第45話『おかえりミスター!-②-』
朝礼が終わった後、クロエとリドは見回りに行った。
その際もリドは何か言いたげな雰囲気だったが、結局何も言わずじまいだった。
「何か今日のリド変じゃない?」
「なんかずっとあんな感じでさー」
「体調が悪い、という事では無いんだね?」
「多分違うと思います。寝起きはまぁ、いつも通りでしたけど、朝食も残さず食べてました。あんな感じになったのは、ここに着いてからですね」
「アンタ、何かやらかしたんじゃないの?」
「俺のせいかよ」
「可能性はゼロでは無いね」
「室長まで!?」
しかし思い当たる節がなかった。
(とりあえず帰ってきたら話を聞くか)
何せ本人が居ない事には話は進まないのだから。という結論に至り、皆は通常業務へ、アスターはリドに出された基礎学習に戻るのであった。
「帰ってこないな」
昼食時になってもリドは戻ってこなかった。
ただ連絡はあったようで、リドはそのまま見回りを続け、夕刻には協会に戻るという旨をスターチスより伝えられた。
そしてその連絡通り、リドが戻ってきたのは夕方六時過ぎ。もう皆が退勤した後の事だった。
「……」
すっかり暗くなった外を窓越しに眺め、カタカタと横の席で一心不乱にタイピングするリドを、アスターは横目でチラリと見る。
「なぁ」
「……なんだ」
「朝、何か言ってただろ? アレって結局何だったのか。聞いてもいいか?」
「あ、ああ……」
リドは手を止めた。
しかし顔はアスターに向けられることは無く、ずっと手元を見たままだった。
「メリッサも室長も、皆心配してたぞ。お前の様子が変だって」
「……」
「昼飯がてら話しでもしようと思ったら、帰ってこないし」
「……」
「解決したならいいけど。もしまだ困ってんのなら――」
相談に乗るだけなら出来る。
彼がそう言おうとした矢先、リドがやっとその固く閉ざしていた口を開く。
「――たんだ」
「あんだって?」
「アレを入れていた鞄を……紛失したと言っている」
「アレ?」
「……彼女の使い魔を入れていたあの鞄だ」
「えっ!?」
ミスターを入れていた鞄を無くした。
その短い言葉を言うのに、これほどまでに時間を有していたことにアスターは驚いた。
「今日ずっと言おうとしてたのって、それ!?」
「そうだが?」
「いやいやいや、いきなり開き直ってんじゃねぇよ! ビックリするわ!」
一度口に出してスッキリしたのか、それからの開き直り様は酷かった。
曰く、今日ずっと心当たりのある箇所を探していたらしいが、結局見つからなかったというのだ。
「大体、昨日の朝まで部屋にあっただろ、それが何で――」
「極力、持ち歩くようにしていたからな」
「あー……」
そう言えばと振り返る。
昨日のリドは、確かにごちゃっとした感じだった気がする……と。
しかしその前日の方が荷物が多かったため、アスターの感覚は麻痺していた。
(そもそも人の持ち物、まして男の服装とか一々覚えねーよ)
アスターは頭を抱えた。
「俺がいつから鞄を持っていなかったか、知らないか?」
「知らねーよ!」
「そうか……」
明らかに落胆するリド。
それに見かねたアスターは脳をフル回転させ、一つ思い出す。
「そうだ。お前途中で外に行ったじゃん。その時なんじゃないか?」
「そう思って、俺も探してみたが無かった。そもそもそういった任務中にあんな邪魔になる物を俺が持っていくかどうか……」
「そこからなのか?」
もうちょっと思い出す努力をしようぜ。
と言いたい彼も人の事なんて言えたもんじゃなかったので、ぐっと堪える。
「……こんな事を頼むのは
まるで捨てられた子犬のような目であった。
「いやまあいいけど」
「本当か!?」
「いいよ別にそのくらい。んじゃさっさと探そう。あ、でもその前に、昨日どこに行ったのか、今日どの辺りをどう探したのか教えてくれ――って、聞いてるか?」
探す前に共有できる事はしておこうと、アスターはメモ紙とペンを取り出した。しかしそんな彼をリドは呆けた顔で見ている。
「い、いや。こんなにあっさり協力して貰えるとは思って無くて……」
「もしかして、言い出すのに手間取ってた理由はそれか?」
「……」
分かりやすい沈黙に、アスターからついため息が出る。
(そりゃあ最終的に悲しむのはステラだから、それはなんとしても避けねばならないし、ここでうだうだ言っていてもしょうがないってもんだろう)
「事情を知って黙ってた時点で、俺も共犯だからな」
そう言うとホッとしたようにリドの表情は明るくなった。
紙とペンをヒョイと摘み上げ、サラサラと何かを書き出す。
どうやら昨日の朝から夕方までの自分が何をしてどこに行ったのか、その記録のようだ。
「何でそれはスラスラ出てくるのに、いつ鞄を失くしたかってのは曖昧なんだ?」
「……どうしてもアレに興味が持てなくて」
「えぇ……」
(それはちょっとあんまりじゃないか?)
流石のアスターも、この時ばかりはミスターに同情したのは言うまでもない。
***
翌日、協会一階のエントランスにて。
「ステラちゃん、今日も早いねぇ」
「おはようございます、カレンさん」
受付横の壁際に設置されたソファに腰掛けるステラに、出勤したてのカレンが話しかけた。
今日もカレンは相変わらず、家族が経営するパブ【トネリコ亭】の刺繍が襟元に入ったオリーブカラーのワンピースの上に、ポケットが二つ付いた白いエプロンを重ねた姿で勤務している。
「ねね。それでどうなの? イケメン男子二人とのワクワク共同生活模様は!」
「なにもありませんよ。昨日も話したじゃないですか」
「え~、何かあるでしょー? お風呂場でばったりーとか、そういうのー!」
「ありませんって」
カレンは本当に何も無いの? と言ってカウンターの中で仰け反るが、その表情は実に楽しそうだ。
「……本当、お二人共忙しいみたいで……。昨日なんて夜遅くに帰ってきて、ご飯も食べずにそのまま寝ちゃうし。ミスターも全然帰ってこないし…………」
一人ぼっちの頃と比べ、今この状況で寂しいと思うのは、贅沢かもしれない。
けれどステラは寂しいと甘えられるような家庭環境に育っておらず、相手にそういった気持ちを伝える方法を知らなかった。
だから自分の気持ちに蓋をして、二人に気付かれないようにただ笑って、別れ際を見送るのだ。
それがどんなに悲しい事だと知らずに――。
「ねぇ、ステ――」
「ステラちゃん、カレン~」
心配そうにステラを呼ぶカレン。
しかしその声に重なるように、彼女とカレンを呼ぶ別の声がロビーに響いた。
その方向にふたりは同時に顔を向ける。
「おはよ~」
ファー付きのド派手な赤いロングコートに襟足長めの緩くうねった赤い髪。
黒のネクタイを締めた赤いワイシャツに、黒のスラックスを合わせ、真っ赤なピンヒールでロビーの大理石を優雅に蹴る長身の優男。
第二医務室の主こと、呪術医のルドラ・ヴィンヤードである。
「ごめんねぇ、待たせちゃったかしら?」
「いえいえ、今来たところですよ」
二人はここで待ち合わせしていた。
なぜこんな早朝から約束したかと言うと、ルドラがステラに施した封印術式の経過を見るためである。
「あー寒い寒い。あらやだ、こんなに手を冷たくして、温かいお茶入れてあげるから、早くいらっしゃいな」
「あ、はい」
「んじゃまたねカレン。今度カレンも一緒にお茶しましょ」
「う、うん。……二人共いってらっしゃい」
見送るカレン。
しかしその背に投げかけるのは……。
「ステラちゃん……寂しい時は寂しいって、ちゃんと口で言わなきゃ伝わらないんだよ……」
彼女を想うその声は、ルドラの足音にかき消され、彼女に届くことはなかった。
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