6.佐倉夫妻の場合

佐倉 謙次(32)経営者の場合


ある朝、謙次は、いつものように二階の自宅から一階の事務所へと出勤した。謙次は社長である。謙次が父親から引き継いだこの会社は規模が小さいながらも、精密な良い品質の部品を作るということで業界では評判であった。

もう工場は動き出している為、事務所には事務員しかしない。しかし、居るのは西院さんと伊藤さんの二人だけで、入社してから10年間、遅刻や無断欠席などしたことの無い河東さんが珍しく居ない。二人によると連絡も来ていないようだ。何かあるかもしれないと思い河東さんの自宅へ電話をかけるが、

「この番号は存在しません」

と、切れてしまった。

何度かけ直しても、河東さんのスマホにかけても同じ結果だった。


「あの~実は、今日、工場の方も無断欠席が多く人が足りないのですが…」

戸惑っている謙次に、西院さんが恐る恐る声をかけてきた。試しに出社していない社員に電話をかけてみる。一人二人と電話をかけていくが、受話器を通して聞こえてくるのは、「この番号は存在しません」という冷たい機械音だけだった。



佐倉 季夜子(35)会社員の場合


今日はなんだか可笑しな日だったなぁと思いつつ、季夜子は帰路を辿っていた。今日は社内のネットワークに不具合が出て、メールを送っても2回に1回くらい「このアドレスは存在しません」と返ってきた。もちろん初めは笑い事では無かった。けど、調べて貰っても特に問題はなく通信障害の類いだろうとの事で、これは可笑しな話になったのだ。だって、つい昨日までやり取りしていたメールアドレスなんだから、存在しないわけがない。ホントに可笑しな不具合。今日はリモートワークの人が多く、出社している人は少なかったから、この不思議な状況を共有出来る人が少なくて残念。そんなことを考えながら、大学時代からの友達である中村とのLINEを開く。トークは昨晩、季夜子が送ったのが最後になっていた。中村は今忙しいのかな?彼は比較的返信が早い方だから珍しいな~と思いつつ、せっかくだから、今日のこの可笑しな話を送ってみる事にした。


ピコン

「この相手は存在しません」


メッセージを送信したとたん音がなりポップアップが表示がされた。

おかしい…。

ここは外で、社内のネットワークとは関係がないはずなのに…。それにLINEの相手はunknownではなく、ちゃんと中村になってる。

もう一度送信してみるが、返ってきたのは

「この相手は存在しません」

だけだった。

……もしかして、社内のネットワークの不具合じゃ無かったんじゃ…

「この相手は存在しません」という言葉に不穏なものを感じながら、自宅に戻ると夫の謙次が眉間にシワを寄せてニュースを見ていた。



ニュースによると多くの人が失踪して居るらしい。良く分からないが、神隠しにあったかのようで、今のところ何の手がかりもないみたいだ。謙次によると謙次の会社でも、季夜子の会社と同じく連絡がとれない人が居たらしい。

もし、ニュースの言う通り多くの人が失踪しているなら…

メールがLINEが電話が通じなくなるなんて事があるのか、それは失踪なのか…

今日はリモートワークが多いなぁと思ったけど実際は…







 

「この相手は存在しません」


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