第6話 緑色の怪物
「僕はカイル。君の名前は?」
「トムだよ。ねぇ、男みたいな名前だけど、お姉ちゃんじゃないの? 女の子が僕って言うのは変だよ」
「あっははは、そうだねぇ」
毛布を被っている子供に名前を聞いた。
僕の名前が気になったみたいだけど、笑って誤魔化した。
変態妖精の所為だから仕方ない。あとでおかしくない女の子の名前を考えておこう。
「それよりもトム君。お父さんとお母さんはどこにいるの? 町には他に人はいないのかな?」
「お父さんもお母さんも緑のアイツに食べられちゃった。町の皆んなも緑のアイツに……」
……緑のアイツ? 怪物の事かな?
トムは怖そうに身体を震わせながら話してくれたけど、ここは夢の中だ。
現実がどうなのかは分からない。もしかすると本当に、お父さんもお母さんもいないのかもしれない。
でも、現実の問題はどうする事も出来ないので、緑のアイツの事を聞いてみた。
「その緑のアイツが怖いんだね? 大丈夫、お姉ちゃんが倒してあげるから!」
「無理だよ。お姉ちゃんも食べられちゃうよ」
「大丈夫だよ。その緑のアイツはどんな怪物なの? 一人なの? 大勢なの?」
よく分からないけど、多分、緑のアイツを倒せば悪夢を良い夢に変えられると思う。
「アイツは一人だよ。緑色の大きな身体をしていて、手には大きな銀色のフォークを持っているんだ。そのフォークで人を刺して、大きな口でムシャムシャ食べるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
倒せると自信満々に言ってしまったけど、トムの話を聞いて、ちょっと怖くなってしまった。
フォークを持った口裂け大男を倒せる自信はない。武器がないと怖くて無理だ。
剣を持っていても無理だから、杖を買って、遠くから魔法で倒したい。
「お姉ちゃんも早く隠れた方がいいよ。アイツに見つかったら食べられちゃ——」
ギィ、ギィ、ギィ!
「ひぃっ⁉︎」
トムが話している途中だったけど、床板が軋む音が聞こえてきた。
家の中に誰かいるみたいだ。リザベルが入って来たのかと思ったけど違うみたいだ。
「アイツが来たぁ⁉︎ お姉ちゃん、早く扉を閉めてぇ⁉︎」
「う、うん!」
恐怖に顔を歪めたトムが早口で言ってきたので、言われた通りに部屋の扉を急いで閉めた。
扉は外開きで鍵が付いて無いから、外から力尽くで開けようと思えば簡単に出来る。
こんな危険な部屋からは早く脱出した方がいい。
「トム君、この部屋は危ないから、窓から外に出よう」
「駄目だよ! 外に出たら、アイツのヨダレ雨で身体がドロドロに溶けちゃうよ!」
「えっ? そうなの?」
外に逃げようと言ったら断られてしまった。
ヨダレ雨とは雨の事だと思うけど、僕は全然平気だ。
トムの身体だけを溶かす特別な雨なのかもしれない。
だとしたら、この危険な部屋に立て篭もらないといけない。
……立て篭もれないけど。
「大丈夫だから。大丈夫だからね」
怯えるトムを励ます。ギィギィと何かが部屋に近づいてくるのが分かる。
扉の取っ手をしっかり持って、扉が開かないようにする。
緑の怪物からトムを守ればいいとは思うけど、夢の中だからトムが死んでも問題ない。
僕が死ぬ方が問題だ。死んだらもう夢界に来れなくなってしまう。
「お姉ちゃん?」
……ごめん! トム君!
心の中で謝ると扉から離れて、タンスを開けてその中に隠れた。
怪物もベッドの上で毛布を被っているトムの方から先に襲うはずだ。
……来た!
部屋の扉がギィィィとゆっくりと開いていく。
タンスの扉を少しだけ開けて、その隙間から緑色の怪物の姿を確認する。
銀色の大きなフォークが見えた。歪んだ四角い緑色の身体に手足と大きな目と口が付いている。
確かに怖いけど、その見た目はどう見ても『ピーマン』だ。
「好き嫌い言わずに食べなさぁーい。食べないと大きくなれないわよぉー」
「嫌だ! 来るな! あっちに行け! お姉ちゃん、助けて!」
フォークの先端をトムに向けて、人面ピーマンは女性の声で喋りながら近づいていく。
トムはベッドから飛び降りると、左横にある僕の隠れているタンスの前に座り込んだ。
そして、タンスをドンドン叩きながら、僕に大声で助けを求めてきた。
……ちょっとやめてよ⁉︎ 僕まで見つかるでしょう⁉︎
トムが必死に助けを求めてくるけど、巨大フォークを持った人面ピーマンは怖いから無理だ。
「ピーマン食べない悪い子の所には、怖い怪物がやって来るんだからねぇー」
「お姉ちゃん、助けて! 殺されちゃう! 殺されちゃうよ!」
タンスが激しく叩かれるけど耳を塞いで、『ごめんなさい!』と頭の中で何度も謝る。
トムには悪いけど、人面ピーマンに殺されてもらう。それでこの悪夢も終わる。
僕には人面ピーマンを倒す勇気も力もない。
「えっ?」
でも、それは許されなかった。タンスの扉が音も無く開いていく。
恐る恐る顔を上げて前を見ると、人面ピーマンの大きな黒い目と目が合ってしまった。
「ひぃっ⁉︎」
「あなた、誰? どうして、この家にいるの?」
「ぎゃあああッッ‼︎」
悲鳴を上げて後ろに後退りするけど、ドンと後ろはタンスの壁だった。逃げられない。
でも、人面ピーマンが僕の悲鳴に怯んだ。後ろと左右に逃げられないなら、前に逃げるしかない。
両足にグッと力を入れて、両腕で頭をガードして、座った体勢から人面ピーマンに向かって体当たりした。
「ヤァッ!」
「ぐふっ!」
ドフッと体当たりが直撃して、人面ピーマンが呻き声を上げてベッドの上に倒れた。
体当たりの衝撃で僕は床に倒れたけど、人面ピーマンの手から巨大フォークが離れて床に落ちた。
身体は大きいのにヌイグルミのように軽い。倒せるかもしれない。
床に落ちているフォークを拾うと、急いで立ち上がった。
「トム君、僕の後ろに隠れて! 僕が守ってあげるから!」
「う、うん!」
フォークを持った両腕をプルプル震わせながら、毛布を被ったままのトムに言った。
銀色のフォークは金属で出来ているのか重たい。突くのは出来そうだけど、振り回すのは難しい。
だけど、今度は見捨てずに勇敢に立ち向かいたい。
「ううーん、痛いわね。あなた、悪い子ね。悪い子はお仕置きしないと。真っ二つに切って、串で刺して、焼くの。きっと美味しくなれるわよ」
ベッドに仰向けに倒れていた人面ピーマンが、平然と立ち上がると怖い事を言ってきた。
フォークを人面ピーマンに構えたまま、扉の方に退がっていく。
中身がヌイグルミと同じなら、体当たりなんて効かない。バラバラに切るか、焼くしかない。
……逃げちゃ駄目だ。ここまでやったんだ。ピーマン倒して良い夢にしないと。
逃げたいけど、ここで逃げたら良い夢にならない。
人面ピーマンを倒して、トムに人面ピーマンなんて怖くないと教えたい。
「お、お前なんて怖くない。来るなら掛かって来い!」
「キェエエエエ!」
「うわあああッッ‼︎」
ちょっと強く言ってみただけなのに、人面ピーマンが奇声を上げて突っ込んできた。
両手でフォークを強く握り締めて、慌てて人面ピーマンの眉間を狙って突き出した。
「ぎゃあああッッ‼︎ ゔゔゔゔああッッ‼︎」
グサッと嫌な感触が両腕に伝わってきた。
両目の間にフォークが突き刺さった状態で、人面ピーマンが叫んで暴れて血を撒き散らしている。
獰猛な犬が串刺しになりながらも、僕に噛み付こうと暴れているようで凄い怖い。
「うぐぐぐぐ! トム君もピーマンを倒すのを手伝って! 僕一人じゃ倒せない!」
フォークを強く握り締めて、「こっちに来るな!」と頑張って押し返すけど、一人じゃ無理だ。
僕の後ろで怯えているトムに協力を頼んだ。小さな力でも一人よりは二人の方が強い。
「えっ? 僕も……」
「そうだよ。お姉ちゃんと一緒にピーマンを倒そう! お父さんとお母さんの仇を取るんだ!」
「でも、僕、怖い……」
怖いのは僕も分かるけど、人面ピーマンが両手でフォークを握って奪い取ろうとしている。
怖がっている時間も迷っている時間もない。
「怖くても逃げちゃ駄目なんだ! トム君が手伝ってくれないと一緒に食べられちゃうよ! 早く手伝って!」
「う、うん!」
ちょっと脅してしまったけど、本当の事だから仕方ない。
食べられると言われて、トムは毛布から飛び出して僕の背中を両手で押し始めた。
本当は隣に立って、フォークの柄を握って押して欲しいけど、それは怖くて無理みたいだ。
「食べろ食べろ食べろ食べろ食べろぉー‼︎」
「行くよ! 全力でピーマンを窓の外に追い出すんだ!」
「うん!」
「1、2、3、ヤァッ‼︎」
グググッと力を入れているのに、人面ピーマンが凄い力でフォークを奪い取ろうとする。
後ろのトムに呼びかけると、タイミングを合わせて一気にフォークを前に押していく。
人面ピーマンの身体が浮いて、窓に一直線に向かっていく。
「ぐぅぎゃあ‼︎」
ガシャン‼︎ と持ち上げ式の窓ガラスが派手に壊れた。
カーテンと一緒に人面ピーマンの身体が窓枠の中に押し込まれていく。
窓枠の中で暴れているけど、窓の外に向かって、フォークをグッ、グッと押し込んでいく。
……ここで負けたら駄目だ。
「トム君! もっと強く押して! 絶対に倒すよ!」
「うん、任せて! もうピーマンなんて怖くない!」
「よし、行くよ!」
後ろに隠れているトムに言うと、元気に背中を押して応えてくれた。
子供二人掛かりで押して押して押しまくる。
人面ピーマンは両手足をジタバタと暴れさせて抵抗するけど、抵抗する力が少しずつ落ちてきた。
「あぐっ、うぅぅ……」
「もう一押しだよ!」
「うん!」
二人で力を振り絞って、最後の一押しをする。
そして、遂に力尽きたのか、人面ピーマンの両手足がガクッと崩れ落ちた。
しばらく待ったけど、窓枠に嵌った人面ピーマンはピクリとも動かなかった。
「や、やった! ピーマンを倒したぞ!」
「うん! ピーマンを倒したよ!」
勝利を確信してフォークから手を離した。トムと手を握り合って二人で喜んだ。
これで良い夢になったはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます