この世界には少し躾が足りないようだ。

ノウン

第1話 強さに自信がおありのようで…

 魔法、それがこの世界の全て。強者は弱者に虐げられる。ただ、それだけなのだ。

弱者はやがて強者には敵わないと悟り、自らを諦める。そう、決まっているのだ。


 ドンッ

屈強な男が中年の男にぶつかり、こう言い放つ。

「おいおいおっちゃん、今ぶつかったよなぁ?謝ったらどうだ?あぁ?」

「すみませんでした。以後、気をつけますのでどうかお許しください。」

「そうそう、それでいい。わかればいいんだ、わかれば。」

 男の方からぶつかっておいて謝れとは随分と理不尽なものだ。しかしここで揉め事などは起こしたくないのだろう。素直に従う、それが最も簡単なやり過ごし方だ。

 この世は理不尽で満ち溢れている。しかし、我慢してやり過ごせるなら安いものだ。

 ドンッ

「おいおい姉ちゃん、今ぶつかったよなぁ?」

「す、すみませ…」

「声が小さくて聞こえねえんだよぉ!!」

「ご、ごめん…なさい…」

 まただ。さっきの男、今度はか弱そうな女に手を出している。

「姉ちゃん、よく見たら可愛いじゃねぇか…ちょっとこっち来いよ。」

「あ、あの、えっと…」

「いいから来いよ!ぐふふ…今晩はうんと楽しませてくれよ?」

 そう言って男は女の胸を撫でた。

「いやっ、やめてくださ…」

パシン!

「うるせぇな!お前は黙って俺に抱かれりゃぁいいんだよ!」

「やめて…ください…」

女は泣きながら必死に抵抗しているが、屈強な男の力には叶うわけもない。

「それ以上抵抗するならこれ、使ってもいいんだぜ?」

 そう言って男はポケットから魔道具を取り出した。

「コイツは『隷属の烙印』つってなぁ、コイツを体に刻まれたやつは皆俺に尽くしたくて尽くしたくて仕方なくなるんだよぉ…へへっ」

 男の言葉に嘘はない。『隷属の烙印』はここいらじゃ使用が禁止されている違法魔道具の一つだ。あんなあものを使ってはあの女の身が危ない。

「誰か…助け…て」

 震えながら助けを求める女の元に俺は駆け出していた。

「『加速アクセル』」

「おっさん、その辺でやめてあげなよ。」

「あぁ?どっから湧きやがった?!その指、誰に向かって刺してるかわかってんのか?」

「おっさん、有名人なのか?」

「俺はおっさんじゃねぇ。ドルゴ様だ。」

「ドルゴ?誰だそれ?」

「ドルゴ様だよ。s級冒険者さ。お前みたいな無級の雑魚にはわからねぇかもしれんがな!ガハハハ。」

「お逃げください。お兄さん。私は…大…丈夫ですから。」

「大丈夫って、震えてるよ?」

「私のことは放っておいてください。」

「そんなことはできない。」

「ごちゃごちゃやかましいんだよ!三下がァ!」

どうやらドルゴはやる気らしい。

「いいぜ。俺が勝ったらこの子は解放しろよ?」

「勝つだァ?抜かせ!勝てるわけないだろう?」

「じゃあ、やってみるか。」

「『焔強化フレイムエンチャント』これで斬り殺してやる!」

 『焔強化フレイムエンチャント』は火属性の最上位強化魔法。あらゆるものを塵と化すエンチャントを剣や斧などに付与する魔法だ。普通であればこんなもの見た瞬間に萎縮し、降参するだろう。

「フッ」

 俺は息を吹いた。するとドルゴの剣からは焔が消え失せた。

「なんだ?切れちまった。ならばもう一回…『焔強化フレイムエンチャント』!」

「ドルゴ、わからないのか?フッ」

 俺はもう一度息を吐いた。するとまたドルゴの剣からは焔が消え失せ、ドルゴの顔からは余裕の表情が消えた。

「こ、こんなのイカサマだ!」

「イカサマだ?女相手に違法魔道具を使おうとしたお前が言うのか?」

「黙れ!強化エンチャントが使えないなら攻撃魔法を使うまで!」

「ドルゴ…やめておいた方が身のためだぜ?」

「怖気付いたか?雑魚が!これでも食らっておねんねしな!『焔炎弾フレアバレット』!!」

 ほう、魔法の実力は大したものだ。最上位魔法をこんなにも簡単に繰り出すとは…s級だかなんだか知らないが強いことは認めてやる。

「『無に帰せ《ターン・オフ》』」

 ドルゴの作り出した弾丸は何事もなかったかのように綺麗さっぱり消えてしまった。流石のドルゴも驚いたのか目を丸くしている。

「どうだ?まだやるのか?」

「魔法だけが力じゃねぇんだよォ!!」

 ドルゴが襲いかかる。

 俺はドルゴの背後に周り、首元に手刀を放った。すると、ドルゴの巨体は倒れ込み、動かなくなった。

「死んではいないさ。意識を失っているだけだ。」

 俺は女に向けて話す。

「あの…助けてくださってありがとう…ございます…」

「なに、礼はいらないよ。たまたま通りかかっただけだから。」

「いえ、そんな…あなたは私の恩人です。あなたがいなければ私は今夜ドルゴ様にその…純潔…を散らされていたでしょう…」

 なるほど…処女か。この見た目なら男の1人や2人簡単に釣れそうなものだが…

「そうならなくてよかったな。大事にしろよ。じゃあ。」

「お、お待ちください!せめてお名前だけでもお聞かせ願えないでしょうか!」

「名前?いいよ。俺はクリード。お前は?」

「私はイレイナ、イレイナ・ノアドニスです。」

「ノアドニスってことは北の国の姓だろ?なんでこんな最南端の国に?」

「とある方を探しているのです。私のお婆さまの魔法の先生を。といっても生きていらっしゃるかどうかも定かせはありませんが…」

「そうか…見つかることを祈ってるよ。ところで…ギルドってどこにあるんだ?」

「ギルドですか?ご案内しますね!」

  そういうとイレイナは嬉しそうに俺の手を取り、ギルドまで案内してくれた。ギルドまではイレイナとの他愛もない世間話に花を咲かせていた。



 ギルドは様々な種族の冒険者で混雑していた。

 俺たちはまず受付に行って新規登録の手続きをした。

「では、この魔力測定器に魔力を注いでください。」

「こ、こうか?」

1、10、100、1000…どんどんと桁が上がっていく。

「すごいですね!クリード様!」

イレイナはやけに興奮気味だ。

10万まで数値が上がったかと思うと、測定器から煙が出て壊れてしまった。

「すみません、なんかエラー出しちゃったみたいで…」

「エラーですか。どれどれ…ってええええええ!」

「どうかしました?」

「どうかしますよ!一般男性の平均魔力は60000M《マジカ》とされています。この魔力ですとs級冒険者にも及ぶかも知れません…」

「このことはみんなに黙っておいてくれないか?」

「わかりました。クリード様がそう仰るなら。」

「ありがとう、助かるよ。」

 それにしても平均が60000Mか…ドルゴとかいうやつはどれほどの魔力量なのだろうか…

「なあ、ドルゴってやつの魔力量はどれくらいなんだ?」

「ドルゴ…どこでそのお名前を?」

「どこでって…さっきその辺で。」

「ドルゴは『クリムゾル』という重要指名手配組織の一員で、懸賞金がかかっているんです。」

「あ、え?そうだったの?」

「はい。しかし元s級冒険者というのもあって誰も捕まえることができていません。」

 なるほど…s級冒険者というのはそれほどに強い奴らということか。そんなものが悪事に手を染めたとなると、警備隊は愚か、冒険者でさえも手が出せない訳だ。となると、俺がやるしかないか…

「んで、その懸賞金ってのはいくらだ?」

「え?まさかクリード様、やりに行くつもりですか?いくらあなたでもあのドルゴの相手は厳しいと思います…」

「なぜそう思う?」

「先程の質問の返答ですが、ドルゴの推定魔力量は200万と言われています。これは、このギルドのs級冒険者の中でも5本の指に入るほどで…」

「なら、尚更だ。行ってくるよ。」

「ですが…」

「ならば私がついて行こう。それでいいな?」

 人混みの中から1人の女がやってきた。ものすごい気迫を感じる。

「レベッカ様…!」

 どうやらこの女、レベッカというらしい。

「よう、そこの新入り。私はレベッカ。s級冒険者だ。ドルゴのクソ野郎のところに行くなら私も同行しよう。」

「おう、レベッカ。助かるよ。俺も1人では心細いと思っていたんだ。」

 丁度いい。s級様の実力とやらを見せてもらおうではないか…

「あ、あの、私も…」

 イレイナも行きたいらしいが、もしものことがあったら困る。

「イレイナ、悪いがお前は留守番だ。」

「私もお力に…」

「大丈夫だ。俺たち2人でなんとかなる。それに…」

「イレイナ?といったのか?」

 レベッカが口を挟む。

「あぁ。紹介が遅れてすまない。俺の連れのイレイナだ。」

「イレイナ?!」

「イ、イレイナってもしかしてイレイナ・ノアドニスか?」

「ああ。そうだ。だったらどうした?」

「お前、知らないのか?イレイナといえばあの北の国最強と謳われる魔女だぞ?」

「イ、イレイナ…本当なのか?」

「は、はい…説明不足ですみません…」

どうりで男が寄ってこない訳だ。強すぎる女には男もそう簡単には声をかけられない。

「それならそうと早く言ってくれ。わかった。ドルゴのところへは俺たち3人で行こう。」

「うむ。」

「はい。」

「…ということだ。受付のお姉さん。」

「わかりました。では3人にクエストの依頼です。題して、『犯罪組織クリムゾルの調査とドルゴの身柄確保』です。」

 よし、いっちょ片付けてやるか…


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