第13話 邂逅


 目線の先にいる女子の身長、髪の色、長さ、透き通るような白い肌、それら全てが記憶の中の西条さんと一致した。

 

 その西条さんとおぼしき人物は、恐らく同じ高校であろう女子生徒と三人で談笑している。

 不確定要素があまりに多いけど、顔が見えないから仕方ない。でも、ほぼ間違いなく西条さんだと思う。

 仮に違ったとしても、西条さんだと仮定して動いた方が良さそうだ。


 つまり、今の俺が取るべき行動は、いち早く多々良さんとの対話を済ませ、この場から早急に立ち去ること。


 

 俺は店員から珈琲を受け取り、顔を伏せたまま多々良さんが待つガラス際の席に向かう。

 近づいてくる足音が聞こえたのか、多々良さんはストローを吸いながら俺の方を振り向き、右手を軽く左右に揺らした。



「やっぱり来てくれたんだね、神代くん。丁度横の席が空いてるから座っていいよ」

「すみません。実は急ぎの用があって。早めにお話を進めていだけると嬉しいです」

 

 多々良さんは口元を緩ませ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。やっぱり、そう簡単には帰してくれないようだ。



「用事って、彼女とか?」

「違います。あれです、あの……」

「ふーん…そっか。どうやら本当に急いでるみたいだし、すぐに話を済ませるからさ。ちょっとだけ付き合ってよ」

「お気遣い感謝致します」



 俺は席に着くなり、すぐに多々良さんに話を振った。

 


「もう単刀直入に言います。話ってのは何でしょうか」

「そんなに焦らなくてもいいじゃない。私にだってペースってもんがあるんだから」

「それはすみません、でも本当に急いでるんです」


 

 多々良さんは目を閉じて額に手を当てると、ふっと息を吐いた。そのまま瞼を上げてドリンクを机に置くと、体ごと俺の方に向けて、頭を深々と下げた。


 これ、第三者目線で見ると俺が多々良さんに謝罪させてるみたいじゃないか。

 違いますよそこのお客さん、そんなゴミを見るような目でこっちを見ないで。



「ちゃんと感謝の気持ちを伝えたいと思ったんだ。さっきはテンションが上がってて、その場のノリで、みたいな所があったから。あらためてきちんとお礼を言いたいと思って。神代くんのおかげで念願の友達が出来た。これでもう寂しい思いをしなくて済むよ。本当にありがとう」


「そんな事ですか、全然良いですよ。俺がしたことんて、ただ多々良さんを瀧宮に引き合わせただけですし」


「それでも、神代くんが居なかったら私と瀧宮さん……澪ちが友だちになる事は決して無かった。君にとっては些細な事でも、私にとってはとても大きなことで、君は間違いなく私の恩人だよ」


 ここまで真っ直ぐ感謝を伝えられたのは初めてだ。慣れていなくて喉の奥がむず痒い。

 照れくさくて返答に困りかねていると、再び多々良さんが口を開いた。



「それで、ここからが本題なんだけれど、私は神代君に恩を返したいと思ったんだ。まぁ…これが恩返しになるかは分からないけどね」

「恩なんて別に良いですよ。先程も申した通り、俺のしたことなんてたかが知れてますから」



 本当に恩なんて良い。そんなことよりも、後ろの西条さん(仮)が気になって仕方が無い。バレてなければいいけど…。



「まぁそう言わず聞いてくれ。今日、神代くんは、私と友達になれないと言ったよね」

「はい、すみません。確かに言いました」

「それはどうして?」


 どうして? そんなの、西条さんがいるからに決まっている。可能性は低いとしても変な誤解を招きたくないし、そういう不安要素は極力消して起きたいからだ。

 でも、許嫁のことに関しては口外出来ない。これは両家が話し合って決めた取り決めのひとつだ。

 もとより、口外することを許されていたとしても、誰彼構わず話せるような内容ではないが。

 


 となると…なんて言えばいいんだ。

 友達になろうと言われて断る理由なんて、そうそうあったもんじゃない。

 元々嫌いだったから、とか流石に無理がある。多々良さんとは実質今日が初対面みたいなものだし、第一、嫌いじゃない人に嫌いとか言いたくない。

 だとしたら、もうこれしかない。



「俺は、友達が欲しくないんです。一人が好きなんです」



 そんな疑いの目を向けられても…。

 確かに嘘だし、友達はめっちゃ欲しいけど。

 

 多々良さんはまたストローに口をつけて、頬杖をついた。こちらを見ずに、ガラスの先をぼーっと見つめている。



「これは、あくまで私の憶測なんだけど、神代くんには友達を作れない、作ってはならない理由があるんじゃないのかな。それは……例えば、神代くんの彼女が厳しくて、他の女性との関係を築くのを制限してるとか。どうかな?」



 かなり惜しいけど、根本的に違うことがひとつある。

 俺が女性の友達、多々良さんと友達にならないのは俺の都合だし、西条さんに女子の友達を作るなとは一言だって言われていない。

 ただの俺のエゴだ。 



「違いますよ。本当にただ一人が好きなだけです」



 多々良さんは目をまん丸と見開いて、何かをいいかけたけど、結局何も言わずに、それを誤魔化すように笑った。

 


「…そっか。神代くんがいいならそれでいいんだ。

…でも、もし、今後考えが変わって、友達が欲しいと思ったらいつでも言ってよ。私はいつまででも待ってるよ」

「ありがとうございます」


 いい人というのは、恐らくこういう人のことを言うんだろうな。俺との人間性の差を見せつけられて、若干胸が痛むけど。

 


「結局恩返しもクソもなかったね。時間を無駄に浪費させてしまったよ。せめて、珈琲代ぐらいは払わせて欲しい」

「お金は大丈夫です。俺からしたら、多々良さんとこうしてお話出来ただけでも幸いですよ。もう充分な恩返しを受けました」

「あははっ。神代くんは世辞が上手いね。でも、これぐらいは受け取ってよ。感謝の印ってことで」

「そうですか…では、有難く頂戴ちょうだいします」

「今日は本当にありがとう。じゃあ、また学校で」

「はい、また明日」


 

 多々良さんはぺこりとお辞儀をすると、俺より一足先に店を後にした。

 意外と礼儀正しいんだよな、あの人。


 俺は足元に置いていた鞄を肩にかけ、席を立つ。

 振り返る前に、背後に気配を感じた。


 


 気の所為だと自分に言い聞かせるが、右手の袖をくいっと引っ張られ、その気配がただの勘違いではないことを実感する。

 やばい。やばい。まじで。

 



「…あ、あの。神代さんです…よね」


 

 全身に悪寒が走り、冷や汗が額から頬を伝って流れ落ちる。

 背後から聞こえたその声は、間違いなく西条さんのものだった。


 袖をちょんと摘んでいる細い指をそっと解き、振り返る。

 ここで、西条さん(仮)が西条さんであることが確定してしまった。

 

 

「お久しぶりです。あの、すみません。気づいておきながら声をかけることが出来ませんでした」

「大丈夫です。私も…神代さんが入店してきた時には気づいていたのに…中々声をかけられなかったんで…」


 入店してきた時…ってことは、ずっと見られてたってことじゃん。

 もう誤魔化しようがないな。


「あの、今日はえーっと、友達…知り合いに誘われてここに来たんです。ちょっと用があって、本当にやましい事は無いです。本当です」


 西条さんはきょとんとした顔で首を傾げた。

 あ、かわいい。


「私も…友人に誘われてここに来たので、同じ…ですね」



 私もってことは、西条さんからすると、多々良さんは俺の友人に見えてたんだよな。

 ちょっと気が引けるけど、一応、確認しておいて損はないな。



「西条さん、異性の友達を作るのって、大丈夫でしょうか? その…絶対に下心とかは無いですから。本当にただの友達です」

「どうして…私の許可が…? 異性でも同性でも……神代さんのご自由ですよ」

「本当ですか? 嬉しいです。ありがとうございます」


 西条さんはなんの事か分かってないみたいで、再び首を傾げていた。

 不誠実だとか、勘違いだとか、俺の勝手な思い込みだったようだ。瀧宮の時もそうだったけど、俺は大体空回りばかり。

 もう相手の気持ちとか考えるの辞めようかな。全部失敗だよ。

 まぁ今回ばかりは空回りで良かった。これで何の気兼ねなく多々良さんと友達になれるし。



 西条さんはこぼれ落ちそうな大きな瞳を向けてくる。背の関係的に、どうしても上目遣いになってしまうのが、また、なんとも。



「…あの女性とは、仲が宜しいんですか?」


 仲はそんなに…まだ会ったばかりだし。


「いえ、今日出会ったばかりです」

「…そうですか…出会った…日…お…け」

「すみません、良く聞こえませんでした」



 西条さんの声は極端に小さい。特に、こういう人が多い場面だと、尚更聞き取れない。


 何を思ったのか、西条さんはずんずんと近づいてくると、うんと背伸びをして俺の耳元に顔を近づけた。

 耳を撫でるように吹かかる吐息が、心拍数を跳ね上げる。

 西条さん、周りの目が…。



「…あの、今日…お電話…してもいいですか」

 


 断る理由が無かった。

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