第15話 占い



 適度な距離を保っていたはずなのに、視線を月から眼前に戻すと、何故だか手の届きそうなところに瀧宮の背があった。

 

 俺が速く歩き過ぎたのかと思ったけれど、どうも違ったみたいで、どんどんと距離を縮めて俺の左隣に落ち着いた。

 わざわざ離れて歩いていたのに、どんな意図があって俺の隣なんかに来たんだろう。瀧宮からアクションを起こすことなんて滅多に無いから、尚更不思議だ。


 

「ねぇ、知ってる? 人間って、本能的に暗闇を恐れるらしいの。先祖の経験則が私たちのDNAに刻み込まれているらしいわ」



 あー。そういうこと。素直に言えばいいのに。



「つまり、怖いんだな」

「そんな訳ないでしょ」

「そうか。にしては声が震えてるけど」

  


 瀧宮は俺を睨み付けるように一瞥すると、ぷいっとそっぽを向いた。

 やべ。怒らせたか。



「暗いとこを一人で歩くのに慣れていないのだから仕方ないでしょ」

「もう何年ここを行き来してんだ。冬場はいつもこのぐらいの暗さじゃないか。それに、今日の夜はかなり明るい方だと思うけどな」

「そうだけど…だって、つい最近までは…あなたが…」

「なぁ瀧宮、理由はなんであれ、もう俺の隣は歩かなくて大丈夫そうだよ。前見ろ前。十字路だ」

「あ…そう。意外と早いのね」



 瀧宮は十字路についた途端、手網から解放されて自由になった犬のように離れていった。

 その俺に対する嫌悪感を隠す努力ぐらいはして頂きたいとこだけど、キモイだのシネだの言われなくなっただけ、これでも随分マシになった方か。



「ここからは一人で帰れそうか?」



 ここから二分も歩けば家に帰れるだろうけど、念の為確認しておいて損は無い。別々に帰るとしても、家まで送るとしても、瀧宮の判断無しでは俺にはどうすることも出来ないし。


 

「………」



 無言の圧力やべぇ。



「私のことを幼稚園児か何かと勘違いしてるんじゃないの。あなたと毎日一緒に帰ってた時だって、ここからは一人で帰ってたから」

「そうだったな。悪い、忘れて」



 言われてみればいつもここで別れてたな。家まで送ったことは、今までに一度も無いし。


 

「じゃあ、そろそろ帰るよ。近いとは言っても暗いのは暗いし、足下とか気をつけてな」 

「…あの」

「何? やっぱ送った方がいい?」

「違うわよ。その、明日も一緒に帰ってくれると助かるのだけれど」


 明日…? 


「明日は遅くなったりしないだろ。部活も無いし」

「それは…えっと、親に言われてるの。不審者が捕まるまでは、誰かと帰れって」



 "誰か"ってなんでよりによって俺なんだよ。

 

 

「…友達、他にいくらでも居るだろ」

「皆、何かしらの部活に所属してるわ。暇そうなのはあなたぐらいだし、どうせこちらの方面に帰るなら一緒に帰ってもいいんじゃないかって」

「まぁ、暇ではあるけど…」



 西条さんは性別関係無しに友好関係を築いて良いと言ってくれたけれど、やっぱりどうなんだろうか。

 ましてや相手は瀧宮だ。もう必要以上に関わらないと決めたばかりだし、それに…もう諦めたとはいえ…。

 


「…ごめん。明日は厳しい」



 堅実な判断だと思いたい。無理に俺と帰らなくたって、瀧宮の友人の数ならば、一人ぐらい部活をやってない奴がいるだろうから。



「…そう。じゃあ、また、いつか」

「また…いつか」


 

 いつになるのか分からない約束を交わして、俺たちは家路についた。 

 



*****



 玄関を開けると、父さんがすごい勢いで駆け寄ってきた。意味が分からない。


 

「…無事だったのか」

「父さん…無事って…俺もう高校生だよ」

「高校生と言ってもまだお前はガキだ。遅れるなら連絡の一つぐらい寄越せ」



 父さんは俺の両肩をガッチリと掴んで体を揺らした。

 心配かけたのは悪いけど、どうも腑に落ちない。

 腕時計で時間を確認しても、そんなに遅い時間でもない。

 


「まだ二十時過ぎじゃん。そこまで焦ることないだろ」

「西条家から連絡があったんだ。翔に連絡がつかないから、何かあったんじゃないかって」

「西条家?」

 

 

 

 まさかとは思いながらも俺は急いで鞄を漁る。教科書の隙間に挟まっていたスマホを手に取って、スリープモードを解除した。

 


「ちょっと父さん、俺、部屋戻るよ」

「あぁ。早く連絡してやれ。相当心配してるみたいだから」


 

 荷物を全部玄関に置いたまま、俺は部屋に飛び込み、通話ボタンを押した。


 


「神代さん! 大丈夫ですか!?」



 電話越しに聞こえた西条さんの第一声は、昼間に聞いたあの声の主と同一人物であることを疑いたくなるぐらい、大きくて、震えていた。

 それと比例して、俺の中の罪悪感も膨らんでいく。



「本当に申し訳ないです。大変なご心配とご迷惑をお掛けしました」


「いえ…私がお時間を伝えておかなかったのが悪いんです。何度電話をかけても連絡がつかなくて…神代さんに何かあったのかと思い…ご実家までお電話しちゃいました。そしたら…まだ帰ってないって…」 


「少し用があって、スマホを開くのを忘れてました。この度のご無礼、なんと詫びれば…」


「神代さんが…ご無事でしたのなら、それで充分です。…それで…ご用事とは、どんな事をなされていたのですか? 失礼でなければ…お答えして頂けると…嬉しいです」



 用事…か。正直に話しても良いのだろうか。

 同じ部の女子を見送っていました、だから遅れました。いやいや、流石に言えるわけがない。



「実は私は文芸部に所属してるんです。部の活動をしてたら…帰宅が遅れてしまいました」


「…部活動…ですか。……ちなみに…今日は…どのような活動を?」



 ただ寝てました。これも言えるわけが無い。



「読書を少々」


「読書ですか…。部員は…何名ほど?」


「自分を含めて四人です。同級生は一人だけで…。うちの学校では一番小さな部です」


「人数が…少ないって、それはそれで楽しそうですね…。特定の人と…深い関係を築けそうで…羨ましいです」


「深い関係、ですか」


「例えば…親友…とか」


 

 先輩たちとは無理だろう。価値観が合わなさそうだ。瀧宮はもっと無理だな。色んな意味で。



「残念なことに、そういうのは無いですね」


「それは…失礼なことを…。申し訳ありません…」


「いえ、お気になさらず。元々、友達は多い方じゃないですから」


「…そうでしたか…。私と…一緒ですね」


 

 一緒…。西条さんも、友達づくりで悩んだりしたのかな。



「だとしたら、お互い、頑張らなきゃですね」


「…はい。…頑張りましょう」


「………」

 

「………」



 元々、俺も西条さんも口下手な方だから、こうなるとは思っていた。それも、顔を合わせずに話す通話となると、余計に会話が続かない。

 何か話題は無いものか…。



「…あの、神代さん」


「何でしょうか」


「読書…と聞いて思い出したのですが……面白い本を友人から…借りていて。心理テストの…本です。宜しければ…ご一緒に」


「是非!」


 

 心理テストか。占いとかの類は一切信じてないけど、どんな問題が出るんだろう。意外と当たってたりするのかな。



「ちなみに…私も初めて目を通すので、質問の答えは分かりません。では…まず一問目」


「はい」


「あなたは今…水族館に来ています。一人分のお金しか払っていないのに、二枚チケットを渡されました。それを受け取りますか?」



 一人で来ている想定か。黙っていればチケットが二枚貰える。売るなり、人にあげるなり出来るけど…。なんか嫌だな。



「受け取りません。店員さんに返します。受け取ったところで、得るものよりも、失うものの方が大きい気がします」

 

「私も…同じ…です。えーっと…答えは…、これを受け取る人は、浮気をしやすいらしいです」


 

 受け取らなくてよかった。ほんとに良かった。ただの心理テストだけど。



「…安心…ですね。では、二問目」


「あなたの目の前に花が咲いています。何本?」


 

 目の前に花…。朝顔とか…いや、たんぽぽが一本。コンクリートの隙間から咲いてる。うん。これが一番しっくり来る。

 


「一本です」



「私も…ひまわりが一本、咲いてると嬉しいです。これの答えは……あなたが生涯お付き合いする人数、だそうです。二人とも、一本…でしたね」


「…あ、はぁ」


 

 今気づいたけど、これめっちゃ恥ずかしい。やべーよ。質問次第ではとんでもない地雷踏みそうだよ。



「時間も…頃合ですし、これが最後の質問です」


「はい何でもどうぞ」


「あなたが今いる部屋で、子犬が遊んでいます。何匹?」



 子犬か…。七匹……いや、八匹ぐらいかな。出来れば全部シーズーがいい。あ、ゴールデンレトリバーも捨て難いな。



「八匹ですね。犬に埋もれたいです」


「私は二匹ぐらいでしょうか。一匹だと寂しいので、二匹いたら、寂しくないです」


「答えは……ぁ、あ…えっ」



 間違いなく、西条さんの声がうわずった。それで、何となく答えを察してしまった。

 これは…特大の地雷…踏んだ。




「あれですか、あの、欲しい子供の数ですか?」


「…正解です…。…神代さんは…多いですね」


 

 なにこれ。やだこれ。ちょー気まずい。



「あはは……はは…。…はぁ」


「……八人…ですか」


「お恥ずかし限りで…」


「あくまで…ただの心理テストですから。そんなに……深く考えなくても…ですよ」


「…はい、ありがとうございます…」


「…じゃあ、そろそろ…私はとこにつきます」



 はっや。まだ二十一時もきてないのに。お嬢様ってすごいな。



「はい、今日はとても楽しかったです。心理テスト、なかなか侮れない物ですね」


「…意外と…当たったりしますから、怖いです」


「あの…あらためて…今日はご迷惑をお掛けしてしまいました。いつか、このお詫びは必ず」



 通話越しに、えほんっ、と小さくて可愛らしい咳払いが聞こえた。庇護欲ひごよくを掻き立てられるのは、男としての本能だろうか。西条さんは…色々とずるい。



「…えっと…お詫び、とは関係なく、今度の週末に、どこか…お出かけに行きませんか?」



 俺は自分を耳を疑った。

 聞き間違いじゃなければ…これってデートのお誘い…だよな。



「それは、西条さんと、私の二人ということでしょうか?」


「…そのつもりですが…嫌…ですか?」


 

 嫌なわけがない。寧ろ大歓迎です。



「いえいえ、喜んで。お誘い、本当に嬉しいです」


「…えへへっ…。じゃあ、その件については、また後日連絡致します。おやすみなさい…神代さん」


「ゆっくりお休み下さい。またお会い出来ること、心待ちにしております」


「…はい…私も」



 

 無言でガッツポーズを決めながら、スマホを閉じる。

 風呂に入る為にスマホを勉強机に置いた。それとほぼ同タイミングで、ブーッというバイブレーションと共に通知が届いた。


 嫌な予感がしながらも、スマホのロックを再び解除する。


 届いたのは、瀧宮からのメッセージだった。

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