ユエ&ルーメン

 ちょっとした文書の通訳を頼まれて、ユエはジョットと3人ルーメンの執務室に居た。特に何事もなく、ジョットの後に続いて部屋を出ようとしたユエの目の前で、突然ドアがバタンと閉まる。


「わ。びっくりした。風、かな?」

「お怪我はありませんか?」

「大丈夫ですよ」


 一応心配の言葉に笑顔を返して、ドアを開こうとしたのだが……


「……あれ?」


 押しても引いてもびくともしない。きちんとドアに視線を向ければ、妙な張り紙がしてあった。


『キスをするまで出られません』


 一瞬ぽかんとして、それからユエは半眼で振り返った。


「神官サマ! ふざけるのも大概にしてくださいね!」


 ルーメンはきょとんとして、ゆっくりとユエに近づく。張り紙を読んで、もう一度ユエに視線を戻してから、ドアに手をかけた。もちろん、開かない。


「私ではありませんよ?」


 指先をドアに向けて、軽く上下させたけれど、そのまま眉をひそめて少し考え込む。


「反応がありませんね……」

「えー……向こうからなら開くかな?ジョットさん、開けてー!」


 あちらに聞こえているのかいないのか、反応はない。

 ルーメンはふ、と小さく息を吐くとにっこりと笑ってユエを見下ろした。


「キスをすれば、開くのではないですか?」


 ユエはどんどんとドアを叩いていたこぶしを止めて、ルーメンと張り紙を交互に見やった。それからちょっと眉をしかめる。


「マジで。えー……こっちでは、無いと言い切れないのがやだなー。あ、じゃあ、あれ、神官サマの……『祝福』?あれでもいけるんじゃない?」

「では、ユエがここから出られますように」


 流れるようにユエの額にルーメンの唇が触れる。

 けれど、ドアは依然微動だにしなかった。


「だめか……えー。ダメかぁ!」


 やや頭を抱えてから、ユエは開き直ったようにルーメンを見上げた。


「仕方ないもんね。うん。私悪くない。神官サマ、屈んでください」

「ユエがしてくれるのですか?」


 ちょっと意地悪な顔で微笑まれて、ユエは掴んだ神官服から手を離す。

 言うなと言えばルーメンは言わないだろうが、カエルの顔を見るたびににやにやされでもしたら、罪悪感で死にそうになるに違いない。


「え……いや、えっと……」


 とたんに、外の代書屋さんが開かなくなったドアに気付いて、カエルやビヒトさんを呼んでくるかも……などと余計なことが思いつく。


「あー。やっぱり、もうちょっと待とうかな?誰か、開けてくれるかも?」


 ルーメンはくすくすと笑いながら、ドアを振り返った。


「開かないと思いますよ?表にもあの張り紙がないといいですね?」

「怖いことを言わないでください!!」


 自分は仕方ないと諦めもつくけど、カエルはきっと引きずる。仲良くとはいかないけれど、少しずつ歩み寄ってきてるのに……これ以上拗れさせたくない。

 そんなことを考えているユエを見て、ルーメンはわずかに目を細めた。それから、呆れたようにふっと笑う。


「全て、私が悪いと言っておけばいいのですよ」


 延ばされた手はあっという間にユエを捕まえて、掠めるように唇が触れる。

 すぐに少し冷たい指が同じ場所を拭って、憎たらしい微笑みが離れていった。


「事故みたいなものです」

「……こういうのは、誰が悪いわけでもないですよ」

「そう思うのなら、何もなかったと忘れてください」


 ルーメンが手にしたドアはあっさりと開いた。

 ドアの向こうでジョットが「わ。風?」と、驚いた顔で振り返っていた。


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