第5話 思い上がり?
高校生と聞けば、"青春"だとか、"部活"だとか、"恋愛"だとかの言葉を多くの人が連想すると思う。
まぁ、後者の2つも大きく纏めれば、前者に属されてしまいそうだけど、青春なんて漠然とした物に、細かい定義を決めてしまうことがそもそも野暮な話である。
それはさておき、かくいう俺も、高校生活に淡い期待を抱いていた。
人と関わることを避けている孤高でクールな美女と先生の依頼で部活をしたり、ひょんな事から怪異に出会って吸血鬼もどきの人間になったり、ツンデレなSF少女と終わらない夏休みを送ったり。
…そんな高校生活を期待していた。
どうして過去形かと言えば、実際のところ、何も起きなかったから、としか言い様がない。
まぁ、強いて言えば俺には許嫁がいる。
これは確かに、今のご時世では中々有り得ない話ではあるけれど、2つの大企業の娘と息子がお見合い結婚をする例は少なくない。それに今でも、許嫁がいる家庭はチラホラあるわけだ。
だから、俺は他の男子高校生と対して変わらない。寧ろ、好きになった女子にストーカーと間違われるような行為をしていた気持ちの悪い男だ。
そんな男が青春を送るには、このままではちょーっと…いや、ほぼ不可能だ。いくら待てど暮らせど、自分から行動しないと青春なんて送れない。
ここまでダラダラと、3週間ばかりの高校生活を送っての感想を述べてきた俺が何を言いたいかというと。
今日、4月30日が部活選びの最終日だ。
******
これみよがしに咲き誇っていた桜も、気づけば葉桜と成り果てている。そんな若干の物寂しさを感じさせる並木道をのんびり歩く。今日も1人で登校だ。
ポカポカとした春の陽気に充てられて、少しの間、具体的には昨日の間に限り忘れていことがあった。それは、"深刻な瀧宮不足"。
思い返せば、俺の行動原理の殆どは瀧宮だった。部活選びも、登下校も、休み時間の過ごし方も、それらのどれをとっても瀧宮が絡んでいた。言うまでもなく、そんな俺から瀧宮を抜いてしまえば何も残らない。
全部自業自得だ。
自分がしてきたことの罪の重さは分かっている。瀧宮と必要以上に関わらないと決めた以上は、それを守るつもりだ。それに、俺には許嫁だって居るし。
よし決めた。瀧宮関係無しに、部活は自分の意思で決めよう。
小さな決心をしたところで、丁度学校が見えてきた。案の定かなり早めに着いてしまったようで、教室には誰1人居ない。瀧宮を待ってる時間が無くなるだけで、こんなにも早く着いてしまう事実に驚きながらも、俺はこの時間を有効活用することにした。
ノートを取り出して、この学校に存在する全ての部活を書き並べる。まずは…運動部と文化部、どちらに入部しようか。
はっきり言って、俺は運動音痴だ。
これは苦い記憶だが、初めて出場したバスケの試合で興奮のあまり、自陣のゴールに突っ走って、華麗なシュートを決めてしまう程、いや…これの何がヤバいって、1回外して再びシュートしたことがヤバい。言うまでもなく監督に殴られて、2度と試合に出ることはなかったが。
さぁ…それも踏まえてどうしたものか。
運動部の方が友達を作るのにも長けている気がしなくもないけど……。ただ、運動部に入るとなると、俺の運動神経を度外視しても、大きな問題がある。
皆経験者。これに尽きる。
例えば…サッカー部に入るとしよう。俺はボールを足で触るのが精一杯。周りを見れば、幼い頃からサッカーを続けてきた屈強な精神の持ち主しか居ないわけだ。そもそも、未経験の人間が高校になって新たなスポーツに手を出す事への敷居が高すぎる。
勿論、弓道とかの、中学には中々無い部活に入部するのもそんなに悪くないのかもしれない。
…でも、考えてみて欲しい。
バスケの試合で、自分のゴールに突っ走り、あまつさえそれを外して、もう一度打ち直して決めた男が弓道をしたとなれば、多分、部員を漏れなく全員撃ち殺してしまう。なんとお手軽、殺人鬼の完成だ。
うん。運動部はやめとく。
だからといって、芸術や音楽の才能があるかと言えば、そうでもない。
人を描けばじゃがいも、歌を歌えばジャイアン。
あはは…救いようがねぇや。
それでも、俺自身が書き並べた部活動一覧に、一際目を引くものがある。
茶道部だ。
特別茶道が好きということもないけれど、以前西条さんに教わったことが影響してか、妙に興味がそそられる。
お菓子が食べたいだけの食いしん坊の線も捨て切れないけど、一応、マークをつけておいた。
「おはよー、何してんのー?」
もういい時間なのか、汚い髪色のギャルもどきが現れた。集中し過ぎて周りが見えていなかったのか、気づけば殆どの生徒が揃っていた。
だけど……あれ? 瀧宮が居ない?
「あ、あぁ…おはよ。いやさ、今日が部活選びの最終日だろ? 紙に纏めたら分かり易いかなと思って」
「えぇ!? まだ決めてないの? てっきり、瀧宮さんと同じ部にするのかと思ってたよ」
「部活ぐらい自分で決めるよ。そういう広瀬はもう決めたのか? 部活」
「もち! あたしは陸上一択だね! 走るの好きだし! ハードル超楽しいんだよ? コケたらめちゃくちゃ痛いけど! 神代もどう?」
「生憎だが、俺は運動部はパスだ。いい思い出が無いしな」
「そっかぁ。陸上楽しいんだけどな。先輩も皆いい人だし。…え、じゃあなに? 運動部じゃないって事は文化部?」
「そうだな。今のところは茶道部とか良いかなって思ってる」
「すごー! 良いとこの人みたい! 何? 昔やってたりとか?」
「ちょっとだけな。もう殆ど忘れたけど」
そんな羨望の眼差しを向けられても何も出ないからやめてくれ。恥ずかしい。
「運動が出来る方が余っ程凄いと思うぞ?」
「えー、そっかなぁ? あたし、礼儀作法とか全然分かんないから、神代の方がすごいと思うよー」
「あれだな。隣の芝生は青い、って奴だな」
「そーだねぇー、あ、時間だ」
広瀬の一言と共に古き良きチャイムが告げたのは、学校の始まりの合図だった。
担任が日直に指示を送り、挨拶をする。
ここで、決して小さくない違和感に気づいた。
瀧宮が居ない。
今まで瀧宮が遅刻してきた事は無いし、欠席も一度たりともない。
「あらー。瀧宮さん、お休みかしら? 連絡は無かったはずだけど…。誰か知ってる人いるー?」
誰も知らないようで、皆周りを見渡しては、首を傾げていた。
「ねぇ、神代知らないの? 瀧宮さんと仲良いでしょ?」
「知らないな」
「つまんないの」
広瀬は有益な情報が得られないと分かるなり、すぐに席を戻した。
「まぁ、遅刻かもしれないし、先に始めましょうか」
そうして朝の
「すみません。遅刻しました」
瀧宮が一礼し、すぐに席に座る。
あの瀧宮が遅刻? なにがあったんだ?
他の生徒も俺と同じ疑問を抱いたようで、がやがやと騒ぎ始めた。
騒然とした教室を諌める為に、担任が少し大声で言う。
「少し静かに。全員揃った事ですし、これで朝のHRを終わります」
日直の挨拶でSHRは終わりを迎えた。
瀧宮は周りの生徒の対応に追われているようで、とても忙しそうにしている。
なんであの瀧宮が遅れたか…。
もしかして、俺を待ってたのか?
かなり少ない可能性ではあるけれど、もしそうなのだとしたら。
俺はいてもたっても居られなくなった。
周りの生徒が離れたタイミングを見計らい、瀧宮の席まで向かう。
俺を見た途端に瀧宮の笑顔は消え失せて、俺のメンタルも半壊した。
それでも、これは聞いておきたかった。
「な、なぁ、瀧宮が遅刻したのって、もしかしてだけど、俺を待ってた…とかじゃないよな? もしそうだとしたら…」
俺が言い終える前に、瀧宮は今まで見たことの無いような冷たい視線を向けて、言い放った。
「何を言ってるの? 私はただ寝坊しただけ。私の行動全てがあなたに準拠しているのだと思っているのなら、それは自意識過剰が過ぎると思うのだけれど。本当に、思い上がりも甚だしいわ。あなたって本当に、自分本位で自己中で自分勝手な人間なのね」
返す言葉も無かった。だって、全部瀧宮の言う通りだったから。
「…あぁ、悪い。勝手な思い込みだった。度々迷惑をかけてすまないな」
「…………」
瀧宮は下を向いたまま何も言わなかった。
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