#39 似て非なる

「はぁ〜、美味かったぁ……。こんな肉食ったの久々だし、勉強頑張ったご褒美にバーベキュー用意してくれた担任団マジ天才っ」


 バーベキューが終了しても一行は部屋に戻らず余韻よいんに浸っている。

 用意されていた食材を六人で綺麗に平らげ空っぽになった大皿を前に、秋は満足気に腹を何度かぽんぽんと叩いた。


「秋、結局ずっと焼いてたのによく並行してあんなに食べられたな」


 食べ始めからずっと秋は左手にトング、右手に箸たまに紙コップを持つスタイルを貫いたままだった。自分も十分に食べつつ周りもよく見ていて、誰が何を食べたそうにしているかを見極め手を動かし続けていた。


「柞木って器用だよねー。焼けたのとりあえず振り分けていくわけでもないのに、みんなに平等に食べたいもの配分しててさー」

「んー見てたらなんとなく分かるっつーか、こーゆーの慣れてっから。たとえば、巧人は猫舌だから食べたいって思うより前に渡してやった方がいいし、茜センパイはゆっくり食べるタイプだからペースは遅めでって感じ」

「お世話係みたいだな、バカだけど」

「そんなときだけ頭働くんだな、バカだけど」

「もー! 今ドヤってるとこなんだから落とすなよ〜」


 秋をからかうと桐原と笹森はにやにやと笑いながらテラスの外へ走っていく。梅田は「クソガキかよ」と漏らしながら二人を回収しようとテラスの外へ歩いていった。

 怒るやキレるというよりか拗ねていると言った方が正しい、秋の反応はそうだった。そんな年齢に見合わないあどけなさが、巧人の中で誠弥と重なる。


「秋はやっぱり兄さんによく似てる」

「ん、いきなりどしたん?」

「ふと思っただけだ。もし、兄さんより先に秋に出逢っていたら、俺は秋のことを好きになっていたかもしれん」


 テラスの外で追いかけっこを始めた梅田たちを遠目で眺めながら、巧人はリンゴジュースを飲んだ。口の中の脂っこさが爽やかな甘みで上書きされていく。


「なんかものすっげぇザンコクなこと言ってね? どーしようもなかったって話?」

「そんなことはない。ただ秋も兄さんも気配り上手で誰からも愛されていて一緒にいて楽しくて、俺は大好きなんだ。だからこれは、左の鉄球か右の鉄球か――どちらが先に真ん中の鉄球にぶつかったか。本当にそれだけの話だと思うんだ」

「えーっと? 難しい話してる?」


 巧人の言葉に要領を得ない秋はきょとんと間抜けた顔をして首を傾げた。


「いーや、簡単な話だと思うよー。だけど、それだけで槙野のどきどきの矛先はホントに変わった?」

「え?」

「せーやも柞木も呆れるくらいお人好しで、こんな面倒な僕に居場所をくれた。二人とも感謝してるし僕だって大好きだ。だけど、せーやにはせーやにしかないものがあって、柞木には柞木にしかないものがある。槙野はせーやのどんなところに惹かれたの? それって出逢うタイミングが違っただけで覆っちゃうよーなこと?」


 誠弥の好きなところ――巧人の頭に真っ先に浮かんできたのは、温もりだった。頭を撫でられたときに手のひらから伝わってくる温度、抱き締められたときに全身に感じる温度。

 それに付随してぽこぽこと泡のように好きが浮かんで溢れていく。

 悩みや辛さ、しんどさを解きほぐしてくれる逞しい身体の感触。清潔な汗と柔軟剤が混ざった匂い。ぞわりと感じる寒気にも似たこそばゆさごと夢心地に包んでくれる色気のある大人の男性の声。

 優しさや居心地の良さよりも優先して思い浮かんだそれらは、教師にも友人にも兄弟にもおよそ抱くことのない好感だった。心ではなく身体で求めているのだ。


「秋、ごめん。やっぱりこれは、どうしようもない話だ」

「分かってるよ、何回もフラれると傷付くからやめろって」

「ああ、悪い……。だが、秋のこと本当に大好きなんだ。強引なとこも、いつも正直に真っ直ぐな言葉をぶつけるとこも、俺のこと女だと勘違いして告白までしてくるくらい馬鹿なとこだって……大好きだ」


 どれだけ心で好きだと思って口に出しても覆らない。催眠をかけるように繰り返し言葉にしても、その幻想は幻想のままでちっとも浸透してこない。振り子は〝親友〟に振り切れたままで〝恋人〟の方には動かなかった。


「今更巧人に何言われたってなんも変わんねーのに、なんでこんな嬉しいんだろな」

「『好き』なんて言われたら誰だってたとえどんな意味でも嬉しーでしょ、真剣だったらね」

「そうだといいな」


 巧人は深呼吸した。まだ煙ったい空気が鼻を通り抜け刺激が奥に貼り着く。違和感を残したまま透明な息を吐き出した。


「……俺、兄さんに告白しようと思う」


 巧人の決意に秋も楓も驚かなかった。ただそれを受け入れ、背中を押す。


「そっか。やるって決めたらすぐ行動すべし! 文化祭マジックならぬバーベキューマジックの勢いだな!」

「なんだそれは」

「いいからいいから、そーゆーのがあんだよ!」

「せーやは……まだ他の先生と一緒にいるみたいだねー。あ、みんな宿舎戻ってくよー」


 巧人も遠目からその様子を見ていて、テラスを去っていく誠弥の背中を確認した。


「……行ってくる」

「おう、頑張れ!」

「応援してるよー」


 巧人は『槙野』と書いた紙コップに入ったリンゴジュースを一気に飲み干すと、秋と楓に見送られ早足で誠弥の元へ向かった。


「兄さん……っ」


 巧人は誠弥の背後から両手で腕を掴んだ。左手首にひんやりとした感覚と聞き慣れた声がし、誠弥は足を止め振り返る。


「タク、どうかした?」

「えっと……その、話が、ある……」

「なに?」

「ここでは、言えない……」


 自然と視線が下へ落ちる。縋りつくように誠弥の腕を掴んだ両手が視界に入り、震えていることに初めて気付く。隠しきれない緊張が声にも身体にも出ていてさらに焦りが募った。どうしよう、どうしようと悪循環でさらに緊張してくる。


「じゃあ、俺の部屋来る?」

「っえ、いいのか……?」

「うん、いいよ。ついておいで」


 歯切れの悪さに疑問を抱きながらも誠弥は巧人のつむじに返答し先導する。巧人は腕を掴んだまま誠弥の大きな背中を見上げ焦がれた。

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