ルーメン&フォルティス

 外に出ようとして開かないドアに首を傾げるルーメン。首から下げている身分証を使おうとしても、何の反応もない。ドアにはいつの間にか『キスをするまで出られない部屋』と張り紙のようなものがついていた。


「……出られなくなりました」

「は?」


 奥で資料を探していたフォルティスがやってきて、ノブを掴む。

 ガチャガチャと音を立てるものの、ドアは微動だにしない。張り紙を見て、フォルティスは眉をひそめた。


「何の冗談だ?」

「さあ。キスひとつで開くのでしたら、さっさと……」


 隣にいたフォルティスに手をかけると、彼は思わずというように後退った。


「な、何か魔法的な罠じゃないのか?」


 ルーメンは昔、よく閉じ込められていたと聞く。けれど、彼は右目をぼんやり光らせて首を振った。


「違うようですね」

「本当に!?」


 ルーメンの唇に視線を落とし、何か葛藤するフォルティス。


「こういうのは、握手するのとそう変わらないと思うのですが……奥様やお子さんに後ろめたくあるのなら、別に私はこのままでも構いませんよ」

「は?!」


 踵を返したルーメンは書棚に手を伸ばして、口の端を上げながらフォルティスを振り返った。


「出たくなりましたら、いつでもなさってください」


 最初のタイミングを逃したことで、ルーメンが面白がっていると気づいたけれど、すでに後の祭りだった。

 フォルティスが動けば、資料から顔を上げてルーメンが微笑む。

 今まで彼がそういうことを口に乗せても避けてきたフォルティスに、出来るのならやってみろと挑発されている気さえする。

 一度踏み外して、元に戻れるのかも少し自信がなかったフォルティスは、そわそわしながらも踏み出せなかった。


 結局、資料を探すのを再開して没頭することで気を紛らわせた。ルーメンも、ふふと小さく笑った後は紙をめくる音だけが単調に響き続ける。

 しばらく後、聖句が聞こえてフォルティスは我に返った。ルーメンがその場で祈りを捧げていた。

 そんな時間だっただろうかと不思議に思って、彼は時計を身に着けていたことを思い出す。

 鐘の音が聞こえなくとも、その習慣は変わらぬらしい。尊敬と、呆れの念が同時に沸いた。




 そこから3日。不思議とお腹は空かない。

 ルーメンは日に4度の祈りと資料に向かうばかりで、どうにかドアが開かないかと奮闘するフォルティスにも段々興味を示さなくなってきた。


「過去の写しでは言い回しが違っているものがあって、そういうものは意味が違って取れるのですよ」


 と、睡眠を削ってまで読みこもうとする姿に不安になる。

 ここは、こいつを閉じ込めるための部屋なのか、と。


「ルーメン」

「…………は、い」


 呼びかけにも生返事が続き、とうとうフォルティスはルーメンから資料を取り上げた。

 何をするのかと少し眉を顰めるその顎を掬い上げ、しっかりと現実の感触を彼に押し付ける。

 かちりと、ロックの外れるような音が響いた。


「お前はこういう場所に居てはダメだ」


 有無を言わせずルーメンを抱え上げて、フォルティスは忌々し気にドアを蹴り開けた。


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