第8話 お友達との出会い
フェルトに教えられた壁の戸棚に行くと、床に『洗濯用』と書かれていた。探し方が悪かったみたいだ。
無料タオルはお風呂場のスライド式の扉の横の棚に置かれている。
無料タオルだけど、『タオル返却口・持ち帰り厳禁』とキチンと使用済みタオル入れが置いてある。
そんな事をするつもりはないけど、確かに無料だと勘違いして大量に持っていく人がいそうだ。
……よし、これで恥ずかしくないぞ。
服を脱ぐ前にタオルを手に入れて、小さなタオルを胸と腰に巻いた。
脱いだ服は洗濯戸棚の戸を開けて、中に放り込んで戸を閉めた。
白色から赤色に変わった戸がピカピカ点滅している。
点滅中は洗濯中なのかもしれない。
……パパッと入って出たいけど、十分は我慢しないと。
お風呂場の扉の前に立つと覚悟を決めた。
洗濯が終わるまでの間、お湯に浸かっていないといけない。
左右にスライドする二枚の扉の右側を右にスッーと動かした。
「お、大きい」
扉を開けると、ほとんどお湯しか見えなかった。
お風呂場は服を脱ぐ場所と同じぐらいに広いのに、白い湯気が上る緑色のお湯しかない。
これだと扉を開けて、すぐにお湯に飛び込んでもいいと思ってしまう。
お湯の中には五十人ぐらいの女の子が楽しそうに浸かっている。
動物の耳や毛むくじゃらの人もいるから、妖精の女の子も入っているみたいだ。
「はぁー、お風呂が大きいと贅沢だよねぇー」
「本当だねぇー、夢界に永遠に住めればいいのに」
「だねぇー」
あんまりジロジロ見ていると怪しまれるので、目立ったないように扉から端の方に移動した。
こういうのは恥ずかしがらずに、家と同じように入ればいい。
タオルを取ると薄茶色の丸い桶があったので、お湯に飛び込まずに桶でお湯を掬って身体にかけていく。
膨らんだ胸やツルツルになった股が変な感じだけど、どうする事も出来ない。
バシャ、バシャとお湯を頭から被って、身体の汚れを洗い流した。
「よし、入ろう……うっ、ちょっとピリピリするかも」
ゆっくりと足をお湯に入れていき、お湯の深さを確かめる。足裏が浴槽の底の岩に付いた。
爪先から太腿の途中までが、スッポリとお湯の中に入ってしまった。
しゃがんで座ってみたけど、大丈夫みたいだ。顔がお湯から出ているから呼吸が出来る。
「はぁー、気持ち良いぃー!」
足を伸ばして肩までお湯に浸かって、雨に打たれた身体を温める。
今だけは変態妖精や人面ピーマンとか、嫌な事や怖かった事を全部忘れられそうだ。
周りを見てみると、一人で入っているのは僕しかいなかった。
二人か三人で入っている人がほとんどだ。
きっと友達同士で楽しくお風呂に入るのが普通なんだろう。
目立っている前にちょっと寂しい。
「あなた一人なの?」
「ひゃぃ⁉︎ そうです、一人です⁉︎」
突然、背後から声をかけられて驚いてしまった。これだと完全な不審人物だ。
「そうなんだ。良かったら、私達とお話ししない?」
「は、はい、お話しします」
ゆっくりと後ろを振り返ると、二人の女の子の顔が湯船に浮いていた。
一人は黒色の髪をタオルで巻いていて、もう一人は金色の髪をタオルで巻いていた。
「良かった。私はアデリン。こっちはジナよ」
「ルイカです」
「ルイカね。よろしくね、ルイカ!」
「よろしく、ルイカ」
「はい、よろしくお願いします」
黒髪の元気に笑っているのがアデリンで、金髪の大人しそうに笑っているのがジナだ。
名前だけの自己紹介だったけど、二人とも僕と同じぐらいの歳に見える。
この二人とも友達になれるかもしれない。
でも、よく考えたら僕の友達になれば、リザベルも付いてくる。
僕はあの変態妖精を喜ばせる為に、女の子を連れて行く犬なのかもしれない。
「ルイカはどこに住んでいるの? 私とジナは同じ町に住んでいるんだよ」
「『ロナ』です。大陸の南東にあるんですけど……」
「南東かぁー……だったら、ちょうどいいかもね。私達は北西の『チロル』だよ。ねぇ、ルイカはお小遣い欲しくない?」
住んでいる場所を聞かれて素直に教えると、アデリンは少しだけ考えた後にニッと笑った。
そして、お金の話を始めた。お小遣いは欲しいけど危ない事はしたくない。
とくに変態妖精が教えてきた、男の子にキスするとか、胸を揉ませる方法で夢結晶を貰うのは絶対に嫌だ。
「別に怪しい仕事じゃないから安心して。配達の仕事だよ。遠くの町から遠くの町に物を配達するのは時間がかかるでしょう? でも、夢界を使えばすぐに配達できるの。便利で簡単でしょう?」
僕を安心させるように、アデリンが仕事の説明を始めてくれた。
隣のジナが「うん、うん」と僕の代わりに熱心に頷いている。
僕も空気を読んで、「うん、そうだね」と相槌を打ってしまう。
「でしょう! 私達は手数料をちょっと貰うだけだよ。どう? やってみない?」
アデリンが仕事の説明を終えると聞いてきた。
夢界に来る時にリュックに品物を入れれば簡単に出来るけど、リザベルの手を借りないといけない。
あのいい加減な妖精に頼らないといけないなら、とても簡単そうな仕事には思えない。
「ごめん。私の妖精はいい加減な奴なんだ。ちょっと配達は難しいかも」
「ああ、それなら大丈夫。私達の妖精が送り迎えするよ。妖精に直接頼めれば楽なんだけど、配達はしたくないみたいなの。だから、妖精には内緒でお願いね」
断ったつもりだったんだけど大丈夫にされてしまった。
しかも、アデリンは唇に人差し指をくっ付けて内緒だと言っている。
何だか悪い事をしているみたいで、ちょっと嫌かも。
でも、せっかく友達になれたのに、ここで無理に断ったら嫌われてしまう。
嫌な事もちょっとはやらないと駄目だと納得しよう。
「うん、分かった。でも、そんなにいっぱいは出来ないと思うよ」
「良かったぁー。ありがとう、ルイカ! 本格的な話はまた今度するね。ルイカはこれからどうするつもり? 良かったら、私達と遊びに行かない?」
配達の仕事を引き受けると、アデリンとジナはパッと嬉しそうに笑った。
そして、これから遊びに行こうと誘ってきた。とっても嬉しいけど、僕には奴がいる。
「行きたいけど、私の妖精も付いて来ると思うんだけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 皆んなで一緒に回ろう! 私達の妖精も紹介したいからね!」
「それなら大丈夫かも。うん、遊びに行こう!」
二人の妖精が一緒なら大丈夫だ。
ついでにあの変態妖精を二人の妖精に頼んで教育してもらおう。
少しは反省して役に立ってくれるかもしれない。
♢
配達の話が終わり、二人と一緒に町の話をしたり、夢見の扉の世界の話をしたりする。
「ルイカ、鼻血が出ているよ」
「えっ? あっ、うん、大丈夫。いつもの事だから」
ジナが自分の鼻の下を触って教えてくれた。鼻の下を触ったら指に赤い血が付いていた。
日常的に鼻血は出ないけど、目の前に裸の女の子が二人もいたら出てしまう。
それにお風呂から上がる女の子達の裸がハッキリと見えてしまう。興奮しない方が無理だ。
「のぼせてしまったのかもね。そろそろ上がろうか?」
「そうだよ。そうした方が良いよ」
「うん、そうしようかな」
洗濯も済んでいるはずだし、アデリンとジナに言われて、お湯から出た。
濡れたタオルをギュッと絞って、身体に付いた水を拭き取っていく。
あんなヒラヒラの服だけど、裸は恥ずかしいから早く着たい。
……あっ、点滅してない。
服を入れた戸棚に行くと点滅が終わって、ただの赤色の戸棚になっていた。
戸を開けると脱いだ服が綺麗に畳まれて置かれていた。
誰が畳んだのか分からず、かなり不気味だけど、乾いているから気にしないように着ていく。
だけど、胸用の下着と長い黒靴下だけは着るのに苦戦してしまった。
脱ぐのは簡単だったのに、着けるのは難しい。二人を待たせてしまった。
「急に身体が大きくなると慣れないんだよね。私も最初は苦労したよ」
「欲張って、胸を大きくし過ぎた子はとくに大変らしいよ」
「そうだよね。胸が大きいと大変だよね」
服を着終わると三人で靴置き場の通路に出た。
僕も胸の話はよく分かる。きっと落ちそうで怖いから、胸に下着を着けると思う。
アデリンは元気な男の子っぽい服を着ている。
白シャツの上に鮮やかな赤色の上着をボタンを閉めずに着ている。
下は茶色の皮の半ズボンを履いて、白い足を隠さずに見せている。
ジナは豪華なお人形さんみたい服を着ている。
漆黒のフード付きケープに、同じ漆黒色のワンピースを着ている。
長い黒靴下で足全体を隠して、肌が見えるのは顔と二の腕だけだ。
「はぁぁ、嫌だなぁー」
68番の靴入れに到着した。びしょ濡れの靴を履かないといけない。
アデリンとジナは長方形の靴入れから靴を取り出して履いている。
でも、取り出した靴は小さくて、靴以外に杖も取り出している。
靴以外も入れていいみたいだ。
「どうしたの? 早く行こう」
「うん、でも、靴が濡れているから履きたくないんだ」
靴を履き終わった二人がやって来た。
こんな事なら、フェルトに濡れた靴も洗濯棚に入れていいのか聞けばよかった。
「それなら大丈夫かも。前に泥だらけの靴を入れたら綺麗になっていたよ。試しに開けてみたら?」
「そうなんだ。開けてみるね」
アデリンに言われて、戸棚を開けてみた。
靴をペタペタと触ってみると表面は乾いている。靴の中に手を入れてみると中も乾いていた。
「凄い! 乾いているよ!」
「でしょう! 前に血塗れの剣を入れた時も綺麗に磨かれていたのよ」
「靴以外も良いんだね。今度やってみようかな?」
靴が乾いていて凄く嬉しい。戸棚から靴を取り出して急いで履いていく。
これで何も気にせずに、二人と二人の妖精と遊びに行ける。
女風呂の赤い扉を開けて、三人仲良く外に出た。
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