第48話『おかえりミスター!-⑤-』
ここはステラの部屋の床下部分に位置する場所。といっても普通の床下ではない。
手先の器用な妖精が長い年月をかけ好き勝手に増改築を繰り返しているので、見た目は立派な部屋だ。
「第六八一回、俺様のステラを守り隊! 緊急対策会議をはじめる!」
集まった面々に向けミスターが鼻息荒くそう宣言するものの、反応は鈍い。
「ここは集会場ではないぞィ」
(って言いつつ、翁はいつも人数分のお茶を出してくれるんだよねぇ)
ブツクサ文句をたれながら、お茶請けの野苺を配膳するサービス精神旺盛なおじいちゃん妖精レプラカーンと、配られた野苺を頬張る地精霊のテッラ、そしてその横で静かに本を読む光の精霊ル-クス。
この家には多くの契約精霊が暮らしているが、本日の集まりに出席しているのはこの三名だけだ。
「大体、今更過ぎるじゃろ」
「うんうん」
「なんっで! お前らみんな知ってんだよ! 知ってんなら教えろよ!」
「だってのぉ?」
「うんうん」
それが現主であるステラの意向なのだからと翁とテッラは顔を見合わせた。
「男だぞ男! 男が女の家に転がりこんだら、やるこたぁひとつだろ!?」
「でた~色ボケ思考」
「まったくお主は、そんな事ばかり考えおってからに。大体我等が
翁のいう“護身術”とは、ミスターの前契約者が彼女に掛けた術のことだ。
術の内容は、邪な心を持つ者が彼女の合意無く身体に触れた場合に発動するというもので、ステラの意識がある無し関係なく、術が発動中のステラの身体は容赦なく相手を殲滅、拒絶し寄せ付けない。
つまりアスターがはじめてこの家にやってきた晩に見たミスターとステラのやりとりがそれである。
「万が一ってことがあるだろうが!」
「今のところ上手くいっとるだろうて」
「今はな!」
術があっても覗きは出来る。
そういうことが起きる前に追い出すべきだとミスターは主張する。
「どの口が言うか」
「うんうん」
隙あらば覗きにいこうとしているのは自分だけだということに、ミスターは気が付いていない。
「大体お前らも嫌だろ!? この家に他人がいるのは!」
少し前までこの家は、ステラの養父と彼女だけだった。
来客という来客も無く、ましてや泊まりに来るような者も居ない静かな生活。
それがアスターが来てからというもの、来客は増え、更にリドが泊まりで居座るようになって、随分騒がしくなった。
この家に住む精霊は基本的に人見知りか、極度の人間嫌いという者ばかりだ。
こんな生活が長く続けば精霊達のストレスになることは、いくら空気を読めないミスターにだってわかることだった。
「私は、“あの人”、大丈夫」
「ルークス?」
そんな話の最中、人見知りと人嫌いの両方をこじらせている精霊、ルークスがポツリと呟く。
「お前さんが懐くとは、珍しいこともあったもんじゃのぉ」
ステラの養父にさえ人見知りを発症し、打ち解けるまでかなりの時間を要したルークスが、出会って間もないアスターをこうも簡単に受け入れたことに、その場に居合わせた者達は驚きを隠せない。
「そーいえばルークスって、夜はあの人のとこにいるんだっけ」
「うん、あの人、暗いのだめみたい」
明かりが無いと寝つきが悪いと相談を受けたステラが、夜はアスターのところに行くようにルークスに指示を出した。
最初は嫌々ながら従っていたルークスであったが……。
「あの人マスター助けてくれた。それにあの人が笑うと、このへんが温かいの」
それが時々くすぐったくもなるけれど、とても満たされた気持ちになるのだとルークスは伏し目がちに話す。
「そういえば
「まぁー仔犬的な可愛さはあるけど。二人共あんな感じのが好みなんだ?」
「好み、かどうかはわからない……でも、あの人は
なんと言い表せばいいのかわからないと、ルークスは困惑した表情を浮かべた。
そんな精霊達のほのぼのとした会話にミスターは肩を震わせ、突然声を荒げる。
「かー! これだから女子どもは! 顔か!? 顔なんか!? ちょっと良くされたくらいでコロっと手のひら返しやがって!」
どんなに善人の皮を被っていようが、男の本性なんて野蛮で粗暴で性欲の権化なんだぞと、自分基準でものを語るミスター。
その表情はどんどん険しく、そして醜く歪んでいく。
「とにかく! 俺様はお前らがなんと言おうがぜってぇ認めねぇ! お前らがやらねぇなら俺様ひとりでもやってやっからな! 後でやっぱり嫌でした! 仲間に入れてくれっていっても遅ぇんだからな! ぜってぇぜってぇあいつを追い出してやんだからなー!!」
言うなりミスターは飛び出していった。
「まったくアヤツは、扉は優しく扱えと何度言えばわかるのだ」
開け放たれたままの扉を閉め、翁はやれやれと肩をすくめる。
「翁」
「なんじゃ?」
「翁も、あの人嫌い?」
ルークスの問いに、翁は「さて」と
「……儂は主の意向に従うまでよ」
老いた妖精は主人を想い、ただそれだけを口にした。
***
一方、その頃のアリア一行。
「ちょっと、どうするのよ!」
「どうと言われましても……」
とある街外れの藪の中、アリア達は身を潜めていた。
アリアの傍には、黒い鎧に身を包む男セイジと、ピンクのゴム手袋の上から紐でがんじがらめに縛られた上に裏返しにされたスプリガンの左手がある。
けれどガロンの傍に妖艶な女シャノンの姿は無い。
「粗方見て回りましたが、そこかしこに対魔結界が張り巡らされてました。それにセキュリティも厳しいみたいで……」
「根性でどうにかしなさいよっ」
「んな無茶な」
二人が声を潜め、話をしているのには理由があった。それは……。
「大体、あの女がヘマやらかしたのが悪いんだから。あんなの誰だって捕まるにきまってるじゃない。馬鹿なの?」
「確かに“アレ”はどうかと思いますが……」
ガロンの言うアレとは、窃盗罪ならびに無免許運転、それに加えスピード違反と公務執行妨害のことだった。
つまり何があったのかというと、シャノンは目印を走って追いかけるという原始的なこの捜索方法に嫌気が差し、その辺の魔道士からパクった箒で走り出しちゃったのである。
それもあろうことか、魔道士や魔術師、そして異種族を裁く事が出来る唯一の警察機関“星室庁”庁舎の目の前でだ。
当然騒ぎはあっという間に聞きつけられ、スピード逮捕となった。
「どうすんのよ」
「どう、しましょうね……」
そんなこんなでアリア達は思いがけない理由と場所で詰んでいた。
***
【メイセン邸・バスルーム内】
昼食も終わった頃、便座の上で絶望する者が居た。
「紙が無い!」
切羽詰った声の主は、すっかり体が小さくなってしまったアスターである。
彼は絶望の淵に立たされていた。
原因は、いつも必ずセットされていたトイレットペーパーが今日に限って切れていたからで、更に言うと便器の横に設置されているストック棚にも予備は無く、ホルダーには人をあざ笑うかのように芯が刺さっているだけだった。
「今日に限って!」
ステラは朝から協会へ行っており、リドは所用があると一時帰宅していた。
誰かに声をかけようにも、そもそも家には誰も居ない。
誰かが帰ってくるのを待つべきか、それとも最終手段をとるべきかアスターは迷っていた。
「この手だけは使いたくないんだが……」
彼の目前には、尻を拭く紙は無くとも芯がある。
しかし、これに手を出してしまうと、人間として何かを失う気しかしない。
こういうときはどうすればいいのか、頭を悩ませていたその時だ。
「“――ウォシュレット――”」
「はっ!」
虫の羽音にも近い、小さな声が、風に乗って彼の耳に届いた。
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