第14話 啖呵

 全身に金色を纏った男は、舐めまわすような視線でアカネを見ていた。

 それはもうじっくりと、ニヤニヤと。

 男の俺でも気持ち悪いと思ったくらいだ。視線を向けられているアカネなんてかなり……アカネは男を視界に入れることなく、俺の背に隠れた。


「寄るな、変態。さっさと私の前から消えろ」

「おっと。つれないな~。しかし、そういうところも素敵ですね」

「うわっ……」


 見てもいないアカネに向け、片目を瞑る男。

 何故か不快に思った俺の口から声が漏れる。

 俺の声に、男の眉がピクリと反応したが、あくまでも俺の存在には触れようとしない。

 徹底して思考から排除されているようだ。


「それに変態などと……私には、カインセル・フュレーンという名があるのです。是非とも、カインとお呼びください」

「絶対、嫌」


 アカネは俺の背から顔も出そうとしない。

 正直、二人に挟まれているのがいたたまれないのだが。

 カインセルは溜息を吐くと、虫けらでも見るような目で俺を見た。


「君、私とアカネさんの逢瀬を邪魔しないでくれたまえよ。君みたいなのがアカネさんの側にいるだなんて不快だ。疾く、この場から去りなさい」


 カインセルの言葉が正しいとは思えないが、確かに俺を挟んでいるこの状況はおかしいと思う。

 が、後ろの相方に両腕を掴まれた上、魔力による圧力で動けなくなっている。

 離れようにも、うちの相方が放してくれない。


「そもそも、君とアカネさんがパーティー? おかしな話だね。何故アカネさんのような美しく優秀な方が、君のような無能な野蛮人とパーティーを組んでいるんだい? 甚だ疑問だよ。お揃いの装備で見せびらかして、自分が選ばれた人間だと勘違いしてしまったのかい? だとしたら、とんだお馬鹿さんだね。そこは、〝無職〟の無能が居座っていい場所ではないのさ。すぐにでも冒険者を辞めて、家に帰りたまえ。アカネさんは、私のような選ばれた男の隣にいるべきなのさ! 私のような、Bランク冒険者のね!」


 そう言って高笑いを上げる。

 周囲で聞いていた冒険者たちも失笑。

 彼らはカインセルの肩を持つわけではないようだが、俺に対しての不満はあったようだ。

 俺としては〝無職〟だなんだと馬鹿にされることは覚悟していたから、何を言われようがなんの痛痒も感じないが、後ろの相方は違うらしい。

 俺が馬鹿にされているにも関わらず、彼女は悔し気に歯を食いしばり怒りに体を震わせている。

 怒りのあまり魔力が漏れ、建物が揺れ出した。

 ギルド内の異変を感じたシーナさんがギルドマスターの部屋に駆け込んでいく。

 さすがにこのまま放置はまずいかな。そう思った俺は、そっとアカネの手に触れ落ち着かせる。

 それに言われっぱなしというのも性に合わない。反撃がてら、少し煽ってみることにした。


 パチパチパチパチ。

 ゆっくりとした動作で手を打ち鳴らす。

 カインセルが訝し気な視線を向けた。

 相手を煽るのであれば、より厭味ったらしく笑うこと。先生から教えられたことだ。

 夜空に浮かぶ三日月のように口を広げ、笑みを作る。


「さすが、Bランク冒険者様は言うことが違うね。そこまでしてアカネとパーティーを組みたかっただなんて。それとも――そっちの女性たちみたく、無理矢理心を縛り付けてコレクションにでもするつもり?」


 そう言うと、空気が明らかに変わった。

 何を言っているんだという猜疑心、まさかという魔法士たちの疑惑の目。

 何人かは、カインセルの所業に疑問を抱いていたらしい。しかし、Bランク冒険者ということもあり手が出せなかったのだろう。


 カインセルの表情も険しくなっている。

 そんな顔をしていては、図星と取られてもおかしくないのだが。


「……何を言っているのかわからないが……非常に不愉快極まるな。増長した新人がこうも世間知らずでは、多少の躾も致し方あるまい」


 カインセルは、懐から白い手袋を取り出し――俺に向かって投げた。

 周囲から驚きの声が上がる。


「君も冒険者だ。決闘の作法くらいは知っているだろう?」

「ああ、もちろん。それで?」

「私が勝ったら、アカネさんとのパーティー解消及び冒険者登録の抹消、そして私への謝罪に奴隷のように言うことを聞いてもらう。万が一もないが、君が勝てば何でも言うことを聞いてやろう。対決は一週間後。逃げても誰も文句は言わないさ。新人の〝無職〟風情がBランク冒険者である私に勝てるはずもないのだから」

「一週間もいらない。今すぐやろうよ」

「……は?」

「それにぬるいな。甘すぎる。そんなもの賭けにもなってない。決闘だろ? なら――互いの命を賭けよう」


 そう告げると、ギルド内が静まり返った。

 誰もが唖然としている。アカネも何を言っているんだと動揺しているのか、袖を引く力が増した。

 目の前のカインセルも動揺している。


「……正気か? い、命を賭けるなどと……」

「こう見えて、俺たちはれっきとしたパーティーなんで。『大事な女を守るためなら、命を賭せ。全身全霊で守り通せ』って先生の教えだ。アンタがいなくなるだけで相棒の心が軽くなるなら、何だってしてやるよ。……怖いなら別にいいよ。〝新人に決闘を申し込んでおいて逃げ出した臆病者〟。って悪評がついて回るだけさ」

「っ……!? ば、馬鹿にするな! 私が貴様ごときに逃げるなどありえない! 軽々に己の命を賭けたこと、後悔するが良い!」


 カインセルは大股で地下修練場へ向かう

 派手に啖呵を切って煽ってみたが……中々効果的だったようだ。

 ギルドマスターの部屋からを顔を出しているシーナさんが、呆れた表情を浮かべているが、指で小さく丸を作っているのを見ると、ギルドマスターの許可は下りているようだ。


 そうして、俺はカインセルと決闘をすることになった。



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