第6話 部活



 あぁ……やらかした。恥ずかしいやら、情けないやら、虚しいやら、もうぐっちゃぐちゃだ。


 何が、"俺を待ってた?"だよ。

 マジで気持ちわりぃ。


 本当に全部、瀧宮の言う通りだ。俺は自分本位で自分勝手で自己中のクズだ。自分主観の考え方しか出来なくて、自分の気持ちを勝手に相手に押し付けて、自分の都合で相手を振り回す。

 物語の主人公にでもなったつもりかよ。ご都合主義なんかありゃしねぇのに。

 自己嫌悪で吐きそうになる。

 

 逃げるように瀧宮の席から離れた俺は、気だるい上半身を机に預ける。

 息がしづらかったのでネクタイを緩めたけど、やっぱり呼吸はしづらかった。


 呼吸すら辛かった。

 



*****


 

 いつの間にか午前の授業は終わっていた。

 

 "いつの間にか"と言っても、授業は至って真面目に受けていた。寝てもないし、内職もしてない。

 他の事ばかりを考えていると、目の前の事なんてどうでも良くなるらしい。人間良く出来てるよ、ほんと。

 

 広瀬は、昨日休んでいた友達と昼食を摂るらしく、めでたく俺はぼっち飯だ。トイレに行っても良いんだけど、"それだけは勘弁"と、ミジンコ程度のプライドが最後の抵抗をしてきたので、今日は許してやることにした。

 

 机の上に弁当を広げて、朝作ったノートを取り出す。

 弁当をつまみながら、自分に合いそうな部活を再検討して行く。

 

 今のところ茶道部ぐらいしか候補に上がってない。

 何を選ぶにしても、やはり運動部だけは避けたい。あと、瀧宮がいる部活も避けたい。

 もうあれ以上、嫌な思いはさせたくないし。


 だけど、瀧宮もまだ部活を決めかねているらしい。広瀬がニヤニヤして伝えてきたけど、意図は全く掴めなかった。

 そもそも、アイツが考えて喋ってる事の方が少ないか…。


 ただ瀧宮が決めかねてるとなると、瀧宮が選びそうな部活を避けるしかないか。

 大方バスケだろうけど、他に入りそうな部で言うと………ぅう…ダメだ。瀧宮に才能がありすぎてどの部にいても違和感が無い。特に運動部ならなおのこと。

 

 もう運動部は完全に切り捨てて、文化部一本にするか…。茶道部の他には…天文部とか、文芸部、書道部に料理部か。

 

 一応マークはしたけど、料理も書道もほとんどやったことないし、天文部にはあまり興味が湧かないしなぁ…。だからといって、文芸部も本が好きじゃないと厳しそうだし。

 

 このまま考えるだけじゃダメだ。つべこべ言わずマークした部、全部見学してみるか。



 弁当を無理矢理お茶で流し込み、5限の準備を済ませて寝た。

 


*****



 さぁやってきたぞ。部活選びの時間だ。


 だが落ち着け、俺。今急いで行ったところでどうせ準備中か何かだ。

 ここは教室で15分ほど待ってから行くのがベスト、間違いない。


 5分、10分と経つうちに教室から生徒は居なくなり、15分もすれば教室には俺1人となった。もうそろそろかな。


 足早に教室を飛び出して向かったのは家庭科室。

 

 別棟の階段を駆け上がり、2階の突き当たりまで歩く。


 家庭科室に差し掛かったところで、スパイスの効いた食欲をそそられる香ばしい匂いがしてきた。

 

 高鳴る胸と、鳴る腹。

 俺はワクワクしながら家庭科室の戸を叩いた。




 

 

 あー美味かった。今まで食べてきたカレーの中でもあれは五本の指に入るね。まぁ母さんのカレーには劣るけど。


 でもこの部活はあんま良くないかもしれない。



 先輩たちの肥満率を見る限り、俺のシックスパックがボヨボヨの脂肪まみれになるのには2年も要らなさそうだ。

 

 美味すぎるってのも考えもんだな。


 俺は満腹になった腹を摩りながら、書道部が待つ教室に向かう。





 戸を開いた瞬間に目に入ってきた光景に、思わず息を飲む。


 見たことが無いような大きな模造紙の上で、長身の女性が、丸めた畳にも劣らない大きさの筆を滑らせている。

  

 舞っているようにもみえるその姿は圧巻。

 俺が今まで触れてきた習字が全部嘘だったかと思えるような迫力。

 


 夢幻泡影



 その女性が書いた字は、力強さと儚さを両立させている不思議な字だった。

 彼女が書き終えた時に、思わず拍手をしてしまうくらいにはその世界観に飲まれていた。






 あぁ…俺は自分の才能の無さが憎くて憎くて仕方ない。



 なんだこれ? 本当に字か? 

 俺はふにゃふにゃになった、むげんほーよーを鞄にしまい込んだ。




 次に向かったのは天文部。

 案内されるがままに席に座り、顔を上げる。

 空、否、天井に広がる1面の星? 綺麗だからなんでもいいか。

 


 


 さっきまで暗かった部屋は、目が刺激を受けるほど明るくなり、ここでやっと、俺は自分が寝ていたことに気づいた。

 

 あのアナウンスの男の人の声を不眠症の人に聞かせてあげれば間違いなく治るな。俺が保証する。


 まぁでも、寝てはいたものの星はやっぱり面白い。星座が出来るまでの逸話も聞いていて愉快だし、四季折々の星座を楽しめるのも風情があっていい。


 一週間に1度、22時に集合じゃなければ、俺はこの部に入部してたかもしれない。

 


 

 俺は本命の茶道部にお邪魔している。


 抹茶のいい香りが部屋内に溢れる。

 小さなまんじゅうを2つに分けて口に運ぶ。


 とても美味しい、美味しいんだけど…。

 顧問の先生の目がやばい。あれは間違いなく俺を殺しに来てる目だ。少しの作法のミスも許さない、そんな雰囲気を体から発している。


 

 茶道は…西条さんに習おう。


 


 最後に訪れたのは図書室だった。

 ここで文芸部は活動しているらしい。


 活動…? いや全然人居なくね?


 図書室の中を歩きながら、人を探す。


 かなり広い図書室で、壁と見紛うほどの大きさの本棚が幾つもそそり立っている。

 その本棚の迷宮を抜けると、小さな広間に出た。そこには、小さめの長机が幾つかあった。

 

 机の端の方の席に、爽やかな眼鏡イケメンと、ショートカットの女子が本を持ったまま向かい合って座っている。


 あぁ…なるほどね。


 これは俗に言う、人数の少ない文芸部で…ってやつだな。

 流石にここに割って入るほど、俺は空気が読めない奴じゃない。


 2人の恋が上手くいくように願って、図書室を静かに後にした。




「…はぁ」

 


 結局、どの部もダメだった。

 まぁ正確に言えば、部がダメじゃなくて俺がダメなんだけど。


 うちの学校は、1年の間は必ず何かしらの部に所属しなきゃならない。帰宅部を選べたらどれだけ楽なものか。

 

「あの、勘違いだったら申し訳ないんだけど、君、うちの部に興味ある?」


 廊下で項垂れていると、さっきのイケメンが声をかけてきた。


「あ、いや、まぁ…ええ。はい、興味あります」 

 

 俺が葛藤しながら伝えると、イケメンは目を輝かせた。


「そりゃ良かった! 今、部員が俺を含めて2人しか居なくてさ、このままだと廃部になりかねなくて…。3人居れば部活として成り立つから良かったよ」


 あれ? なんかもう俺入ることになってないか?

 

「あはは、それはそれは…。お力になれて何よりです」

「俺は2年の磯山いそやま颯太そうただ。で、彼女は川原かわはら七海ななみ。よろしくな」

「川原です。よろしくね」


 今更引けないけど…まぁ、このままだと入る部も無かったし、丁度良いか?

 この波を逃したらもう次はない気がする。


「神代翔です。よろしくお願いします。磯山先輩、川原先輩」

「ねぇ聞いた? そうちゃん! 先輩だって! 私たちが先輩だって!」

「はしゃぐなよ、七海…ふふっ。磯山先輩か…」


 なんか距離近くね? やたらベタベタしてるし、腕絡めてるし。これは聞いても大丈夫そうだな。


「あの…失礼な事を承知でお聞きしても宜しいですか?」

「あぁ、なんでも質問していいぞ」

「先輩方ってお付き合いなされてるんですか?」



 まぁー驚いた。2人とも顔真っ赤で、急に距離取り始めるし…。

 なんかムカついてきた。


「神代、違うぞ。七海はただの幼馴染だ」

「そ、そうだよ! そうちゃんは幼馴染なの!」


 あぁなるほど。幼馴染か。はいはい。


「そうでしたか、失礼しました」

「気にするな。じゃあ神代、今から案内するから、荷物はそこに置いておけ」

「はい」



 なんであれ、部活が決まったのは一安心だな。

 メンバーは……まぁ、あれだけど。幽霊部員にでもなればいいかな。どうせ、この2人の居場所を残すための数合わせだろうし。


 一通り説明を聞き終えると、先輩に半強制的に入部届けを提出させられた。

 余程部活を残したかったんだろう。理由は不純極まりないけど、分からんこともないからなぁ。

 






 俺は今日もまた1人、帰路に着く。

 先輩方はまだ残るようで、俺だけ先に帰らしてもらった。まぁ、入ったその日からいきなり活動ってのも珍しいか。



 俺はおもむろにスマホを取り出し、LINEを開く。

 

-よろしく。神代。このグループに入ってくれ。

 

 2人しか居ない文芸部のグループに入るのは、やっぱりどこか気が引けるけど、2人にしておくのも妙にムカついたので、グループに参加した。


 



 家に帰るなり、俺は日課の勉強を済まして、すぐに風呂に入って布団に入った。

 今日は色々有りすぎて疲れていたのもあってか、すぐに眠りに落ちた。

 




 

 朝起きると、アホみたいな量の通知と共に、文芸部のグループメンバーが3人から4人に増えていた。

 

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