第2話:女になりたいわけではない

 中学二年の終わりが近づき、進路を考える時期がやってきた。その頃にはもう、なんとなくだけど夢は出来ていた。


「美容系の仕事がしたい」


 姉も中学生の頃、同じ夢を語った。今は美容部員——ビューティーアドバイザーというものを目指して専門学校に通っている。両親も応援している。

 だけど、俺が同じ夢を見ることは許されなかった。「男だから」という理不尽な理由で。普段は親に対して特に何も言い返さない姉も、この時だけは声を荒げて反論した。


「男だから男だからってさぁ……! あたしの学校、男子生徒も普通に居るんですけど。考え古すぎでしょ。化石かよ」


「いや、しかし……」


「……はぁ……見て、これ」


 ため息を吐きながら姉が両親に見せたのは、姉の自撮り写真。


「これね、雨音がメイクしてくれたんだ。顔も髪も、爪も全部。でね、この時あたし、弟がやってくれたって、みんなに自慢したんだよ」


「姉ちゃん……いつの間にこんな写真……」


「男なのにこんなこと出来るなんてって言う奴一人もおらんよ。母さんと父さんくらいだよ。男らしくないと虐められるとか言って、雨音を一番否定してんのは母さんと父さんじゃん。てか、そんなんいじめる側が悪いに決まってんだろ。どう考えても、古い考えにとらわれて他人を否定する方がだせぇだろ。雨音は可愛いよ。あたしの可愛い弟。ずっと黙ってたけど、もう我慢出来ない。これ以上あたしの可愛い弟を否定しないでよ。本当に雨音のこと思ってるなら好きにさせてやってよ」


「姉ちゃん……」


 姉の説得で、両親は言葉を失った。そして、母が頭を下げて謝罪をした。それに続き、父も頭を下げる。

 俺は二人に今まで両親に隠れて姉の着せ替え人形をしていたことを告白した。本当は、可愛くなりたいことも。


「女になりたいわけではないんだ。ただ……おしゃれして可愛いって言われるのは嬉しい。自分には学ランより、セーラー服の方が似合うと思う。ただ、それだけなんだよ。本当にただ、それだけ」


 両親は何も言わなかった。けれど、姉とメイクを練習したりファッションショーをする時間は、二人だけの秘密ではなくなった。母がここはこうした方がいいんじゃないかと口を出すようになり、ある日父が一言「確かに似合うな」と言った。姉はそれを聞いて「母さんの若い頃に似てるでしょ」と父を揶揄うように笑った。父は否定も肯定もしなかった。


「いや、複雑なんだが」


「顔は若い頃の母さんなのに喋ると俺の声なの混乱するから黙ってくれ」


「しらねぇよ」


「けどほんと、可愛いわね」


 両親の口から可愛いという言葉を聞いたのは幼少期以来だった。


「姉ちゃん、ありがとう」


「ふふ。うん。どういたしまして」

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