第2話 魔の森

「随分と静かなんだな…」


「普段はこんなに静かではない。」


「少し…怖いです。」


 俺はイレイナ、レベッカと共にクリムゾルの活動拠点があるサウスポールの更に南へと向かっていた。


「ここは魔の森と呼ばれている。その名の通り多くの魔物デーモンが住み着いていて、ここで上級魔物に遭遇したという話もよく耳にする。」


「さすがはS級冒険者。この辺のことは詳しいのか?」


「いや、私も初めてだ。他のS級冒険者が依頼を達成するためにここへ来たことがあってな。その時の話を少し聞かせてもらっただけだ。」


「こらイレイナ、そんなに引っ付かれたらいざと言う時動けないだろ?」


「そ、そんなに恐ろしい魔物がいるって聞いたら…私、怖くて…」


「北の大魔女様が何を言うか。魔物の方があんたと出くわすことを恐れるならわかるものの、あんたが怯える必要はこれっぽっちもないだろ?」


「それはもっともだ。ほら、イレイナもう少し離れてくれ。」


「昼なのにこんなに暗いところ、私、強すぎ…ます。」


 北の大魔女とも呼ばれるほどの実力者がこんなにも怖がっていていいのだろうか…


「あそこを見てみろ。下級魔物が数匹いる。」


 イレイナは俺の服を掴んで後ろに隠れて青い顔をしている。


「はぁ…初仕事と行きますか……」


「そうするしかなさそうだな。あそこを通らなければ日が暮れるまでに森を抜けられん。」


 レベッカは腰に提げたレイピアを抜いた。かなりの業物だろう。細かな美しい装飾と魔法のオーラがレイピアを包み込んでいる。


「何をしている?さっさと剣を出せ!」


「いや、その必要はないと思うぜ。」


「お前、素手で戦うとか言うまいな?」


「そんなことは言わないよ。ほれ。」


俺は魔物たち目掛けて手を振り下ろした。すると無数の『焔炎弾フレアバレット』が魔物たちに降り注ぎ、瞬く間に魔物たちを燃やし尽くした。


「お前……何をしたんだ?」


「何って『焔炎弾』さ。」


「『焔炎弾』を3発同時に展開しているのを見たことはあるが、そんな数見たことないぞ。」


「そうなのか?このくらい目をつぶっていても余裕だが。」


「クリード様、凄いです!なんかこう、ぼわぁっと!」


 イレイナは目を輝かせながらこっちを見ている。


「あ、そうだ。今度はイレイナ、お前がやってみろよ。北の大魔女様なら余裕だろ?」


「分かりませんが…やってみますね。えい!」


 イレイナは持っていた大杖を魔物たちに振りかざした。すると、先程と同様に無数の『焔炎弾』が同時展開され、魔物たちは消し炭と化した。


「よっ、さすがは北の大魔女様!」


「お、お前たち…規格外だな…」


 レベッカは口を開けて眺めていた。


「いかんいかん。私も負けてはいられない。

暴風刺突ウィンドインパクト』!!」


 レベッカがレイピアを突き出すと、そこに暴風が現れた。暴風は魔物たちを巻き込み、空の彼方へと消えていった。


「ヒュー!凄いもんだな。」


「すごく綺麗な魔法…私も使ってみたいです。」


 どうやらイレイナは心の底から魔法というものが好きらしい。好きこそ物の上手なれとはよく言ったものだ。こいつは魔法を愛しているからこそ魔法に愛されているのであろう。


「さぁ、これで道は片付いた。行こうか。」

「おう。」


「はい。」


「我がその先に行かせると思うたか?」


「だ、誰ですか?」


「貴様らをこれ以上奥へは進ませんよ。この私、イグニスの何かけて。」


「イグニスだと…厄介なやつに絡まれてしまったな。」


「誰だ?イグニスって」


「イグニスは上級魔物のその上、特級魔物と呼ばれる存在だ。そのあまりの冷酷さ故、氷の王とも呼ばれている。」


「へぇ、少しは楽しませてくれそうじゃねぇか。」


「我と戦おうなどと思うておるのか?実に愚か。我は戦いに来たのではない。ただ、残虐に主らを屠りに来たまでよ。」


「私がやります。」


 そう言って前に出たのは以外にもイレイナだった。


「まぁ、お前ならやれるだろうよ。任せた。イレイナ!」


「北の大魔女の力、存分に見せてくれ!」


「はい!」


「3人でかかっても勝てぬというのにこんな小娘1人に勝てるわけがなかろうて。」


「それは見てから言ってくださいよ。『時空静止ストッピングタイム』」


「な、何だこの魔法は…動けぬ…この我が、手も足も動かせぬ!」


「時空そのものを停止させる魔法です。私が考えて作ったんですからね!えい!」


 コツン!


 乾いた木の音が響いた刹那、イグニスは真っ二つに分断されていた。


「『分断ディビジョン』です!」


「くそっ、この我が、我が負けるはずなどない…こうなれば仕方あるまい…この力を使うしか…」


 そう言うとイグニスは体に着いていた札を剥がした。するとイグニスの別れた体が元に戻り、人間のようであったその体からは翼が、頭からは角が生えた。


「これが本来の我の姿。われに仇なした事、後悔させてくれる!『死の宣告デス・カウント』」


「ううっ……」


 イレイナの様子がおかしい。


「どうしたイレイナ!」


「体の力が…ぬけて……」


「なんだこれは…力が入らん…」


「レベッカまで!どうしたんだ!しっかりしろ!」


「無駄だ。我のカウントからは逃れられ…貴様、何をした?なぜ貴様はカウントにかからぬ?」


「そんなこと知らねぇよ!カウントだかなんだか知らないが、早くこいつらを解放しろ。」


「するわけが無いだろう。こやつらはこのままここで死にゆく定めよ。」


「はぁ…仕方ないか。なら死ねよ」


 クリードが言葉を放つとイグニスの体から何かが潰れる音が聞こえた。


「うぐっ…貴様…何をした?」


「心臓を1つ、潰した。」


「なにぃ?!」


「もう1つ頂く。」


 グシャ

「ぬおあああああ。」


「これで解放する気になったか?」


「解放などするわけがなかろう!『永久凍結エターナルフリーズ』!!これで終わりよ!」


 バキバキ……パリン


「あー寒かった…仕返しだ。」


 グシャグシャッ


「ああああああああああ!!」


「あれ、やるなら夏にやってくれよ。寒すぎて風邪ひくところだったじゃねぇか!」


「き、貴様…貴様は一体何者だ?何者なんだ!貴様はァ!」


「教えてやる。お前が死んだら、な。」


 グシャグシャグシャッッ


「この我が…敗北…するなど……ありえ……ぬ。」


「さよなら、イグニス。」


 上級以上の魔物には複数個の心臓がある。イグニスは7つの心臓を持っていた。それを全て潰されてしまってはさすがの特級魔物も生きてはいられない。


「イレイナ、レベッカ大丈夫か?」


「お陰様で…なんとか」


「ああ。もう心配は要らん。大丈夫だ。それよりお前…イグニスに何を?」


「いやぁ、しっかしイレイナのあの魔法、凄いもんだな!今度俺にも教えてくれよ!」


「分かりました。あんな魔法でよろしければ。ところでクリード様、1体どうやって…」


「さっさと森を抜けないと日が暮れてしまうぞ!ほら!歩け歩け!急がねぇと置いていくぞ!」





森を抜けるとそこには大きな川が流れていた。

「よし、今日はこの辺で泊まるぞ。」


「泊まるって、私、何も持ってきておらんぞ!」


「私も何も……」


「はぁ?何言ってるんだ!現地調達、これ基本だぞ?」


「「げ、現地調達?!」」


「そう。現地調達。ほれ、釣竿!エンチャントしてあるから簡単に釣れるぞ。あと、イレイナには…はい、ドラム缶とさっきの森で適当に拾ってきた薪!これで風呂炊いといてくれ。俺は寝床の準備をしておくから、はい!各自仕事に取り掛かれ!」


「え、あ、ああ。」


「分かりました。頑張ります!」


 さてと、俺はこれから何をするのかというと…魔法を使ってサクッと寝床いえを建てちゃいます。


「ほいっと」


 『建築ビルド』最も簡易的な土の造形魔法だ。しかし、使いこなせば便利なもので、家でもこの通り、一瞬で立てることが出来る。ただし、土製だが。


「そしてそこに…こうだ。」


 『物質変換リメイク』初心者にでも使える物質の構成を変更する魔法だ。これで土製の家も木造や鉄筋の物に変換可能というわけだ。


「はい、終わり。」


 後はあいつらの仕事が終わるのをこの新築の寝床わがやで待つことにするか…




「お風呂、湧きましたよ!」


 1時間ほどが経過して体中がすすだらけになったイレイナが戻ってきた。


「お疲れ様イレイナ。」


「ここ、これは…なんですか?!」


「何って今夜泊まる寝床いえだぞ?」


「ふつう、寝床ってこう…もっと小さな…テントとか、そんなのじゃないですか!」


「なに、テントだと少し手狭かと思ってな…」


「わあぁ…中に入ってもいいですか!」


「もちろんいいぞ。レベッカが帰ってきたら飯作るからそれまでゆっくりしてるといい。」


「ありがとうございます!」


 イレイナは寝床わがやを見てたいそう喜んでいた。




「釣ってきたぞ…案外簡単に釣れるものだな!楽しくなってついこんなに取ってしまった。」


 ほどなくしてレベッカが戻ってきた。手には魚が大量に入ったバケツを持って楽しそうに歩いてくる。


「おう、レベッカ!お疲れ様だな!」


「どうだ?寝床の方は上手くできたのか?」


「ああ、それなら大丈夫だぜ!」


「どんな寝床テントだろうか…って……」


「ここが寝床わがやだ。」


寝床ねどこというサイズではなくないか?!」


「そうか?大きい方が快適だろうと思って。」


「それはそうだが…」


「だが?」


「それでは何故イレイナにドラム缶風呂なんて作らせたんだ?この寝床いえであれば付けられただろうに…」


「いや、なんというか…ドラム缶風呂ってなんかいいじゃん、ほら、趣があるというかなんというか…」


「そうか?普通の風呂の方がいいと思うが…」


 言っていることはご最もだ。普通の風呂の方が絶対にいい。だが防御力が高すぎる。ドラム缶風呂ならこう…ほら、チラッとチラッとな?見えたりしないかなぁ…なんて…。いやいや、そんなことは考えてなくてだな……。


「まあいい。疲れたから私は風呂に入る。魚が、よろしく頼んだぞ料理係シェフ。」


「ああ、任せとけ。あ、そうだ。風呂に行くならイレイナも一緒に行けばいいじゃないか。」


「そうだな。イレイナと一緒に入るか…よし、呼んでくる。」


 


 特級魔物に遭遇して生きて帰れるだけでも珍しいというのに、討伐してしまうとは…。これはギルドでも大きなニュースになるに違いない。一体あの男はどれだけの力を隠しているのだろうか…


「レベッカ様、レベッカ様?」


「ああ、すまない。少し考え事をしていた。」


「早くお風呂、行きましょ!」


 まさか北の大魔女様と裸の付き合いになるとは思ってもみなかった。私は今まで数多くのS級冒険者と共に任務をこなしてきたが、これほどの化け物たちは見たことがない。私はドルゴと同様にギルドの5本指と呼ばれていた。その私でさえ及ばない。


「世界はまだまだ広いということか…」


「どうしました?レベッカ様。」


「いや、なんでもない。それと、様は要らない。レベッカと呼んでくれ。」


「分かりました。レベッカさん。」


「さんも要らないが…まあ、いいか。」


 そもそも、どうしてあの森に特級が住み着いていたのだ?あの森の静けさといい、何か変だった。もしかすると何か裏で大きなことが起こっているのかもしれない…



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