5.石谷 礼司(22)学生の場合
朝11時過ぎ、礼司はジャムも何も塗られていないトーストをかじっていた。ダイニングテーブルの上にはトーストがのっていた皿と、水、礼司の好物の梅干しが置いてあるだけだ。味気ない朝食若しくは昼食。トーストを食べ終えた礼司はボンヤリと視線を上げ、今日でお別れする部屋を見渡した。広いリビングに2人掛けのソファー、2つの部屋の扉、大きな冷蔵庫。1人暮しの部屋にしてはずいぶん広い。
礼司は彼女と2人で暮らしていた。ソファーは2人で選んだもの、2つの部屋は各々の個室。冷蔵庫は毎週末、彼女の舞彩と作った作り置きのおかずがいっぱい詰まっていた。
つい8ヶ月前迄は。
8ヶ月前、舞彩は突然居なくなったのだ。
連絡はつかず、何処を探しても居なかった。警察に届けたが、国中で失踪者が出ていて手が回らないと言われた。それでも、いつか帰ってくるんじゃないかと、そう思ってこの8ヶ月を過ごしてきた。初めの3ヶ月くらいは、舞彩のマグカップが動いていたり、ソファーに座ったあとが出来ていたりしたから、舞彩はこっそり家に居るんじゃないか、顔を会わせてくれないのは、何か怒らせてしまったからなのではないかと思った。でも、それは勘違いだったようだ。時間が経てば経つほど、何も起こらなくなった。たぶん寂しいと思った心が、勘違いしたのだろう。今では何もない。本当に1人になった気がする。それでも、この家で舞彩を待ちたかった。けど、2人で出していた家賃を1人で払い続けるのは難しく、大学を卒業する今引っ越すことになった。3日前、舞彩の私物はすべて舞彩の父親に渡したから、既に舞彩の部屋は空っぽだ。
何処に居るんだろう。ポツリと呟く。
答えがあるのかも分からない。
虚ろな瞳のまま礼司は舞彩の居なくなった日を思い出していた。
その日、味噌汁の匂いがして目が覚めた。時計は11時過ぎ。今日は3時から第一志望の企業の最終面接の予定がある。丁度良い時間に起きたなぁなんて思いながら、リビングへ向かう。
ダイニングテーブルには舞彩が作ってくれたであろうご飯が並べてあった。しかし舞彩の姿は見当たらない。トイレにも舞彩の自室にも居なかった。LINEを見るが何もメッセージは来ていない。急に食べたいものが出来てコンビニに行ったとかかな、舞彩はそういうことが良くある。今日は最終面接に向かわないとだし、舞彩が帰ってくるのを待っては居られない。礼司は先にご飯を食べることにした。ご飯が終わり、食器を洗い終わっても舞彩は帰ってこなかった。少し遅いなと思いつつも、昔、目当てのものがなくて、2駅先のコンビニまで行っていたこともある舞彩だからな~と大して気にもしなかった。それより、これからの最終面接のことが頭の殆どを占めていた礼司はスーツを着ると最終面接へと向かった。
面接後、手応え上々だった礼司はウキウキで家に帰るが、家には誰も居なかった。
ピンポーン
チャイムがなり我に返る。
たぶん引っ越し業者だ。分かってるけど、もしかしたら…と淡い期待を抱きながら礼司は玄関へ向かったのだった。
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