第11話 友達



 

 コンビニで買ったおにぎりを一口、また一口と頬張り、お茶で流し込む。


 今日をもって、私立青藍せいらん高等学校に入学してから早一ヶ月が経過した。

 

 入学当初のクラスを包んでいた落ち着かない空気はいつの間にか和やかな空気に変わり、クラス内でもいくつかのグループが出来ている。

 

 陽気な人達が集まっている所謂、陽キャグループだったり、それと打って変わって根暗そうな人達が集まっている暗めのグループだったり、自分が過ごしやすい環境で、それぞれが自分だけの高校生活を謳歌している。


 勿論俺もこのクラスの一員で、やはりどこかのグループに属していないと浮き足立ってしまう。


 俺はひとりが結構好きだけど、孤高の一匹狼を貫けるほど強い人間じゃない。ひとりが好きなのに、ひとりでいるところを誰かに見られるのは恥ずかしい。本当に情けなくて弱っちい人間だ。


 そんな俺が属しているグループ…いや、これはグループなんかじゃない。



 つまるところ、ただのぼっちだ。


 

 いやぁ…よわった。ほんと、どうしたものか。



 そもそも、どうして俺はぼっちになってしまったんだろう。


 …思い当たる節があるとすれば、部活選び…?


 部活動には、目には見えないヒエラルキーが存在する。例えば、サッカー部やバスケ部、野球部などの運動部は部活動カーストの中でも上位に位置し、時点で何故か卓球部、その下に文化部といった形でピラミッドが構築されている。

 たかが部活動されど部活動。この狭い高校生活という枠組みにおいて、部活はやはり大きな存在であり、人間関係を作り上げていく上でも、少なくない影響を与えてくる。


 俺が所属している部活は文芸部。部員がたった4人しかいない、小さな文化部だ。


 俺がぼっちなのは文芸部のせいだ! …と、全ての責任を部に投げやりたいところだけど、残念なことに俺がぼっちなのは部活のせいじゃない。


 それは、俺と同じ部活に所属している瀧宮が証明している。厳然たる事実として、今現在瀧宮の周りには溢れんばかりの人が集まっていて、俺の傍には人っ子一人居ない。なんて悲しい話だ。


 部活が関係無いとなると、単に俺に問題があるのだろう。

 中学の時にいっぱい居た友達も今となっては音沙汰無し。ごく稀に、「彼女できた?」とかつまらんLIMEが飛んでくるだけ。出来るわけねぇよ。



 こうなれば、友達を作ることを諦めて、ぼっちを貫くのもさほど悪くないのかもしれない。

 出来上がったグループに特攻する勇気なんてない。どう考えても今から友達を作るのは至難の業だ。 

 


 となると……あぁ…もういいや……寝よう。


 俺は辛い現実から全速力で逃げるために目を閉じた。

 昼休みは、この勉強まみれの学校生活において、唯一心を休めることができる至福の一時。

 友達と戯れることが全てじゃないし、別に俺は羨ましくなんてないし、俺はぼっちでも構わないし。ってのは全部嘘で、本当は皆と遊びたいし、クソ羨ましいし、ぼっちはやだけど、仕方がない。ここは寝てやり過ごすしか方法が無い。



「…ねぇねぇ…何で寝たふりしてるの?」



 昨日寝すぎたのが影響しているのか、なかなか寝付けない。ノイズキャンセリングが欲しい。クラスメイトの声がうるさくて羨ましくて仕方ない。



「起きてるんでしょ?」



 若干イラつく内容の雑音が聞こえるのも気の所為。


 

「ぼっち」

 

 

 気にしたら負け。

 

 

「ぼっち」



 クソムカつく雑音がずーっと耳元で鳴っている。

 俺は嫌々ながら机から顔を離し、右に向けて重い瞼を上げた。

  


「…なに? …ってか、誰?」



 耳に軽く髪がかかる程度の黒髪のベリーショートの女子が、腰に両手をあてて胸を張って突っ立っていた。ベリーショートなのに一瞬で女子とわかったのは、あまり本人には言い難いことではあるのだけれど、その突き出した胸が、それはもう聳え立つ山の如し。

 キリッと整えられた細い眉、くっきりとした二重の瞳。日焼けした肌のせいもあってか、どうしてもスポーツをしている様子が頭に浮かぶ。



「やぁやぁ初めまして…になるのかな? 私の名前は多々良たたらはる。君の名前は神代くんだよね知ってるよ。ところで今日の調子はどう? 私はわりといい方だよ。なんたって、朝から快便だったからね」

 


 突然マシンガンのような自己紹介を浴びた俺に出来ることなんて何も無かった。

 だってこの人、何故か俺の名前も知ってるし。俺が言えることがもう無いじゃん。



「あぁ、ごめん。困惑させてしまった。まぁそんなのはどうでもいい。神代くんが困ろうが、喜ぼうが、悲しもうがそんなのは知ったこっちゃない。取り敢えず、私と友達になってくれないか? 私は見ての通りこんな性格でね。クラスにも馴染めなかったし、この学校にも勿論友達はいない。このクラスでぼっちなのは神代くんと私以外にもいるけど、神代くん以外の人には見事断られた! だから神代くんが最後の頼みの綱だ。私と友達になってください。お願いします」 



 なんだこいつ。今まで見たことないタイプのヤバいやつじゃないか? 初対面でこんなにペラペラと喋れるなら友達の一人や二人簡単にできるだろ。

 それに今の俺は、女子の友達を簡単には作れない。西条さんに対しての不誠実にあたる可能性が少しでもある以上は、女子の友達はやはり難しい。

 

 申し訳ないけど、断るしか無さそうだ。



「えーっと…多々良さん、だっけ。ありがとう、気を使ってくれて嬉しいよ。でもごめん。友達にはなれない」


 多々良さんの元気よく上がっていた眉はどんどん下がってしまい、ニコッと笑っていた口元も縮こまってしまった。

 


「ごめんね、突然友達になろうだなんて、やっぱり気持ち悪いよね。いつもこうなんだ、頭では分かってても先に口ばかりが突っ走っちゃって失敗ばかり。迷惑かけちゃってごめん、じゃあね」


 

 去り際の多々良さんの瞳には涙が浮かんでいた。ここでかっこいい台詞のひとつでも吐ければ良かったんだけど、俺には到底無理な話だった。止めたところで何も言えない。俺は多々良さんの友達にはなれないし……あ…そうだ。



「多々良さん。俺では友達にはなれないですけど、紹介なら出来ますよ」 

「…ほんとう?」 

「本当です。お時間がよろしければ、放課後すぐに図書室に来てください」

「分かった。約束ね」

 

 そう言った多々良さんは、小指を俺の前に出してきた。

 …なるほど、指切りげんまんか。


「そんな事をしなくても約束は守りますよ。安心してください。針を千本も飲まされるのは勘弁ですしね」

「もー。指切りげんまんくらいしてくれてもいいじゃん。だけど…まぁ、本当にありがとね。放課後、楽しみにしてるよ」 


 

 多々良さんはニカッと歯を見せて笑って、自分の席へ帰って行った。

 とても素直で良い子そうなのに、どうして友達が居ないんだろう。確かに、初対面の詰め方じゃ無かったけど、気さくで話しやすい印象を受けたけどなぁ…。


 あの子で無理なら、少なくとも俺に友達なんて出来ねぇな。

 

 

 


*****



 

 先輩は今日も遅れているようで、週にたった二日しかない部活動に現在参加しているのは俺と瀧宮だけ。

 文芸部といっても今はやることが特になく、毎度本を読んでいると、自然と時間が経って帰宅の時間を迎える。

 なんのために部活に入ったのかがいよいよ分からなくなってきた……が、今日は明確な目的があってここに来た。


 そう、本棚の陰からチラチラこちらを確認している女の子を、瀧宮に紹介すること。


 二人の性格からして合うとは思えないけど、こうなった以上は引くに引けない。

 瀧宮ならきっと上手くやると思うから、多分大丈夫…なはず。


 ページをめくる音だけが嫌に大きく聞こえてくる。心做しか、ピリついた空気が流れている気すらしてきた。まるで心臓が耳元で脈打っているのかと勘違いしてしまうほどに、心音も大きく、速く聞こえてくる。


 多々良さんにアイコンタクトで準備をしておけと伝えた。首を傾げてるあたり、多分伝わってないけど。

 こうなったら早いとこ瀧宮に用件だけ伝えて多々良さんと瀧宮を引き合わせよう。あとは勝手に二人がどうにかするだろ。



「瀧宮、ちょっといいか? 大事な話があるんだが」


 

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