカート似合いそうやけんなぁ」
「……男なのにとか、言わねぇの?」
「言わんよぉ。だって、そりゃ君が一番言われとねえ言葉やろう?」
「……福ちゃん、神様みたいだな。顔も七福神っぽいし」
「あっはっはっ! よく言われるけど、俺はちゃんと人間だよ」
「本当に?」
「本当ばい。ただの人間」
「……たねきの尻尾生えてたり」
「せんよ。もー……しつこか」
「すまんすまん。……ありがとう。福ちゃん」
姉以外の理解者は初めてだった。彼が女の子だったらきっと、恋に落ちていただろう。
高校には、二人一緒に合格した。
入学式の日、俺は青商の制服のスカートに足を通して、リボンを結んだ。
「めちゃくちゃ可愛いー! その辺のJKより可愛い!」
と、姉にスマホを向けられ、連写され「やめろよ」と一応恥ずかしがる素振りは見せるが、満更ではなかった。
迎えに来てくれた福ちゃんはズボンを穿いてネクタイを締めていた。
「おぉ……服装で印象ってだいぶ変わるねぇ。女子かと思った」
「可愛いだろ」
「可愛い。いいじゃないか」
「へへ。ありがとー。惚れんなよ?」
「それは無いなぁ……可愛くても中身は森くんだから」
「んだよそれ。まぁ、惚れられても困るけどさ」
褒められて良い気になっていた俺だけれど、学校に着くと一気に空気は変わった。
クラスは四組。福ちゃんとは別のクラス。座席は出席番号順になっており、出席番号は男子が前、女子が後ろになっていた。つまり、男子と男子の間に女子はこない仕様になっている。俺の席は男子と男子の間。そこに俺が座ると、クラスメイト達は俺を気にするようにチラチラと視線を向ける。スカートを穿いて登校してきた男子生徒はどうやら俺だけらしい。こうなることは想定していたが、完全に浮いていた。
「ねぇ、なんでスカート穿いてんの?」
前の席の男子がにやにやしながら話しかけてきた。鬱陶しいなと思いながら「好きだから」と答える。彼はその顔のまま「ホモなの?」と聞いてきた。「やめなよ」と隣の女子が止める。
「いや、別に違うけど。恋愛対象は女だよ。そういうお前は? ゲイなの?」
同じ質問を返してやると、彼は「そんなわけないだろ」とキレだした。
「失礼なこと言ってるって分かってるなら言うなよ」
諭すと、彼は黙りこくり、舌打ちをして前を向いた。ため息が漏れる。だけど、スカートを穿いてこなければ良かったとは思わなかった。姉も両親も福ちゃんも「可愛い」と褒めてくれた。こうやって揶揄ってくる奴がいることは想定していたことだ。
しかし意外だったのは、帰り際に担任に呼び出されてこう言われたことだった。
「森はLGBTなのか?」
「いえ。違います」
「違うならなんでスカートなんて穿いてるんだ」
思わず言葉を失ったが、近くで話を聞いていた別の教師が助け舟を出してくれた。
「田村先生。LGBTの生徒以外の男子はスカート穿くななんて校則はありませんよ。君。君は別に校則違反してないから、明日からもその服装で登校してきて大丈夫だからね」
「
「俺なんか間違ったこと言ってます?」
三崎先生という先生の言葉に、担任は何も言い返さず、その日は俺はすぐに解放された。
担任のようなことを言う教師は少なくなかったし、相変わらずクラスでは浮いていたし、他クラスから俺を見にくる生徒も少なくはなく、珍しい動物のような扱いを受けていた。思っていた以上に居心地は悪かったけれど、決して敵ばかりではなかった。
入部して一週間も経たないうちに、体験入部週間が始まった。俺は迷わず裁縫部に入った。先輩達も、同級生達も、俺以外全員女子だったけれど、部室はクラスの教室よりはよっぽど居心地が良かった。最初こそ驚かれたが、誰も俺を変だと言わなかった。
「大丈夫。部長の方がよっぽど変なやつだから」
「そんな褒めるなよ」
「褒めてねぇよ」
「普通なんて多数決で勝手に決まる基準だからさ、それに合わせる必要なんてないって私は思うんだ。まぁ、ルールは守るべきだとは思うがね。君みたいにスカートを好んで穿く男子は少数派かも知れないが、この学校のルールではそれは認められていることだ。君は別に間違ったことをしていない。堂々とすれば良いさ」
「私より似合うしな」
そう言って複雑そうに笑うボーイッシュな雰囲気の先輩は、昔からスカートを穿くと「女装する男子みたい」と言われることが悩みで、今年からズボンに変えたらしい。
「まぁ、ズボン穿いたら余計に男扱いされるようになったんだけど」
「先輩は可愛いと思いますよ」
そうフォローを入れたのは同級生の
「いや、菊ちゃんに言われると嫌味にしか聞こえない」
「私は可愛くないですよ。子供っぽいだけで」
「そうかしら」
「……ゆりちゃんにフォローされても嫌味にしか聞こえない」
「エロいよね。小桜さん」
「人妻感あるよね」
「未婚です」
「彼氏は?」
「居ません」
「好きな人は?」
「……いません」
「間があったぞ」
「どこのどいつだ! 吐け!」
質問責めに会い、たじたじになる小桜さん。
この時、俺は当たり前のように彼女の好きな人は男子だと思っていた。偏見に苦しめられてきた自分の中にも偏見があったのだと気付くのはそれから数日後のことだった。
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