無職の剣鬼

あげは

序章

プロローグ

 そこは何もない世界。

 無の荒野、暗闇に包まれ、命の輝きはない不毛の星。


 そんな世界に、三柱さんにんの美しい女神が降り立った。


 一人は豊穣を、一人は生命を、そして一人は秩序を司り、それぞれが新たな星を育むために必要な力を持っていた。

 そして女神たちは互いの力を合わせ、死した星を蘇らせることにした。


 豊穣の女神は、陸地の三分の二を綺麗な海へと作り替え、荒れた大地に鮮やかな緑の絨毯を広げた。

 女神によって生み出された植物によって、汚染された空気がみるみるうちに清浄されていく。


 生命の女神は、世界中に命の種をばらまいた。

 いつしか種は芽吹き、様々な生き物が生まれる。

 時間の経過とともに、動物たちは環境の変化に適応し、独自の進化を遂げることとなる。その過程で、〝人〟という種も発生することになる。


 秩序の女神は、新たな星と彼らの豊かな生活を守るため、そして彼らがどのような未来を歩むのか見守ることとした。


 今も、我らの生活を秩序の女神が見守っているのだろう。

 我らを作り出してくれた三女神に、絶えることのない感謝を捧げるのは我らの使命である。

 そのことを決して、忘れてはならない――……。




 ◇◇◇



「――はい、おしまい。って、まだ早かったかな?」


 と、申し訳なさそうに呟く。

 小さな二人の妹たちにせがまれ、創世の御伽噺を読んであげたのだが、この子たちはまだ四歳になったばかり。

 難しい話ばかりで分からなかっただろう。


「そんなことないですわ! ミナはたのしかったです!」


 銀髪のツインテールを振り回し、膝の上ではしゃぐ少女。

 アルミナ・スターツ。スターツ侯爵家に生まれた三女だ。

 とても元気な子で好奇心旺盛。いつも屋敷中を走り回っているような女の子。

 嬉しそうに俺の顔を見上げ、もう一度と催促する姿は何とも可愛らしい。


「……zzZ」


 そしてもう一人。

 アルミナと同じく銀の髪を二つに結び、静かな寝息を立てている少女。

 アルミラ・スタ―ツ。スターツ侯爵家の四女。アルミナとは双子の姉妹だ。

 容姿はそっくりなのだが、性格は真逆。

 元気なアルミナとは違い、大人しく感情の起伏も乏しい。

 俺にもたれかかり幸せそうに眠るミラはとてもカワイイ。


 しかし、この幼い妹たち。四歳にしては非常に賢い女の子だ。

 時折、歳の離れた兄たちが読むような歴史書を読んでいるところを見かける。

 将来どのような偉業を成すのか、とても楽しみだ。


「おにいさま! はやくよんでください!」

「ああ、ごめんごめん。それじゃもう一回最初から――」


 ミナに催促され、最初のページを開くと同時にコンコンと扉がノックされた。


「入っていいよ」

「失礼いたします。アラン様」


 部屋に入り恭しく頭を下げる家令のジルド。

 もう隠居してもいい歳だとは思うのだが、いつまでもスターツ侯爵家に尽くしてくれている。

 ありがたいが、体を労わってほしいとも思う。


「そろそろお時間でございます。ご出発の準備を」

「ああ。もうそんな時間か。すっかり忘れていたよ。……そういうわけだから、ミナ。俺はもう出る準備をしなければならないから、またあとでな」

「……いやですわ」


 ミナはしょんぼりとした顔で首を横に振る。

 こんな顔を見ては罪悪感に苛まれるが、これから大事な用がある。こればかりは仕方ない。

 俺はミナと未だ眠るミラを抱きかかえ、立ち上がる。

 そして二人をベッドに降ろし、頭を撫でながら言う。


「兄ちゃんにとって大事な用があるんだ。我慢してくれ。続きは……帰ってからな」

「……ほんと、ですの?」

「ああ、もちろん。約束だ。だから、仲良くお昼寝でもして待っててくれ」


 約束したからか、ミナの機嫌は戻り隣のミラと同じように丸くなって眠り始めた。

 可愛らしい二人の寝顔を少し眺め、ジルドを伴い部屋を後にした。


「アラン様は、お嬢様方に懐かれておりますな。仲睦まじい御兄妹を見ていると、心が温かくなります」

「いくら腹違いとは言え、家族なんだ。仲良くするのは当たり前だよ。もちろん、爺や使用人のみんなも家族だと思っているよ」

「アラン様……爺は、爺は嬉しゅうございます……っ」

「大袈裟だな。ほら、急がないとフェルに怒られてしまうよ」


 ハンカチで涙を拭う爺に笑いかけ、外で待っているであろう馬車へと向かった。

 多少遅れはしたが、予想の範疇。待機していた使用人たちも、俺の姿を見て笑顔を向けてくれた。

 しかし、その奥には不機嫌な顔で俺を睨みつける少年の姿があった。


「……チッ。遅いぞ。お前の勝手で俺の時間を無駄にするな」


 苛ついているのを隠さず、悪態をつく少年。

 名をフェルドナッド・スターツ。腹違いの弟だ。

 歳が同じせいか、俺たちはいつも比べられて生きてきた。

 自分で言うのもなんだが、大抵のことは簡単にできてしまう俺と違い、弟のフェルドナッドは覚えるのに時間がかかる。

 その分努力していたことを俺は知っているが、評価されるのはいつも俺だった。

 いつも肩身の狭い思いをしていたことだろう。俺は仲良くしたいと思っているのだが、どうやら目の敵にされているようだ。


「フェルドナッド様、そのようなことを――」

「いいんだ。悪いのは俺だからな。待たせてごめんな、フェル」

「……ふんっ。さっさと行くぞ」


 そう言うと、フェルは先に馬車に乗り込んだ。

 兄弟だが、同じ馬車には乗らない。フェルは俺と同じ馬車に乗ることすら嫌がる。

 兄としては少し悲しいが、受け入れるほかない。


 今日は子供たちにとって人生を左右する日。

 フェルの気が逸るのもわからないではない。


「アラン様、どうぞお乗りください」

「ああ、ありがとう。それじゃ行こうか――〝洗礼〟を受けに」




 この時は考えてもみなかった。

 まさか、アランバルド・スターツとして全てを失うことになるなんて――。



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