第7話 お風呂場

 ……あれ? 光っている。

 人面ピーマンを倒したから、このまま夢が終わるのを待つだけかと思ったけど違うみたいだ。

 トムの身体が半透明になって、金色に輝き出した。


「あれ? 僕、光っている? お姉ちゃん、僕、どうなるの?」

「えーっと……」


 僕が分からないのに聞かれても答えられない。

 でも、不安にさせるとマズイかもしれない。


「良い事があるんだよ!」

「良い事?」

「そう、良い事だよ!」

「ふぅーん、そうなんだ」


 多少強引だったけど、何とか誤魔化した。

 それに僕にとって良い事が起きるはずだから嘘じゃない。


「あっ、消えちゃった」


 しばらく金色に輝くトムを見ていると、トムが消えてしまった。

 でも、トムがいた場所の空中に赤色、黄色、青色が綺麗に溶け合った輝く石が浮いていた。

 あれが夢結晶なのかもしれない。


「合格だ。終わったみたいだな」

「……はぁ?」


 二センチ大の綺麗な石を握ると、扉の方から拍手と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 睨みつけるように不機嫌な顔で振り向いた。

 そこには全身びしょ濡れの役立たず妖精が立っていた。


「もう終わったよ。何してたの?」

「冷たい雨に打たれていた」

「はぁ? 何それ?」


 リザベルに質問したら、濡れた黒髪を掻き上げて意味不明な事を言ってきた。

 雨に打たれるだけなら道端の雑草でも出来る。


「それよりも夢が終わるぞ。良い夢に変わると夢は終わるからな」

「へぇー、そうなんだ」

「あと、そのままだと風邪を引くから、夢見の館に戻ったら風呂に入らないとな。風呂は無料だから気にせずに入るんだぞ」


 ……そこは有料でも、お前が払えよ。

 口だけの駄目妖精には夢界の観光案内しか頼れそうにない。


「凄い。まるで世界が壊れているみたいだ」


 すぐにリザベルの言う通り、トムの夢がバラバラと壊れ始めた。

 天井や壁が粉々に砕けて、地面から空に向かって、全てが真っ白に変わっていく。

 大勢の小さな囁き声が次第にハッキリと聞こえてくる。

 気が付いたら、夢見の館の白い床に立っていた。


「あれ? 戻っている」

「初仕事は俺の的確なアドバイスのお陰で上手くいったな。風呂場に案内してやるよ。その姿なら女湯に入れるから楽しめるぞ。良かったな」

「……そうだね。アドバイスがなかったら駄目だったかもね」

「だろ」


 ……はぁ?

 誇らしげに言ってくるクズ妖精に死んだような目で答えた。アドバイス以外は役に立たなかった。

 とりあえず全身びしょ濡れで寒いから、得意な道案内で役に立ってもらおう。

 夢見の館に出ると、白い煙突が二本立っている大きな赤色の建物に入った。


 一階建ての四角い建物は高さはないけど、とても広い。

 白い床に白い長椅子が沢山置かれていて、座っている人や寝転んでいる人が七十人近くいる。

 

「ここのお湯は傷を回復させる効果もあるから、ゆっくりと入るんだぞ。それともっとも重要なのは可愛い女の子と友達になる事だ。一人と言わずに五人ぐらいとなってもいいからな」

「そんなに簡単になれないよ。それよりも服はどうすればいいの?」


 クズ妖精が赤い扉を指差して教えてくれる。

 筋肉ムキムキの像が立っている青色の扉が男湯、胸の大きな像が立っている赤色の扉が女湯みたいだ。

 女の子の友達を作るのも重要かもしれないけど、今は濡れた服をどうにかしたい。

 

「それなら中に洗濯してくれる棚がある。その棚に服を入れておけば、風呂に入っている間に綺麗にしてくれるぞ。洗濯も無料だし、タオルも無料だ。遠慮なく使うんだな」

「そこまでタダなんだ。だったら食事もタダなの?」

「流石に食事は有料だろ。でも、女の子が入ったお湯なら無料で飲めるから、腹一杯飲んでもいいぞ。大人になったら飲めないからな」

「……うん、分かった。もう聞く事ないから行くね」

「ああ、先に上がっても、ここで待っておくんだぞ」


 聞きたい事は沢山あるけど、変態妖精からはもう何も聞きたくない。

 あとの事は女湯にいる人に聞いてみよう。とくに濡れた靴も服と一緒に綺麗になるのか聞きたい。

 リザベルと分かれると赤い扉の女湯の中に入った。


 ♢


「靴はここで脱ぐみたいだ」


 赤い扉を開けて中に入ると、真っ直ぐに伸びる通路の左右の壁に『靴入れ』と書かれた戸棚が沢山あった。

 正方形の戸棚と長方形の戸棚があるから、靴の大きさに合わせて使うみたいだ。

 バラバラにある黒色と白色の戸棚の違いが分からないけど、黒色の戸棚は開かない。

 黒色が使用中という意味みたいだ。


 正方形の白色の戸棚を開けると、その中に白の紐付き茶革ブーツを入れてみた。

 靴を入れると、戸棚の戸が白色から黒色に変わった。その後は何も起きない。


「あれ? これだけ? どうやって取り出すんだろう……」


 さっき調べた黒色の戸は開けられなかった。開け方が分からないと靴を買わないといけない。

 戸棚に『68』と番号が書かれているから、これに意味があるのかもしれない。

 でも、戸棚の開け方はすぐに分かった。


「あっーあ、さっぱりした。何か甘い物食べたい」

「食べ物なら、地上でも食べられるんだから、お金を使うのは勿体ないわよ」

「結局、どっちもお金を使うから一緒だよ。早く食べに行こう」


 お風呂から上がった女の子二人が、黒色の戸を普通に手で開けて靴を取り出した。

 僕も試しに68番の戸を引っ張ると簡単に開いた。


 ……なるほど。自分の戸棚は開けられるんだ。

 自分の戸棚だけがどうして開くのか分からないけど、人面ピーマンが歩く世界だ。

 おかしいと考えるだけ時間が勿体ない。真っ直ぐに伸びる通路を裸足で歩いていく。

 壁にぶつかると、右に曲がって進んでいく。すぐに扉が付いてない広い部屋に到着した。


「にゃ⁉︎」


 ……裸の女の子がいっぱいいる⁉︎

 分かっていた事だけど、女の子しかいない。パッと見て四十人以上はいる。

 服を脱いでいる女の子と、服を着ようとしている女の子しかいない。

 服を着る場所だけでこんなに多いなら、お風呂場はもっと多そうだ。


「この姿のまま戻れれば、モテモテなんだけどなぁー」

「お母さんに聞いたけど、綺麗になる食べ物があるらしいわよ」

「えっー、本当⁉︎ そんなのあったら絶対に買っちゃうよぉー!」


「新しい香水買っちゃった。どう? いい匂いでしょう?」

「うーん? 甘い匂いしかしないよ」

「それが良いのよ。この匂いに可愛い動物が寄ってくるらしいわよ」


 出来るだけ聞かないように見ないようにしながら、洗濯してくれる棚を探してみた。

 部屋は広く、部屋の真ん中に三段に重なった白色と赤色の戸棚が何列も並んでいる。


 でも、あるのは服を入れる戸棚だけみたいだ。

 洗濯用の棚が分からないので、誰かに聞かないといけない。

 服を着終わった女の子に聞いてみた。


「すみません。濡れた服を綺麗にしてくれる棚はお風呂場にありますか?」

「んっ? ああ、それなら左右の壁の戸棚の中に入れればいいよ。十分もあれば綺麗になるから。真ん中の戸棚は洗いたくない物を入れる棚だよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 毛先の方だけ僕と同じ水色髪で、他は黒髪の女の子が丁寧に教えてくれた。

 言われてみたら、真ん中の戸棚よりも壁の戸棚の戸の方が大きい。

 

「あなた、夢界に来たばかりでしょう? 私はフェルト。困った事があったら、いつでも聞いていいからね」

「はい。えーっと……ルイカです。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 今、適当に名前を入れ替えて、女の子っぽい名前を作ったけど大丈夫みたいだ。

 それに棚を聞いただけで友達になれた。確かにこれなら、五人ぐらいと簡単に友達になれそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る