第43話『君を想えど-⑦-』
「あのぉ」
「!??」
激しく脈打つ心臓を押さえながら、アスターはメリッサを庇うように立った。
「あ、怪しい者じゃありません」
「いやいやいや!」
十分怪しいとアスターは首を振る。
「……ちょっと」
メリッサがしゃがめと合図した。
そして彼の耳に手を当て、ヒソヒソと耳打ちする。
「あれ管理課の職員よ。袖に管理課のボタンが付いてるもん」
「管理課?」
「あ、はい。じ、自分は、管理課魔具管理部のジニー・アドラステアです」
内緒話は丸聞こえだった。
ジニーは彼等が問うより先に、今閉じ込められているこの場所について話す。
ここは魔道具管理部が昔、倉庫替わりに使っていた亜空間型魔具の中であった。
更にジニーは続けた。
彼はアスター達より少し前に吸い込まれ、ここから出る方法を伝えようと、ずっとタイミングを伺っていたというのだ。
熊のように大きなガタイに似合わず、とても臆病な性格のようだ。
「す、すみません。人と話すのが苦手で……」
もっと早く言って欲しかったと心の中で思いつつアスターは礼を言う。
そしてここから出る方法は彼の予想通り、この上にあるとの事だった。
「少し前まで梯子があったんですが、それも撤去されていて。……オレがお二人を担ぎ上げます。上に上がったら、その壁沿いに赤と緑の光るボタンを探して、緑の方を押してください。それを押せば外に出れる筈です」
その後、ジニーの協力で壁の上に二人は上がることが出来た。
ボタンはすぐに見つかった。
位置は彼等が居る場所の対岸だ。
その距離からして彼が思っていたより、上が広い事がわかる。
(下から見えない訳だ)
「ジニーさん上がってこれますか?」
アスターがしゃがみ込み、その手を伸ばすとジニーは黙って首を振る。
彼の腕力では不安という事だろうかと問うと、そうではないという。
「……自分は」
震えるような、酷く弱々しい声。
「自分はここに残ります。どうせ戻っても“オレ”の居場所なんてもう無いですから」
それはどういう事かと訊くと、ジニーは引っ込み思案な性格で、ただ与えられた仕事を黙々とこなす毎日を送っていたそうだ。
しかし三日前、自分の不注意が原因で、初めて大きな失敗をした。
だが厳しい事で有名な上司が叱らなかった。
その事で同僚から『何故アイツだけ』と
そして今日、あの部屋の清掃をその同僚に頼まれ、ここに吸い込まれた。
脱出方法は分かっていたために、これ幸いにと今まで隠れていたと言う。
「呆れた、そんな事で」
ずっと黙っていたメリッサが、ため息混じりに呟く。
「お、おい。流石に失礼だぞ!」
「アンタは黙ってて」
「痛っ!!」
アスターは顔をグーで殴られた。
「オ、オレにとって、これはそんな事じゃない、です……」
ジニーが言い返す。
しかしメリッサは止まらない。
「いーい? 耳の穴かっぽじって、よーく聞きなさい!」
キレ気味のメリッサの声に、ジニーが短い悲鳴を上げた。
「魔具管理部の部長ってカリスト部長でしょ? あの人は確かに人に厳しいわ。でもそれ以上に自分にも厳しいって有名じゃない。そんな人がアンタの失敗なんて些細な事だって判断したの。それってアンタが今まで積み上げてきた信頼と実績がそうさせたって事なんじゃないの? それが何? 仕事が増えて迷惑? ちょっと失敗した位で全体の負担が増えるなんて、それこそソイツ等が自分は無能ですって言ってるようなもんじゃない。そんな事もわからずに、ズルイなんて言う奴はね、普段からつまんない事して上司怒らせてる能無しなんだから、そんなの好きに言わせておきゃいいのよ」
「うぅ……」
「それでもここに居たいっていうなら、さっさとここから出て、ちゃんと辞めますって言ってからにしなさい。それこそ迷惑だわ」
「そ、そうですけど……」
(何だろう、言葉遣いはともかく、あのメリッサが凄くまともな事を言っている)
けれどこれは当人の性格の問題だ。
すぐにそれが出来れば世話はないだろう。
「ウジウジ、ウジウジみっともない! 男でしょ!? しゃきっとしなさいよ!」
「そ、そんなのっ男とか女とか関係な――」
「関係なくない!」
「は、はいっ! 関係ありません!」
(なんだこのやり取り……)
自分より二・三倍体の大きい、厳つい顔の熊のような人間が、若い娘に滅茶苦茶怒られている様をアスターはぼんやり眺めていた。
「はぁ……」
メリッサがため息をついて、まるで諭すような言葉を発する。
「もっと自分の上司を信じなさい。アンタを信じてる部長がかわいそうだわ」
「……は、はい」
その時、ずっと照明がわりに使っていた携帯がついに電池切れを起こした。
明かりのない真っ暗闇に、気まずい空気が流れる。
「……戻ります」
ジニーがポツリと言う。
けれどその一言は決意に満ちた、とても力強い一言だった。
こうして彼等は無事脱出に成功し、メリッサをジニーに託して、彼は一度執務室に戻る事にした。
「おかえり」
執務室に戻るとスターチスも戻ってきていた。
息を切らすアスターに、スターチスはどうしたのだと尋ね、彼はモニカが戻ってきていないかと、心当たりはないかと色々掻い摘んで話す。
「モニカちゃん? それならさっきお家の人が迎えにきたよ」
「えっ」
実のところ、居なくなったと思っていたモニカは、リドのデスクの下で泣き疲れ眠っていただけだった。
モニカは極度に悲しくなると、声を押し殺して泣いてしまうクセがある為、二人は気が付かなかったのだ。
「よ、よかった~……」
アスターは、ほっと胸をなでおろす。
「なんだか分からないけど、お疲れ様」
「あ、ありがとうございます」
スターチスから何粒もチョコが入ったを箱を差し出され、一粒摘む。
アーモンド入りのビターなチョコだった。
「それにしても、アイツは自分の妹にも厳しいんですね」
「んー?」
「リドの事です。正直ビックリしました」
ちょっと間を置いてスターチスが笑う。
「優しさにも、色々あるからね」
「?」
「ほら、随分歳が離れているだろう? それもあってかご家族……特に上のお姉さんが甘やかし気味でね、駄目な事を駄目だと叱らないみたいなんだ」
大切な家族だからリドは妹を叱る。
怒り方はちょっと不器用だと思うけど、リドはリドなりに「危ないよ」「それはいけないよ」と、妹に早く分かって貰いたいのだとスターチスは目を細めた。
「ああ、そういえばリサ君知らないかい? さっきから連絡が付かないんだ」
「えっと」
アスターは説明しようとして、ふと思い出した。
(あの時聞こえた泣き声は誰のだったんだろう?)
声の正体は分からないままだ。
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