第4話 夢界の街

 緑の丘を登ったり降りたりして、白く高い壁に囲まれた街の入り口に到着した。


「はぁぁ、やっと到着したよ」

「ご苦労さん。安心しろよ、次に来る時は街の中だから。さあ、早く入ろうぜ」


 白い壁に開いたアーチ型の門をリザベルは、疲れている僕に構わずに通り抜けていく。

 もうちょっと地面に座って休憩したいけど、離れて迷子になると大変だ。

「ちょっと待ってよ!」と言いながら、頑張って追いかけた。


「うわぁー! 凄い! 本当に街があるよ!」

「街の名前は『アイナリンド』。地上で見る羽の生えた小さい妖精は、力の無い下級妖精の仮の姿だ。今見えている姿が本来の妖精の姿になる。まあ、優秀な俺には関係……」


 リザベルが街を説明しているけど、そんなのはどうでもいい。

 確かに小さな妖精はどこにもいないけど、見た事がない人や物がたくさんある。


 動物の耳や尻尾がある人、全身が動物の人、手や背中に翼がある人がいる。

 街の建物は赤・青・黄・緑・白・ピンク色の煉瓦を積み上げられて作られている。

 お店で売られている食べ物や工芸品みたいな物は見た事がない。

 変な色をした変な形の謎の置き物がある。水も無いのに鳥籠の中を魚達が泳いでいる。


「これは何なの?」


 黄色の建物に並んでいた果物を指差して、リザベルに聞いてみた。

 宝石のように赤く輝くリンゴには金色の編み目が付いている。


「多分、果物だな。夢結晶から作った物を売っているんだ。味は食べてみないと分からないな。肉や魚の味がする場合もある」

「へぇー、そうなんだ」


 リザベルは教えてくれたけど、果物じゃない可能性もあるみたいだ。

 ちょっと興味があるから食べたいけど、お金がない。

 早く夢見の館で夢結晶を集めて、お買い物がしたい。


「ねぇ、夢見の館はどこにあるの? 早く夢結晶を集めようよ」

「いいけど、朝から寝ているやつは少ないぞ。普通、夢を見るのは夜だ」

「じゃあ、何で連れて来たんだよ?」


 ちょっと怒って聞いてしまった。だったら、夜に来ればいい。

 朝から人の家に上がり込んで、朝ご飯を食べていた理由を教えて欲しい。

 ……まあ、僕が夜に無視したのが原因かもしれないけど。


「最初に言っただろう。今日は見学だって。その身体にも慣れさせないといけないし、夢界のルールも教えないといけない。一直線に夢見の館を目指すのは素人妖精がやる事だ」

「そうなの? じゃあ、早く教えてよ」


 教えてくれた理由に納得は出来ないけど、身体に慣れていないのは事実だ。

 仕方ないので、夢界のルールとやらを聞く事にした。


「やれやれ、そんなに急かさなくても夢見の館には行くから安心しろよ。色々と話す事があるから、あの長椅子に座るぞ」


 リザベルが指差している方向には、三人ぐらいが座れそうな白色の長椅子が置かれている。

 こういう道に置かれた長椅子は自由に使っていいみたいだ。

 座ってみるとフワフワと雲を触った時の感触に似ていた。

 ……これ、家に持って帰ったら駄目かな?


「まずは街の外には出ない事だ。凶暴な生物が沢山いるから食われてしまう」

「街の外には出ないだね。分かった。他には何があるの?」


 簡単なルールだったので、雲の長椅子を触りながら、次のルールを聞いた。


「次は武器だ。剣とか杖が店に並んでいるだろう? 夢見の扉の中には怪物がいる。そいつらを倒すには武器が必要だ。一般的に剣を使う戦士と杖の魔法を使う魔法使いがいる。まずはどちらになるか決める事だ」

「戦士と魔法使いか……両方は駄目なの?」

「欲張りだな。駄目じゃないが役割分担した方が楽だぞ。夢見の扉には妖精を含めて四人までなら入れる。分け前は減るが、確実に夢結晶を手に入れるなら、パートナーを作るのが一番だ」

「パートナーねぇ……」


 戦士と魔法使いなら、剣を振り回す方がカッコいいとは思うけど、パートナーは分からない。

 街の中を色鮮やかな派手な服を着た人達や、武器を持って歩いている人達が沢山いる。

 この中から誰か一人を決めるのはちょっと難しい。


「まあ、難しく考える必要ないぜ。夢見の館にはお前と同じように仕事に来ている子供が沢山いる。その中から可愛い女の子を選べばいいんだよ。女同士なら警戒心無しですぐに友達になれるぜ。でも、現実の姿は可愛くない場合があるから気を付けるんだぞ」

「はいはい、分かったよ。他に何か教えたい事とかあるの?」


 とりあえず女の子の友達を作ればいいみたいだ。

 確かにこんな変態妖精と二人っきりで仕事したくないから、大賛成だ。


「今のところはないな。それに武器を買う金もない。まずは夢結晶を集めないと何も出来ないな」

「だったら夢見の館に早く行こうよ」


 結局は夢見の館に行かないと何も出来ないみたいだ。

 長椅子に座ったのが無駄だと分かって立ち上がった。


「おいおい、ミリアさんに『人の話は最後まで聞きましょう』と教えてもらわなかったのか?」

「まだ何か言いたい事でもあるの?」


 人じゃなくて妖精だけど、一応は聞いてみた。

 それにお母さんには、知らない人と危ない人には関わらない方がいいと言われている。


「ああ、ある。いいか、よく聞けよ。無いなら貰えばいいんだ。困っている顔をして男に近づけば、夢結晶の一つや二つは簡単にくれる。あとはキスして胸を触らせれば、それこそ持っている……」


 ……さあ、行こう、行こう。

 これ以上、変態妖精の話を聞くだけ時間の無駄だとハッキリと分かった。

 夢見の館の場所は他の人に聞いた方が早そうだ。リザベルを長椅子に置いて歩き出した。


「ちょっ⁉︎ 何処に行くんだ? まだ話は終わってないぞ!」


 リザベルが追いかけてくるけど、僕の中では完全に終わっている。

 言われた通りにパートナーだけは見つけよう。

 その人の妖精に夢界への送り迎えを頼んだ方が百倍マシだ。


 ♢


「ここが夢見の館だ」


 結局、追いつかれたリザベルに案内される事になった。

 夢見の館とは言うけど、入り口のある巨大な虹色円柱が立っているだけだ。

 その巨大な建物に早速入ってみた。


「凄い……これ全部が夢見の扉なの?」


 リザベルは朝は扉が少ないと言っていたけど、僕の目には沢山の扉が見える。

 円柱の建物は中は空洞で、壁には階段と通路があり、色々な色の扉が横と縦にビッシリと並んでいる。

 一階だけでも、扉の数は二百近くあると思う。建物の天辺は見えないから、とても一人じゃ回れない。


「ああ、そうだぜ。でも、夢には時間制限があるから気を付けた方がいい。赤の扉は攻撃的な夢、青の扉は悲しい夢が多い。そして、鎖と鍵が付けられた扉は開けたら駄目な夢だ」

「入ったら駄目な夢があるの?」


 よく見れば、ピンク色の扉や真っ黒な扉には鎖が付けられている。

 あれだと入れないけど、入ったら駄目だと言われたら気になってしまう。

 

「ああ、とくにピンク色の扉には絶対に入ったら駄目だ。たまに鎖が付けられる前に入る子供がいるけど、危険な怪物が現れるから絶対に正気じゃ戻れない。絶対に入ったら駄目だぞ」

「う、うん、分かった。絶対に入らないよ」


 真剣な顔で言っているから、本当に入ったら駄目な扉みたいだ。


「良い子だ。狙い目は黄色の扉だな。食べ物関係の夢が多い」

「黄色の扉だね。うーん、あっ! あそこにあったよ!」


 言われた通りに黄色の扉を探すと、三階に黄色の扉を見つけた。

 扉を指差して、リザベルに教えた。


「あれは駄目だな。もう間に合わない」

「あっ、本当だ」


 でも、扉は早い者勝ちのようだ。

 腰に剣を付けた男が隣を飛んでいる大きな妖精と、急いで扉を開けて入ってしまった。

 そして、扉が閉まると扉は消えてしまった。


「あれは悪い例だ。基本は手当たり次第に入る事だ。夢には消えるまでの制限時間があるから、探す時間よりも夢の中にいる時間の方が重要だ」

「そうなんだ……だったら、あれでいいかな?」


 何でもいいなら、一階にある緑色の扉に入る事にした。

 階段を上り下りするのは疲れるし、一階は一番人が多いから、賑やかで安心感がある。


「うわぁー、大雨が降ってるよ」


 ザァー。ザァー。

 緑色の扉を開けると、暗い町に土砂降りの大雨が降っているのが見えた。

 全身ずぶ濡れは確実だから、出来れば別の扉に変更したい。


「別のに変更していいよね?」

「残念、それは無理だ。扉を開けたら強制的に夢の中に飲み込まれる。ほら、飲み込まれるぞ」

「わぁっ⁉︎」


 リザベルに聞いたけど、本当に無理みたいだ。

 扉を閉じようとしたら、扉がグググッと巨大化して、パクリと食べられてしまった。

 突然の事で、ビックリして目を閉じてしまった。


「ひゃあ⁉︎ 冷たい⁉︎」


 でも、すぐに冷たい雨に驚いて目を開けてしまった。

 周りには誰もいないし、扉も消えてしまっている。

 僕とリザベルだけが暗い町の中で土砂降りの雨に打たれていた。

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