第5話 雨が降る町

「わあああぁー!」


 水溜りだらけの地面を叫びながら走って、屋根のある木造の建物の下に逃げ込んだ。

 

「もぉー、最悪! ビショビショだよ!」


 最初の仕事で服がビショ濡れになるとは思わなかった。

 寒くて風邪を引いてしまいそうだ。


「人の気配がしない。これは悪夢だな」

「悪夢?」


 雨に濡れるのを気にしないで、リザベルはゆっくりと屋根の下まで歩いてきた。

 悪夢ならば、昨日の夜に僕も起きたまま見たばかりだ。


「大雨は悪い夢が多いからな。問題を抱えていて、何とか解決したいと思っているやつがよく見る。問題を見つけて解決すれば、夢結晶が手に入るぞ」

「問題を見つけるって、どうすればいいの?」

「そんなの簡単だ。まずはこの夢を見ている人間を探して話を聞く。人がいないから簡単に見つけられるはずだ。とりあえず手分けして家を一軒ずつ調べようぜ」

「一軒ずつって……」


 簡単に家を調べると言うけど、同じ形の平屋の建物が沢山並んでいる。

 この中から夢が終わるまでに人を探すのは難しいと思う。

 しかも、問題まで解決しないと駄目ならもっと難しい。


「だから言ったろ。パートナーがいた方が夢結晶を集めやすいって。同じ家しかないように見えて、必ず特別な家がある。その家を見つけるんだ」

「特別な家ねぇー、例えばどんな感じに特別なの?」


 パートナーはいないからどうしようもないけど、初仕事は成功させたい。

 リザベルに探すコツみたいなものがあるのか聞いてみた。


「分かりやすいのは家の色や形。あとは匂いや家具の配置とか微妙な感じもある。それに家の中にいない場合もある」

「……よるするにおかしな家を探しながら、家の外も探せばいいんだね?」


 色や形ならすぐに分かるけど、匂いは雨の匂いしかしない。

 家の家具は窓から家の中が見えるけど、家具は一つも置いてない。


「まあ、そういう事だな。どうせずぶ濡れになるんだから、冷たくて気持ち良いと思うしかないぞ。じゃあ、俺はこっち側を探すからな。反対側は頼むぜ」

「うん、分かった」


 ……この家は探さないんだ。

 リザベルは雨宿りしている家を調べもせずに、雨の中に飛び出していった。

 ちょっとはコツが分かったような気がするけど、この家と他の家の違いが分からない。


「あれ? 開かない……」


 もしかして、僕に調べさせるつもりなのかと思ったけど違ったようだ。

 家の木扉を開けようとしたら、壁かと思うぐらいにビクともしない。

 窓ガラスを脱いだ靴でガンガン叩いてみたけど、全然壊れない。


「特別な家にしか入れないのかな?」


 家の中を探さないで済んだけど、雨の中を歩いて探さないといけないみたいだ。

 濡れる覚悟を決めると屋根の外に出た。


「うぅぅ、痛いし、冷たいよぉー!」


 フード付きの白い服のフードを頭に被る。でも、短い黒スカートの下は防御できてない。

 薄い生地の長い黒靴下が濡れて、肌に引っ付いて気持ち悪い。これなら脱いだ方がいい。

 靴を脱いで、パパッと長靴下を脱ぐと上着のポケットの中に入れた。これで少しはマシになった。


「よし、早く探して夢から出よう」


 このまま夢が終わって、ずぶ濡れで帰りたくない。

 リザベルに言われた通り、特別な家を探していく。

 扉を開けようとするけど、やっぱり開かない。


「こういう時は基本通り、高い所から探してみようかな?」


 窓枠に足を乗せれば、今の身長なら屋根の端を掴めそうだ。

「おっとと」と滑りそうになりながらも、何とか傾斜の緩やかな三角屋根の上に登ってみた。

 屋根の上を歩いて周囲をグルッと見回してみる。だけど、同じ形の茶色い家しか見つからない。

 窓に灯りは見えないし、不自然に雨が止んでいる場所も強くなっている場所もない。


「はぁぁ、仕事って、こんなに難しいなら僕には無理だよ」


 苦労して屋根に登ったのに、町の全体像が少し分かっただけだった。

 こうなったら、リザベルに頼るしかないけど、あれに頼ろうと考えた時点で終わりだ。

 自分で頑張るしかない。


 屋根から降りると、家の窓から中を見て回る。

 家の外観に違いがないなら、あとは家の中の違いしかない。

 でも、窓から見えるどの家も、やっぱり家具一つ置いてない。


「うぅぅ、寒い。これで雨じゃなくて、猛吹雪だったら死んでいるよ」


 ブルブルと震えながら大雨の中を歩いていく。夢の世界に寒さなんて必要ないと思う。

 お母さんの話では妖精も死ぬそうだ。こんな危険な仕事をするなんて正気じゃない。

 でも、あの変態妖精は最初から正気じゃなかった。

 きっと、この仕事は優秀な妖精じゃなくて、正気じゃない妖精がやる仕事だと思う。


「んっ? 何か聞こえる?」


 雨音に混ざって、キィ、キィ、キィと木が擦れるような音が聞こえる。

 耳を澄ませて、音が聞こえてくる場所を探して歩き回る。

 そして、家の扉が僅かに開いて、前後に不自然に揺れている家を見つけてしまった。


「扉が開いている……」


 ……この家、絶対に幽霊が住んでいる家だよ。

 雨に打たれてとっくに鳥肌が立っているけど、不気味な家の所為でさらにブルブルと身震いしてしまう。

 それでも恐る恐る家に近づいて、窓から家の中を覗き込んだ。

 この家の中だけ、生活しているみたいに家具が置かれている。


 ……どうしよう⁉︎ どうすればいいんだ?

 こんな怖い家に一人で入りたくない。三つある窓の二つには、カーテンが閉められていて中が見えない。

 この家の窓ガラスなら割れそうだけど、良い夢にしないといけないのに、それをやったら怖い夢になりそうだ。


「し、仕方ない。時間制限もあるんだから、僕が入って調べないと」


 勇気を出して「失礼しまぁーす」と言うと、扉を開けて家の中に入った。

 家の中だから雨には打たれないけど、ピチャン、ピチャンと所々雨漏りしている。

 軋む床板をギィギィ鳴らしながら、薄暗い家の中を進んでいく。

 ……怖くない、怖くない。


「すみませぇーん。誰かいますかぁー?」


 部屋の扉をゆっくりと開けて、部屋の中に小さな声で呼びかける。

 夢の中でも人の家だ。挨拶と礼儀は大切だと思う。

 でも、返事は返ってこない。

「失礼しまぁーす」と遠慮しながら扉を開けて、カーテンが閉まっていた部屋に入った。


 ……誰もいないのかな?

 部屋の中には誰もいないけど、ベッドの下と細長い大きなタンスの中には隠れられそうだ。

 ベッドの下は離れたから所から床にしゃがみ込んで見えるけど、誰もいない。

 あとはタンスの中だけど、開けるのは怖いので、コンコンとノックして呼びかける。


「入ってますか? 入ってますか?」


 何度もコンコンと叩いて呼びかけるけど、反応は何もない。

『開けたら駄目だ。開けたら駄目だ』と思いながらも、確かめないと駄目なのは分かっている。

 横開きのタンスに付いている古びた金属の持ち手を引いてみた。

 ガチャと音がして、開いたタンスの中には洋服どころか何も入っていなかった。


「ふぅー、次の部屋で最後だ」


 タンスの中から何も飛び出して来なかったけど、まだ調べていない部屋が一部屋残っている。

 誰かいるとしたら、その部屋しかない。

 部屋から出ると、調べてない部屋の扉をゆっくり開けて小声で話しかける。


「すみませぇーん。誰かいますかぁー?」


 でも、さっきの部屋と同じで反応が返ってこない。

『もしかして、誰もいないとか?』と思いながらも調べないと分からない。

「失礼しまぁーす」と言って、部屋の中に入った。


 ……えっ、何あれ?

 部屋の中にはさっきの部屋と同じようにベッドとタンス、机と椅子があった。

 少し違う点があるとしたら、ベッドの上に毛布の大きな山がある事だ。

 まるで、ベッドの上に人が座っていて、毛布を頭から被っているみたいに見える。


「すみません。もしかして、この家の人ですか?」

「……お姉ちゃん、誰?」

「ひぃっ⁉︎ あっ、ごめん! 怪しい者じゃないから!」


 毛布に話しかけると、スポッと小さな頭が毛布から飛び出してきた。

 ビックリして悲鳴を上げてしまったけど、すぐに六歳ぐらいの男の子だと分かって謝った。

 この子供がこの夢を見ているみたいだ。

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