第9話挑戦

同居生活三日目。


昨日は怒涛の展開すぎて、あっという間に一日が終わってしまった。


そのせいでベッドを買う暇もなくまた、俺はソファーで寝ていた。




さすがに毛布を貰いはしたものの、そろそろベッドが恋しくなってくる。


さて起きるか、と体を起こすとタイミングよく扉が開いた。




「今日も早いな。おはよう」


「あら起きてたの? もしかして眠れなかった? 昨日のことで」


「いや昨日のことは忘れてくれ……」




本当に忘れてほしい。


自分で勝手に嫉妬して勝手に気持ちの整理をして、思い出しただけでも恥ずかしいな。




「忘れることはできないわね。お願いまでなかったことにされるし」


「それは大丈夫だから」


「即答するのね。そんなに良かった? 私の歌声」


「ああ、はっきり言って惚れてる」


「ああそう……」




俺から顔を背け素っ気なく返事をする胡桃沢。


俺としてはもうちょっとリアクションが欲しかったので、ちょっと寂しい。




「なんだよー。素っ気ないじゃん」


「……別にいいでしょ」


「寂しいじゃん。なんでたまに顔を背けるの?」


「亮くんにしてはしつこいのね」




確かに俺にしてはしつこいな。


けど、もしかしたら昨日のことで怒っているんじゃないかと、若干不安になっているからしつこくもなる。


まあこれ以上言及して怒られても困るから、一旦引いておくか。


伸びをして、俺はいつも通りコーンスープを作りに台所に向かう。




「悪かったよ。もう聞かないから――なんていうと思ったか……お?」




胡桃沢を通り過ぎて台所に向かうふりをした俺は、振り返って顔を見た。


驚いたような顔で俺を見てきた顔はいつもと同じ、健康的な肌の色ではなく。




――真っ赤に染まっていた。耳にまで到達するくらいに。


やってしまったと思ったのも束の間、胡桃沢は俺を鋭い目で睨みつけてきた。




「亮くん……?」


「あ、ごめん。まさか真っ赤だとは思わなくて。ていうかなんで?」


「わかんない?」


「いやなんとなく分かるけど、言った後に違ったら嫌じゃん」


「多分合ってるわよ……もう!」




胡桃沢はため息をつくと、決心した様子で俺を見つめる。


俺はこんな展開になるとは思っておらず、オロオロとしていた。


男としてはだいぶ情けない姿だと俺自身も思う。




「亮くんが私の歌声に、その……惚れているって言ってくれたのが嬉しくて」


「あーそっちか。てっきり俺のことが好きなのかと」


「……まあそれは置いといて。面と向かって言われたことがなかったから照れくさいのよ」




置いとくだけなんだ。まあいいか。


それよりも面と向かって言われたことがないって言葉に、少し引っかかるな。


誰にも聞かせたことないのか?




「胡桃沢の歌声だったら、いろんな人に言われているだろ」


「それはそうなんだけど。ちょっと違うっていうか」


「なんだ、どういう意味だ。」


「……誰にも言わない?」




なんか既視感ある言い方だなあと思いつつも頷く。




「実は私、動画サイトに「歌ってみた」をアップしてて……」


「ほう、なんて名前でやってんの?」


「嫌よ、調べる気でしょ」


「もちろん」




だって聞きたいし。


俺は本体から発せられた声は聴いているわけで。


もう別に恥ずかしくはないだろう。


それにこいつは俺のチャンネル知ってるし、俺が胡桃沢のチャンネルを知らないのは不公平である。




「……分かったわよ。これよ」


「おーどれどれ?……わお」




胡桃沢が歌い手をやればこういう結果になることは分かってはいたことだが、実際に見てみると圧巻だ。


表示されたチャンネル登録者数は優に200万人を超えていた。




そして歌ってみた動画はどれも100万回は超えており、胡桃沢のすごさが分かった。


俺こんなすごい人に嫉妬したのか。そんでもって作曲を依頼されてるのか。


思わず笑みが零れた。




「え、なに? 何がおかしいの?」


「いや、俺有名人に曲を依頼されたのかと思うとおかしくて」


「そこまで有名人じゃないわ」


「これで有名じゃなかったら、ほかの人皆泣くぞ」




ちなみに俺も泣く。


ともあれ、チャンスなのかもしれないな。




「なあ一つ言っておくことがある」


「なんでも言っていいわよ」


「俺が曲を作って提供することによって、胡桃沢の評価が下がってしまうかもしれない」


「まだそんなこと言ってるの? 私が亮くんの曲が好きだからそれで――」


「でも俺は作ってみたい。作ってみんなに俺の曲を聴いてもらいたい。利用するみたいになるけど……それでもいいか?」




胡桃沢の言葉を遮ったことに対して怒るどころか、満面の笑みで答えてくれた。




「もちろん!」

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